第1話 奇跡を起こすロボット 1

〈‐‐そこから、管理システムを変更した。データ生命体は新たな専用区画『サテライト・エリア』をインターネット内部に作り、全てのデータ生命体を管理できるシステムを創設した。そのシステムには、何かあったときのバックアップ先として自動転送機能とともに、その中でも暮していけるように整備された。


 当然、データ生命体も技術進化している。


 基本、データ生命体は身体をスキャンで読み取った生体情報をデジタル変換し、一個人のアイデンティティを持った生命体技術である。そして、データ生命体専用機器であるサポートスーツにインストールすれば、生きていた頃と変わりない行動が可能となる。‐‐〉



「ずずず」


 ここは、無機質な動画が流れるマンションの一室。動画は大昔に発明した『パソコン』と呼ばれる系統を汲む端末から映し出されている。


 3800年現在、端末は小さな小石程度だ。この部屋の住民も小さく丸いマゼンタ色の端末から光を照射し、四角く形取られたスクリーンから動画を見ている。光の良いところはスクリーンの大きさが瞬時に変更できること、重さもなく携帯に便利なところにある。かつて存在した『携帯』、あるいは『スマホ』もこの端末に統一され、『スマホ』という言葉は死語となった。


「ずぅ〜っ」


 また、無機質な動画の雰囲気とは似合わない派手な音が響いた。


 その響かせた犯人はこの部屋の住人、アリス・クロニスターが飲み干したパックのオレンジジュースである。


 さっきまで居眠り防止と称して酸味の強いオレンジジュースを飲み、近くのお菓子を食べつつ、ダルそうに右手で頬杖をつきながら動画を見続けていた。


 というより、強制的に見せられているというのが、今のアリスの心情だ。何しろ、オーテッドに認定されているデータ関門士だからだ。


 オーテッド――それは、電気インフラおよびデータ生命体集約管理機構:Organization of the electric-infrastructure and data-life-human centralizing control (通称:オーテッド(orted))で、電気インフラ・データ生命体を一元管理している組織である。当然、インターネットもオーテッドで管理されている。


 アリスはこのオーテッドの新人のデータ関門士なのだ。


 無機質な映像の正体もオーテッドのデータ関門士研修動画である。


 もちろん、アリスの机には聞いたことをメモするノートやシャープペンを置いてはある。が、それ以上に占めているのは、居眠り防止と称するチョコやクッキー、スナック菓子といったお菓子だ。



 アリスは何かお菓子に合う飲み物を探そうと席を立ったとき、何かがアリスの足元に来て、話しかける。


「ちゃんと受けている?」


 話しかけたのは、全身硬質のメタリックシルバーで固め、耳から先の顔を表情マッピングという立体的に同じ材質のように顔を投影させたロボット犬である。小型犬ぐらいの大きさのAIロボットで、名をハジメという。


「ちゃんと聞いているよ。昨日、いろんなお菓子を買いまくったおかげで眠くないし」

「眠くないって……、これのどこが研修を受ける態度なんだ?」


 ハジメはアリスが研修動画をダルそうに見つつ、飲んだり食べたりする態度に、不審に感じていたのだ。


「え、態度? 課題を出せば問題ないよ」

「…………」


 ハジメは驚き、思わず言葉を失ってしまった。それは、アリスが平然と「問題ない」と言ってのけたからだ。ハジメの知識には研修はしっかりと受けるべきものと認識しているため、アリスにさらなる疑惑の目を向ける。


 そんなハジメの態度にアリスはムッとした。自分のやり方にケチをつけているようで、気に食わないのだ。


「ハジメ、こういうのは効率が大事なの! 事前に研修内容と課題がわかるし、やりきってからの方がわかりやすいし、予想外の内容ならその部分だけ注意深く聞けばいいから、効率的でしょう?」

「ふ〜ん……。効率とか言って、文身ぶんしんを消されるヘマ、しないでね」


 文身ぶんしん――それは、アリスの左手の甲にあるカラフルな絵のことで、生活になくてはならないアイテムの一つである。かつて、このような絵をイレズミ(入れ墨 or 刺青)とも呼ばれていたが、カラフルな絵に漢字の墨や青が付くイレズミと呼ぶことに抵抗を感じる人たちがいたこと。また、信念であったり、好きなもの、見た目の良さなどと様々な思いを『自分の分身』として表現することから、語呂合わせの『文身ぶんしん』という呼び名が広がった経緯がある。


 ちなみに、アリスの文身ぶんしんはオーテッドの規定により徽章である鳳凰ほうおうと白い花、葉っぱが一緒に舞うデザインである。


 ハジメがさっき言った意味はオーテッドのことを暗示し、その意味を読み取ったアリスは怒りが一気に吹き上がった。

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