初対面

「やっぱり潜入とかは永塚の右に出るものは居ないな」

「そうですかね?でも、そう言ってもらえると嬉しいです」


昨日、永塚が潜入した会社で入手した情報は十分と言っていいほどの収穫があり、マフィアの連中あいつらの計画の詳細が判明した。


正直計画は巧妙な手口を使っているわけでもなく、人の数でどうにかするタイプだから、こちらとしては対処しやすい部類に入る。

流石に東京駅前のビルを爆破しようとしてたなんて、あたしは思わなかった。

まあそれも永塚の活躍で事前に阻止できたのは大きい。


それにあの見学会。話しがとんとん拍子に進んでいくし、どうにも怪しいと思っていたら、やっぱり裏があった。

こっちは想定内だったし特に驚きは無いが、結構な量の武器や爆弾を国内で製造しているようで、今は製造拠点を潰しているみたいだけど、少し遅かったらしく六割程度は出荷されていたと聞いた。

だが出荷されていたとしても計画の全容は分かっているし、見学会がある日までに敵の数をどれだけ減らせるかで、品川で発生するだろう戦闘の被害の大きさが決まると言ってもいいだろう。




「品川で決着をつけるっぽいけど……自由に動けなさそうなのが面倒だな」

「地上は一般人も多いですし、仕方ないですよ」

「いや……まあ制限があるのは十分に分かってんだけどさ。関係者として現場に行くのは永塚は慣れてるだろうけど、流石にあたしには厳しくない?」

「そんなに気にする必要無いですって。スーツも着慣れてますし、変な事言わなければ大丈夫ですよ」


永塚は大丈夫ですよなんて気軽に言うが、そもそもそういった事にあたしは慣れてない。確かにスーツは着慣れているのは事実だけどさ……関係者として行くって事は行動に制限がかかるだろうし、あたしとしては自由に行動できないってのがキツイんだよな……。


でも上からの指示ならやるしかない。黙っていれば永塚が何とかしてくれるかもしれないし、まあどうにかなるだろう。




そして見学会当日。敵が集結する所は品川駅の工事現場だから、こっちも駅周辺に待機させる……ことは無く、品川に向かっている奴らを確保するべく周辺の道路を監視したり、品川から一番近いリニアトンネルの別の工事現場へ向かう奴らもいる。


あたしらはいつも通り彼女の護衛だ。今回はバスでの移動があるから、荒川とかがこっちに配属されるかと思っていたんだけど、荒川は新人と二人で組んでいるらしく駅から近いところにある工事現場へ向かったらしい。

そして来たのはあたしらを乗せる車と、その運転手だけだった。

こういった事戦闘に慣れてるから信頼されているんだろうけど、敵も数が多いみたいだし一般人にまで被害が出ないか少しばかり心配だ。


彼女が乗り込んだバスが学校から出発したのを確認し、あたしらが乗った車も出発する。学校に来るまでの道のりでは怪しい奴は一人もおらず、品川に集結してるんじゃないかと思っていたんだけど、どうやら違ったみたいだ。


「あの車……大通りに入ってからずっと着いてきてますね。しかも途中で脇道に曲がったりしてますけど——」

「あー……あのワンボックスカー?何台かあるけどあれ全部っぽいな」

「そうみたいです。車種も違いますけれど、常に一台は後ろにいますね」


数えると5台の車がそれぞれ入れ替わる形で尾行しているのが分かった。このまま目立たないように尾行するだけなのかもしれないが、相手は大勢が乗れる車に乗っているし武器も所持してるだろう。おそらくどこかで襲う気だ。

まあ襲う気が無かったとしてもこっちが見逃す理由は無い。周囲への被害なんて考えなければ、今すぐドアを開いて車ごと叩き潰すんだけど、切羽詰まった状況でもないしやる必要もないから、ここは永塚が適任だ。……と言うか、永塚以外にできる奴がいない。


「じゃあ、あたしは回収班に連絡しとくから」

「分かりました。とりあえず気絶させて車は路肩に止めておきます」


そう言って窓から外に出て行くのと同時に回収班へ連絡を送ると、永塚から電話がかかってきた。


「何か問題でも発生した?」

『いえ、問題と言うほどではないんですけど、二台目の車を制圧したところで勘付かれたみたいで——』

「発信機とか付けたか?」

『ちゃんと付けました。場所は奥沢さんのスマホでも確認できると思います』

「止まってる車からだと、結構離れてる奴もあるな……あたしも手伝う。車はそのまま追跡してもらうから、一通り終わったら回収してくんない?」

『わかりました。こっちもすぐ片付けて迎えに行きます』


電話をしながら運転手にも発信機の情報を共有し、一番近い車まで向かってもらう。永塚のような高速移動ができればいいんだけどな……。

どうやら他の車は逃げ切ったと思っているのか移動速度が緩やかになっていた。しかもバスの追跡を再開しようとしているらしく、あたしのいる大通りから曲がってすぐの所に一台いるのが目視で確認できた。


