　次の日、アリスは桜並木を歩いている。とはいっても、季節は冬。枝のみの殺風景な場所である。

　そんな並木道にアリスは大きなカゴを持って歩いていた。カゴの中身は、もちろんハジメ。そして、アリスはジャケットを着ている。このジャケットはオーテッドの徽章入りで、任務のときに着用する義務があるのだ。

　そのハジメはというと、未だに休止モードで表情マッピングをしていなかった。

――さすがに直前に起こすのはまずい。

　アリスはカゴを左右に揺らした。

「ハジメ、起きて。仕事だよ」

――起きん。……よし、こうなったら。

　起きないハジメにイラッとしたアリスは、思いっきり左右にカゴを揺らし、叫んだ。

「ハジメ！！！　起きろ！」

「…………うお！　何だ、何だ」

　ものすごい揺れにハジメは起きた。その顔には表情マッピングもあり、驚いた表情をしている。

「やっと起きた」

「やっとって……。もう少し、優しくできない？」

「さっきやったけど、起きなかったし」

「………………」

　アリスの言葉にハジメは撫然（ぶぜん）と納得できない表情し、「もっとちがう方法、なかったの」と言おうとしたが、その言葉を飲み込む。それ以上に気になったことがあったのだ。

「んで、ここどこ？　僕のGPS、あんまりアリスの家から動いてないけど」

「そりゃあ、そうだよ。今回の依頼は歩いて15分の大病院。もう見えているよ」

　アリスが示した先は大きい建物があった。その建物の隣から低い位置に穏やかに大きな川が流れている。見渡す限りの河川敷には歩道が整備され、所々に木や花が植えられていた。今は澄み切った青空も出ているためであろうか、いろんな人が河川敷の歩道を歩いていた。

　アリスとハジメは病院に入って一通り医者から説明を受けたあと、病院のサポートロボットの案内で病院内を歩いていく。途中、白い患者服を着た松葉杖をつく人、手すりにつかまって歩く人、片腕が動かず不自然に歩く人とすれちがっていき、とある病室前にサポートロボットは止まった。そして、サポートロボットは手慣れた動作で『呼び出し』ボタンを押し、話し始める。

「サポートロボットです。データ関門士の方、連れてきました。入っていいですか？」

　すると、「どうぞ」と病室内から声が聞こえた。

　その答えを待っていたかのようにサポートロボットは『開閉』ボタンを押してドアを開けると、アリスに入るようにジェスチャーをした。

　そして、サポートロボットに促されたアリスは病室に一歩前へ進める。その瞬間、アリスはあまりにもの異彩差に震えて足を止めてしまった。

　アリスの目の前には太陽で明るく、全てを優しく照らしている。その光は生命の恵みともいえ、生命を慈しむ光となっている。のだが、その光を拒絶している存在がいる。その存在は、生命維持装置で常に殻の炎のようなエネルギーを注入されている人物がベッドで寝ていた。

　この人物――それは、決して目覚めることがない心停止の患者（死体）である。

　心停止――それは、データ生命体が発展する前の時代、『死ぬ』と称された。心臓が止まると血が巡らなくなるため、細胞が壊死し、身体全般が機能しなくなるからだ。つまり、『死ぬ＝自己の消滅』と、かつての人々は認識していた。そして、データ生命体の技術を確立していくに従い、人々の認識は変化していった。それは、『生きたいと願い続ける限り、永遠に生きれる』と、認識した。つまり、『データ生命体技術の確立＝死の克服』を意味しているのだ。