第17話

 冬弥はすぐに彼女が倒れこむその下に体を滑り込ませ、受け止めた。


「なんででてきた!?」

「気づいてないと思って……痛っ!」


 まひるの右腕は、肘のあたりで曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「動かすな! すぐに治癒魔法をかけないと!」

「ごめんね……」


 腕の中で弱々しく囁くまひる。冬弥は彼女の折れた右腕に自身の右手をかざすと、手のひらから緑色の光が放たれた。ゆっくりと腕が正しい位置に戻っていく。苦痛を伴うからか、まひるが喘いだ。


 折れ曲がった右腕を接合しながら顔をあげると、すでに包帯男の姿はなかった。


「あいつ、いったい何者なんだろう……」

「もしかしたら、”地獄の丘ヒル・オブ・ヘル”かも」

「地獄の丘?」

「うん、闇ギルドのひとつだよ。闇ギルドの中で最大級の盗墓屋集団なの。無断で盗墓をするだけじゃなくて、他の盗墓屋を襲って物資を奪ったりするんだって」

「地獄の丘……か」


 冬弥がその名を繰り返し呟くと、入り損ねた脇道の奥から懐中電灯の光が見えた。


「爆発が起きたのはこっちですわ!」

「ちょ、ちょっとまってよウルカ! そんなに速く走らないで!」


 脇道の奥からやってきたのはウルカと吉田。


 なぜか二人は手をつないでいる。


「ウルカ! 吉田!」

「二人とも無事だったんだね!」

「あなたたちも無事……ではないようですわね」

「無事じゃないって、いったいどうなってるんだい?」


 よくみると吉田は眼鏡をかけていない。どうやらホームセンターから落下したときに落としたようだ。


「謎の包帯男に襲われてこのざまさ」

「怪我したのはわたしだけだけどね」

「包帯男……? なにがあったのか詳しく教えていただけますの?」

「実は……」

「ちょっとまった。情報交換は移動しながらにして、まずは学校に戻ろうよ。依頼された物資は回収したんだしさ」


 そういって吉田は、学ランの胸ポケットから色褪せた写真を取り出した。


「よくみつけられたな?」

「スタッフルームも落ちてきてたみたいで瓦礫に埋まったロッカーをみつけたんだ。正直、いまはこんなものより眼鏡が恋しいよ」


 目的のブツをひらひらさせながら、吉田は悪態をつく。


「冬弥くん。わたしもまずは帰還するほうがいいと思うよ。さっきの爆発でいろんなところに亀裂が走ってるし、もしかしたらホームセンターが陥没するかも」


 まひるが冬弥の袖を引いていった。


 冷静に考えればまひるも怪我をしているし、ひとまず骨を繋ぐことまではできたとしてもすぐには動かせない。それに彼女は武器も失っている。


 仕切り直す意味でも、一度戻った方がいいと判断した。



※  ※  ※



「はい、これでよし」


 ローカスト・ガーデンの医務室にて、まひるは笠原に負傷した右腕を診てもらっていた。


「痛むか?」

「痛みはないよ。でも、感覚が鈍いかも」

「治癒魔法で骨の接合はできたようだけど、神経を繋げるところまではできていなかったみたいだからね。とはいえ、なんの補助設備もなしに骨を接合しただけでも驚きだ」


 笠原は本当に感心したようで、しきりに顎をさすっていた。


「治癒魔法が使えないと生きていけない環境だったので」

「君が岩窟墓群級で五年も生活してたと聞いたときはなにかの間違いだと思ったけど、どうやら間違っていたのは僕の方だったみたいだね。ごめんよ」

「あはは……」


 別に怒ってもいなかったので、謝られても反応に困る冬弥であった。


 二人は笠原にお礼をいって医務室を出た。


 すでに日が暮れており、廊下の窓の外には満月が浮かんでいる。


「とりあえず、しばらく盗墓には参加できそうにないや。ごめんね冬弥くん」

「いや、いいよ。こっちこそ怪我させちゃってごめん」

「ううん、あれはわたしが勝手に飛び出しただけだから。冷静に考えたら冬弥くんなら自分でなんとかできたよね」

「あー、いや……まぁ……そういえば、なんで庇ってくれたんだ?」


 冬弥が尋ねると、まひるは急に立ち止まった。


「なんで庇ったか知りたい?」

「そりゃ、まぁ……」


 まひるは後ろ手ににっこりと微笑んだ。


「わたしが冬弥くんをかばったのはねー」

「ああ」

「……やっぱり教えてあげない!」

「なんだそりゃ」

「どうしても知りたかったら引き出してみなよ」


 まひるは微かに目を開いて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 月明りに横顔を照らされたその表情は、いつもの彼女よりもずっと大人っぽく見えた。


「……もしかして俺のことが好きとか?」

「好きだよ?」

「え! ……ああ、友達としてね」

「かもねー」


 まひるはくすくす笑って冬弥の脇をすり抜ける。


「もう少しお話ししたいけど、わたしは部屋にもどるね。今日は疲れちゃった」

「ああ、おやすみ」

「おやすみ冬弥くん。また明日ね」


 廊下の暗闇に消える彼女の背中を見送り、冬弥は逆方向へ歩きだす。


 階段を降りて渡り廊下へ、そこから中庭に足を踏み入れる。


 そこには、無数の武器が地面に突き刺さっていた。


 銃や剣、斧やメリケンサックなんてものまである。


 これは墓標。ここは墓場だ。


 果敢にも墓地に挑み、儚く散っていた者たちを悼むための場所。


 無数の墓標の中央に、金髪の少女が立っていた。

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