4.アナフィラキシー絶叫。

 そんなことはさておいて、


「どう、しようか。これから」


「そう…………ねえ…………」


 沈黙。


 二人とも押し黙ってしまった。


 そりゃそうだ。だって、対策なんて思いつくはずがない。


 なにせまず、人と人が入れ替わるなんて自体そのものが前代未聞すぎる。フィクションならいくらでも思い浮かぶけど、じゃあ現実にそんな事例があったかと問われると、ちょっと思い浮かばない。


 もしかしたら世界のどこかには俺たちと同じような事態になったことがある人がいるかもしれないし。その人々は何かしらの方法を用いて、元通りに戻ったのかもしれない。


 しかし、少なくとも俺が知っている限りではそんな話を聞いたことはない。そして、黙りこくってしまったということは、咲花さくはなも知らないのだろう。


 まあ、そうだよね。そんなとんでもない事例を、研究者とか、オカルトフリークとか、SF愛好家が見逃すはずないもんね。前例があったら、とっくにインタビュー責めの質問まみれにされて、赤裸々に語らされてるはずだもん。


 やがて、空のグラスに入った氷が、解けて、カランという音を鳴らした、その時だった。


「取り合えず……マネージャーには、知らせる必要性があるわね」



「マネージャーって……専属の?」


「専属……ではないけど、私に関する仕事が一番多いとは言ってたわね。これからの仕事をどうするかはまだ決まらないけど……休むにしても続けるにしても、彼女を通す必要性がある。本当はあんまり広めたくはないけど、流石に、この事態に関しても説明しておく必要性がある、と、思う」


「そのマネージャーは口が堅い人?」


「堅い……と思う。少なくとも誰かの噂話とか、そういうことをしてることを見たことはない……と、いうか、するように見えない」


「なるほど……」


 確かに。もしこれから俺が代理で仕事をするならば、一番付き合いが長くなりそうなのは、仕事場の人間を除けばそのマネージャーなのだろう。それならば、現在のこのSFじみた状況を説明しておく必要性はありそうだ。


 そんなことを考えていると、咲花が俺をじっと見つめて、


「何してるの。ほら、早く」


「え?何が?」


 咲花は今日何度目か分からないため息を付き、


「あのね。今、咲花あやめはあなたなの。だから、そのマネージャーに連絡を取れるのもあなたなわけ?それくらいすっと理解しなさいよ、全く……」


 そうか。


 入れ替わっているのは中身だけで、見た目とか、その他諸々は全てそのままなんだった。と、なると、当然連絡を取る役割も俺になる。


「えっと……マネージャーってどれ?」


「ああもう……貸して!」


 咲花が手間取る俺の手元からスマートフォンをかっさらい、二、三操作して、


「はいこれ。この人に電話かけて。他のことはしないでちょうだいよ」


 と言って俺に返してくる。画面の登録名は人物名では無くてマネージャー。スマートフォンを受け取った俺は、自分のと機種が違うことに若干苦戦しつつ、電話を掛ける。やがて、


『…………はい?どうしました?』


「あ、あの……夜分遅くにすみません。実はちょっと、面倒なことになりまして」


 ここで電話越しの声が明らかに戸惑いを帯び始め、


『あの、どうしました?そんなにかしこまって。変なキノコでも食べましたか?』


「え、いや、食べてないですけど……それよりも、面倒なことに」


『面倒なことならいつもじゃないですか。それくらいで電話してこないでください。夜も遅いんですから。また夜更かしして、翌日寝坊寸前みたいなことにならないでくださいよ?。それじゃ、失礼します』


「あ、ちょっと!待って!待ってください!」


 電話越しの声に困惑の色が混じり出す。


『……あの。本当に大丈夫ですか?体調を崩したとかなら言ってくださいよ?多少のスケジュールならこちらでなんとかしますので』


「いや、えっと……そういうわけでは……あ、いや、体調の問題と言えばそうなの、かな?」


『はっきりしませんね……』


 ここまでだった。


 向かい側の席で聞いていた咲花(体は俺)のしびれが切れてしまった。


 彼女……というか、彼が、俺のスマートフォンをひったくり、


「ちょっと貸して!あの、すみません。聞こえますか?……はい……はい。いや、彼氏じゃなくて……はい」


 その後の流れはスムーズだった。俺の声でしゃべる咲花は、要所要所で俺に対してスマートフォンを預けて、あれを喋れとか、マネージャーさんの疑問に答えろとかそんな要求をしてきたこと以外は全て一人で対応してみせた。


 そして、暫くの時間が経った後、咲花が再び、不機嫌全開で俺に、


「ん。話があるって」


 俺に対してスマートフォンを手渡してきた。俺はそれを受け取り、耳に当てると、


『もしもし。聞こえますでしょうか』


「あ、はい。聞こえてます」


『……声はあやめなんですね……あの、本当に演技ではないんですね?貴方は山都やまと瑛一えいいちという、あやめとは全く関係の無かった男性。それでよろしいですね?』


「そういうことになります」


『……分かりました。これからの具体的な対応策に関しては明日、協議するとして、取り合えずの方針としては、暫くの間、貴方……つまりは山都さんに、本来あやめがやるはずだった仕事をこなしていただくことになりますが。よろしいですね?』


「はい……分かりまし……た……え?」


『もしもし?何かご不明な点がおありでしょうか?』


「あの、ご不明っていうか……その、今、俺が咲花さんの仕事をする……みたいな内容だった気がするんですけど、気のせい」


 マネージャーさんは俺の言葉を最後まで聞かずに、


『いえ、その通りです。だって、現状それしか方法がありませんから』


 皆、よく覚えておくといいよ。人間、一度目に出来たからって、二度目も同じように、あるいはもっと上手く出来るなんてことは無いからね。ビギナーズラックって言葉もあるように、案外二回目の方が上手くいかない。そんなもんなんだ。それがどうしたって?つまりはこういうことさ。


「嘘おおおおおおおおおおお!!!!????」


『うるさ……』


 思いっきりの絶叫。向かい側の席では、咲花が耳をふさいで、「目立つでしょ、馬鹿!」なんて言っていた。いや、流石に無理よ。これは。

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