第9話 令嬢、慰められる2
「では、この兄がその解決までの時間を短縮出来るかもしれない素敵なアイテムをお前に授けようじゃないか。」
そう言って、アルバートは1通の封書を取り出してみせた。この封書こそがアルバートがアイリーシャの部屋を訪れた本題だったのだ。
「お兄様、これ……は……?」
「メイフィール公爵家のミハイル様からのお手紙だ。さっき届いた。お前昨日もミハイル様に送ってもらったそうだな。たいそう気にかけて貰っているじゃないか。」
兄から封書を受け取ると、丁寧に開封し、中の手紙を確認する。
そこには短文でアイリーシャを気遣う言葉が綴られていたのだった。
〜〜〜
アイリーシャ・マイヨール様
昨夜の貴女の様子が酷く気になって、心配になり筆を取りました。
今はどうか、無理をなさらず自分を労ってください。
貴女の御心が一刻も早く癒されることを願っています。
ミハイル・メイフィール
〜〜〜
「まぁ……!」
昨夜介抱してくれただけでなく、翌日にこのような気遣いの手紙まで送られるなんて、なんて律儀な方なんだろうと、アイリーシャは思わず感嘆の声をあげた。
「手紙にはなんと?」
アイリーシャが手に持つ、ミハイルから届いた便箋を、アルバートはじっと眺めていた。
「はい。昨夜の私があまりにも具合悪そうにしていたので、気にかけてお見舞いのお言葉をいただきました。」
「ふうん。メイフィール家のミハイル様はとてもお優しい方なんだね。」
手紙の内容を少しはにかみながら伝える妹を、アルバートは目を細めて見ていた。
「それで、昨夜何があったんだい?どうしてお前はメイフィール家のミハイル様に送られてきたんだ?」
兄に問われて、アイリーシャは昨晩の出来事を掻い摘んで説明をした。
「夜会の場で私気分が悪くなってしまって、立っているのがやっとでしたの。このままでは倒れてしまうと思っていたら、私の異変に気づいたメイフィール様が会場から連れ出してくださり、体調が悪い令嬢を一人で帰す訳にはいかないと、付き添ってくださったのです。仁愛の心に満ちた、まるで聖人のような立派なお方ですわ。」
昨日の事を説明しながらミハイルの人と成りを熱心に称賛を送る妹を横目に
(普通はただの令嬢にそこまでやらないと思うけどね。)
と、アルバートは思ったが何も言わずにいた。
「それで、お前はミハイル様へはどのような御礼を考えているんだい?」
兄の問いかけに、ハッとした。
昨日あれだけご迷惑をおかけしているのに、まだ、お礼の文の一つもしたためてない事に気づいたのだ。
「ま……まだ何も考えておりませんでした。早急に謝辞を送らないととは思いますが……。お兄様、このような場合殿方はどのような品物を貰ったら喜ぶのでしょうか?」
「お前は、ミハイル様に喜んでもらいたいんだ?」
妹のこの問いかけは、アルバートにとっては少々意外だった。妹はただ社交上の典型にのっとりお礼の手紙と、品物を用意するかと思っていたからだ。
「当たり前です!多大なるご迷惑をお掛けしたのですから、ミハイル様が喜ばない物を送っても御礼にならないじゃないですか!」
(ご迷惑ねぇ……。向こうはそうは思ってないと思うけどねぇ。)
アイリーシャが手に持つミハイルからの便箋を再びチラリと見ながらアルバートはそう思ったが、これも言葉には出さないでいた。
その代わり、妹の問いに返答する。
「そうだねぇ。タイやハンカチーフなどが良いのではないかな。沢山あっても困る物でもないし。もし、お前が感謝の気持ちを特に強くあらわしたいというのならば、お前が刺繍を入れて贈ればいいんじゃないかな?」
そういえば、昨夜ミハイルから借りたハンカチーフをそのまま持ってきてしまっていたのだった。
その事を思い出したアイリーシャは、それならば借りた物を返す時に新品のハンカチーフも用意して一緒に贈ることにしようと決めたのだった。
「有難うございますお兄様。私ハンカチーフに刺繍を刺してみますわね。」
妹のその回答にアルバートは目を細めたが、アイリーシャは気づかなかった。
「けれども、刺繍を刺すとなると贈り物が出来るまで時間が掛かるだろうね。とりあえず、今日の手紙に返事を一筆書いたらどうだろう?」
「その通りですわ。エレノア、直ぐに便箋と封筒を用意してちょうだい。」
「かしこまりました。」
部屋の隅で待機して兄妹のやりとりを見守っていた侍女エレノアは、命令を受けると即座に便箋と封筒を取りに部屋を出て行った。
パタンと静かにドアが閉まり、部屋には兄妹だけが残り、兄は妹の様子をもう一度静かに観察した。
今のアイリーシャは、部屋に入ってきた当初の深く沈んだ顔から、ちょっと寂しそうな顔位にまでは回復しているのが見てとれたので、アルバートはホッとした。
「さて。さっきより随分と顔つきが良くなったね。もう大丈夫そうだから僕は行くよ。」
「はい、お兄様お気遣いありがとうございました。」
アイリーシャは微笑んで礼を言い、そしてアルバートは最後にもう一度アイリーシャの頭を撫でてから部屋を出て行ったのだった。
****
「アルバート様」
アイリーシャの部屋から出たところで、アルバートは封筒と便箋を持って戻ってきたエレノアに呼び止められた。
「なんだい?」
「メイドの私が意見する無礼をお許しください。ですが、先程のお嬢様へのアドバイス、刺繍を刺して殿方に贈るというのはその……」
「普通、好意のある人にしか贈らないよね。分かってるよ。」
あまりにもアルバートが平然と言うので、エレノアは一瞬言葉に詰まった。
「では何故、あのような助言を行ったのですか?」
侍女の自分が口を出すのは不敬ではないかと思いながらも、エレノアは当然の疑問をアルバートに投げかける。
「刺してる間はそれに集中して余計な事は考えないだろうし、そうなれば自然とリーシャの気持ちも薄れるだろう。それに……ミハイル様は我が妹に随分と良くしてくださってるみたいだし、我が家としてもメイフィール公爵家との繋がりは嬉しいからね。」
「ですが、お嬢様にそのような意図が無いのに相手方に誤解させてしまっては、こういったことは拗れるのではないでしょうか?」
エレノアは、長年お仕えるアイリーシャがこれ以上傷ついて欲しくなかった。その為このようなアルバートの言い分に納得出来なかった。
「リーシャは推しに弱そうだから上手く行くと思うよ。これに刺激されてミハイル様が頑張ってくれれば。」
しかし……と、エレノアが声を上げる間もなくアルバートは続ける。
「エレノア、侍女として親身になって我が妹を心配してくれるのはとても嬉しいよ。僕だってリーシャには早く元気になってほしいと思っている。それならばこれは、リーシャの気持ちが回復する特効薬だと思わないかい?」
そう言ってにっこりと微笑みかけるアルバートはアイリーシャの兄だけあって悪魔のように美しい。
「ミハイル様からの手紙の便箋をよく見てごらん。」
エレノアにそう言い残して、アルバートは去って行ったのだった。
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