7.遠くから眺めるように。

「良く布団が二組もあったわね」


 並べて敷かれる布団を眺めながら、咲花さくはながそう呟く。


「たまに、家族が泊まりにくるからな」


「家族って、両親?」


「両親……いや、母親と、後妹。よし、出来たっと」


「ふーん……妹ねえ」


 何か思うところがあったらしい。もっとも、彼女がどこに引っ掛かったのかは分からない。もしかして、妹が欲しいのだろうか。そんな話を聞いたことは一度もないけれど。


「っていうか、同じ部屋で良かったのか?」


「別に。だってアンタ。中身が私とは言え、自分の身体を襲おうなんて思わないでしょ?」


「……想像しただけで萎える」


「でしょ?だから良いわよ。別の部屋って言ってもスペースはなさそうだし」


 咲花はそう言って、布団の中に潜り込、


「あ、そうだ。私のスマフォ貸して」


「ん。ちょっと待ってて」


 俺は隣の部屋にあった、彼女のハンドバッグを持ってきて、


「これ、全部渡しとく」


「ん……これ、中身あさったりしてないでしょうね?」


「してない。スマートフォンを取り出しただけだ」


「ふーん……まあいいわ」


 それだけ言って、咲花は自分のスマートフォンを操作しだす。


 やがて、


「そういえば、アンタのスマートフォン、暗証番号何?昼に操作した時は指紋認証でなんとかなっちゃったから知らないままなのよね」


「咲花さんの誕生日」


 咲花が飛び起きて、


「え、うわ、マジ?キモッ」


「なんでだよ。いいだろ。個人の情報から特定出来ないから、他人に勝手に開けられることが無いだろ。それよりも、咲花さんの暗証番号、誕生日は危ないと思うよ?」


「それは……分かってるけど、良いのが思いつかなくって」


 それなら、俺の誕生日にする?


 なんて、彼氏彼女の関係性なら言えたんだろうなぁ。


 でも、現実は違う。俺と彼女は人気声優と、一ファン。本来なら交わるはずの無かった存在。知名度も、人気度も、稼ぎも、何もかも違う。なにもかもが順風満帆な彼女と、座礁して、浸水して、挙句の果てに、かつては甲板だった鉄くずと共に無人島に流れ着いたみたいな俺とは全然。


「ねえ、アンタの誕生日、教えてよ」


「…………え?」


 咲花が明らかに不機嫌になり、


「いや、だから、アンタの誕生日」


「え、知って、どうするの」


「決まってるじゃない。暗証番号にするの」


「え、え、なんで?」


「なんでって……まさか私のスマートフォンがアンタの誕生日でロック解除されるなんて誰も思わないでしょ?ほら、セキュリティばっちり!」


 ふふんといった具合に胸を張る咲花。


 確かに、言わんとすることは分かる。彼女のスマートフォンに、俺の誕生日の暗証番号が設定されてると思う人はまず、いないだろう。


 でも。


 それはまるで。


「教えてくれないの?」


「いや、教える。教えるよ。二月二十四日だ」


「二月二十四日……っていうことは「0224」ね。おっけ」


 咲花は少しの間スマートフォンを弄ったのち、俺に見せつけて、


「これでもう、セキュリティが甘いとは言わせないぞ!」


「そう、だな。完璧、だと思う」


 恋人同士みたいじゃないか。


 その感想は、ついに口から出てくることは無かった。



               ◇



 深夜。


 既に電気を消し、後は寝るだけ、という状態で、咲花が語り掛けてくる。


「……ねえ」


「ん?」


「答えづらかったら、答えなくてもいいわ。貴方、仕事はしてないってことでいいのよね?」


「まあ、そういうことになるな」


「じゃあ、生活費はどうしてるの?部屋に関しては伝手みたいだから、家賃はかかってないのかもしれないけど……」


「それ……は」


「あ、別に答えなくてもいいの。ちょっと気になっただけだから……」


 答えなくてもいい。


 そう。答える義理なんてどこにもない。


 だって彼女は、俺とは全く違うのだから。こんなどうしようもない。人生九回裏ツーアウトみたいな男の、下らないエピソードなんて、聞かせるのもおこがましい。そのはずなんだ。


 けれど、もし。


 もし、聞いてくれるというのなら。


 俺の話を、俺とは全く関係のない。責任を負う必要性も、共感をする必要性もなにもない。あくまで対岸の火事として感じてくれるであろう人が聞いてくれるのなら。


 この時の俺は、その小さな光に、飛び込んでしまった。


「生活費は、親が出してる」


「それは、水道光熱費とか、その辺も含めて?」


「そういう、ことになる」


「えっと……こんなこと聞いていいのかは分からないけど、その状態ってずっと維持、出来るの?」


「出来ないよ。期限がある」


「そう、よね。親御さんだって、いつかは亡くなる」


「違う。そういうことじゃないんだ」


「え……?」


「来年の二月二十四日。それがタイムリミット」


「二月……って、誕生日?」


「そう。三十歳の誕生日。そこがタイムリミット。そこまでになんか職見つけるなり、その可能性を提示しろってこと」


「しないと、どうなるの?」


「さあ、放り出されるんじゃない?」


「さあって……なんでそんな」


 俺は咲花の言葉を遮り、


「他人事みたいにって思った?」

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