当て馬令嬢だと落ち込んでいたらいつの間にかお兄様に外堀を埋められて、結果、真の最愛の人に気づく事が出来ました
石月 和花
第1話 令嬢、当て馬であったと自覚する1
(あぁ、絶望とはこのような感情なのですね…。)
豪華絢爛なホールの中で侯爵令嬢であるアイリーシャは、泣き出しそうになるのを必死に堪えて中央に居る2人に祝福を意味する拍手を送っていた。
この国、シュテルンベルグの王太子殿下の婚約者発表の夜会がここ王城で開かれており、たった今、王太子殿下の婚約者にはアストラ公爵家の御令嬢レスティアが内定したと正式に発表されたのだった。
(私は……選ばれなかったんですね……)
悲痛な胸の内をひた隠し、彼女は拍手を続けた。
侯爵令嬢であるアイリーシャは、七名居た王太子殿下の婚約者候補の一人だった。
他の令嬢もそうだったように、アイリーシャは王太子殿下の婚約者になる事を信じて今日まで努力を積み重ねてきていた。
しかし、今王太子殿下の隣にいる正式な婚約者に選ばれた女性は、アイリーシャではなく、公爵令嬢のレスティアであり、この事実は彼女に大変なショックを与えたのであった。
家柄や容姿、思想、政治的思惑等で選別された、王太子殿下に近い歳の七人の令嬢は、幼少の頃から王太子殿下の伴侶となる為に必要な特別な教育を受け、殿下との交流を長い年月をかけて行っていたのだった。
長きに渡る交流において、王太子殿下は決して令嬢達に差をつける事なく皆に対して平等に接していたが、アイリーシャは、ある事があって自分こそが王太子殿下にとっての特別なのではと、内心どこかで自分が選ばれるのではないかと、期待をしていた。
しかし、その期待も無惨に打ち砕かれたのだった。
本日の夜会が、王太子殿下の婚約者発表の場であるのに事前になんの打診も無かったことから、アイリーシャは、自分が王太子殿下の婚約者に選ばれなかったことは、薄々分かっていた。
分かっていても、実際に形となって発表されるまでは、一縷の望みに縋っていたのも事実であり、こうして目の前に現実を突きつけられると、形容し難い胸の苦しみに襲われたのだ。
(頭では分かっていても、実際に現実を見せつけられるのは辛いわね……)
自分はキチンと笑えているだろうか?
込み上げてくる負の感情を必死に押し殺し、アイリーシャは周囲に合わせて機械的に拍手を続ける。
(王太子殿下、お慕い申し上げておりました……)
決して口に出来ぬこの想いを、心の中で呟いた。
ホールではいつまでも、本日の主役の二人を祝福する拍手が鳴り止まず、王太子殿下の婚約者がついに正式に決まり、この国の将来も約束された物だと、人々の歓喜がそこかしこに溢れていた。
そんな周囲の喜びの音が、アイリーシャには何故だか凄く遠くに聞こえた。
真っ直ぐ前を、中央の二人を見てはいるけれども、視界の縁が何やら白くボヤけていて、何やら吐き気まで込み上げてきた。
(どうしましょう、コレは良くないですわね……気持ちが悪くなってきましたわ……)
王太子殿下の婚約者に選ばれなかったショックから、心的ストレスが極限に達し、アイリーシャは限界だった。
しかし、このようなおめでたい舞台で、婚約者候補だった自分が倒れてしまってはこの場に水を差してしまう。
それだけは、何としても避けたい。
淑女として、この2人の婚約発表を祝福しなくてはいけないと、気力でなんとか踏みとどまっていた。
そのような状態の為、周囲を見渡す余裕なんかある訳もないので、彼女は気付いていなかった。自分を見つめる、一人の男性がいる事を。
「失礼、マイヨール侯爵家のアイリーシャ様。お顔の色が優れないようにお見受けしますが、もしや、体調がすぐれないのではないでしょうか?」
不意に声が掛けられ、驚きのあまりアイリーシャは一瞬表情を崩してしまった。
「失礼、急に声をかけて驚かせてしまったみたいですね。」
表情が歪んだ彼女を見て、男は慌てた。自分は声をかけるタイミングを間違えたと思ったのだ。
そんな目の前に立つ男性を見て、すぐにアイリーシャは笑みを作った。もちろん、無理をしての行動であるが、長年の努力ゆえ、彼女はどのような場面でも淑女らしく笑みを浮かべられるのだった。
「これはメイフィール公爵家のミハイル様、お気遣い感謝致します。」
アイリーシャに話しかけた男性は、ミハイルと言って、メイフィール公爵家の嫡男であり、王太子殿下の側近の一人だった。背も高く、端正な顔立ちなので令嬢からの人気も高い。
そのようなお方に、お声がけ頂くなんて、自分は今そんなに周囲に分かる程のひどい顔をしているのだろうかと、アイリーシャは焦った。
内心真っ青になりながらも、淑女の笑みを浮かべ、ミハイルに向き合った。
体調が悪いのは事実だが、何と答えるのが正解なのか、答えが導き出せないので、彼女は黙って笑みを浮かべる事で、曖昧にやり過ごそうとした。
しかし、そんな彼女とは対照的に、笑みを向けられた側のミハイルは、痛ましいものを見るかのような表情で彼女を見つめている。
そして、観るに耐えかねてこう告げた。
「貴女が我慢する必要はないのです。会場は王太子殿下と婚約者のレスティア様の二人にしか注目していないし、そっと抜け出れば誰も気づきませんよ。」
その言葉に、再びアイリーシャは表情を崩してしまった。それを見て、ミハイルはたたみかける。
「私が手引きをしますから。あちら側の壁伝いに後方のドアから出れば、殿下達とは反対側なので、目立ちません。」
彼女を安心させるために、微笑みを見せて、それからミハイルはアイリーシャの手を取り歩き出したのだった。
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