この距離なら外に出なくても大丈夫そうだ。

流石に生け捕りの方がいいだろうし、うっかり殺さないように少し加減をしないといけないのはちょっとばかし面倒だが考えている時間は無い。

手っ取り早く車体を潰していく。勢い余って殺さないようにしつつ、締め付けるようにゆっくりと。

その潰れていく様は周囲の人からしたら不自然に見えるだろうが、一般人には被害が出ないこの方法以外あたしには思いつかなかった。


残りは二台だが、遠くにいた方は永塚が対処しているようだ。あたしは車を降りて最後の一台の所に向かう。


さっきより少し離れたところに最後の一台が見えた。もう少し近寄ってもいいんだけど、まあ離れてても問題はない。力加減を間違えて車に乗ってる奴らまで潰さなきゃいいだけだし……。


「最後の一台終わったんですね。ありがとうございます」

「お礼とかいいって。すぐ近くにいただけだしさ。それよりも早く車に戻ろう」


車はあたしが頼んだ通りバスの後ろを走行していた。特に問題は無かったみたいだしバスを追跡してた連中はあれだけだったらしい。

それ以降は仲間の増援も無くただバスについて行くだけで、やる事といったらぼんやりと窓の外を眺める事くらいだった。




「——移動手段に乏しいのが欠点だよなぁ……」

「どうしたんですか?何か気になることでもありました?」

「え、声に出てた?まあ大した事じゃないんだけど、あたしにも移動手段があればなって思ってさ」

「私はそんなに必要無いと思いますけど……それに今でもやろうと思ったらできますよね?」

「看板とか鉄パイプとかを並べて足場にするやつ?あれすごい目立つから昼間にできるわけないじゃん」

「確かに目立ちますね……でも私と一緒なら移動手段なんて問題ないですって」


問題無いなんて言うけれど、今回みたいに別行動する事があるかもしれないから、あたしは移動手段が欲しいって言ってるんだけど……。

考えたところでいい手段は思いつかないので諦める事にするけど、星の瞳オリジナルならいい方法があるんだろうなぁ……と少しばかり羨ましくなるが、あたしには永塚がいるし、一緒にいる限り移動手段に困ることは一切ないはず。




「そういや例の会社が今日視察に来るんだって?まだ来てないみたいだけど、どれだけの人数が来るんだろうな?」

「おそらく彼らは確実に彼女を確保したいと思ってるはずですから、大人数で来ると思いますよ。それに近くで掘削してる所からも地下に侵入してくるはずです」

「荒川たちが侵入を防いでくれたらいいんだが……こっちに来た奴らは早めに片付けておきたいな」


もうどんな手を使ってでも連中は今日、彼女を捕まえたいはずだ。ここに来る奴らは流石にこんな場所でいきなり銃を撃ったりはしないだろう……と思いたいが絶対にやらないとは言い切れない。

だが問題なのはここから近いところにあるもう一つの工事現場。ここに来ない奴らがあっちから地下に行く計画になってるだろうから、人の数も武器の量も絶対に多い。

下手すれば作業員も一人残らず撃ち殺すかもしれない。


——まあ、あくまで永塚が入手してきた計画の話だから、流石に連中も分かってるだろうし変更してくるだろうな。とは言っても地下には侵入するだろうし、荒川たちあっちは地下で待機してれば向こうからやって来る。それを捕まえるか、撃ち殺すかして数を減らしてくれたらいいんだが、そんな簡単にはいかないだろう。


「奥沢さん。そんなに考え込んでないで、少しは周りを見てください」

「何言ってるんだ。ちゃんと見てるじゃないか」

「確かに見てはいますけど、私たち見学で来てるんですからね?」

「分かってるし、しっかり見てるって」

「……本当ですか?怪しまれないようにしてくださいよ」


一応見学という形でここに来ているのだが、職員との対応を永塚にすべて任せて、これからの事を考えていたことに気付かれたらしく、怪しまれないようにしろと釘を刺された。

あたしとしては、案内された箇所を見ているふりをしているつもりだったんだけど、永塚の目は誤魔化せなかったみたいだ。


この先、あと数時間以内に起こるであろうことを考えておいた方がいいとは思うんだけど、おとなしく見学しておくことにした。

あたしら二人だけだから、トンネルの方も見せてもらえることになり向かったが、だいぶ完成に近づいているのが分かった。だが、もしかしたらこれから起きる事次第では開業は延期になりそうだな……。


トンネルの見学が終わり地上へ戻ると、ちょうど別の団体が到着したところに鉢合わせた。この団体が何なのかはすぐに分かった。——だってほぼ全員が彼女の事をジロジロと見ているからだ。


「いや、露骨すぎるだろ……」

「奥沢さんこそ、あんまり見ると気付かれちゃいますよ?」

「あたしはあいつらにも同じ事を言ってやりたいよ」


あたしらと入れ替わるようにして、マフィアの団体は地下へと向かって行った。そして彼女ら高校生たちも地下へと案内されて行く。

数は多いが始末するなら絶好のチャンスなのだが、あたしらはもう地下の見学が終わったから、永塚に頼るほか無いかと考えていると……どうやらここからは自由に見て回ってもいいと言われた。でも今は地下の方に見学者が集中しているからなるべく控えてほしいようだ。

それにしても、まさか部外者が職員の同行も無く歩き回っていいとは、何というかセキュリティは大丈夫なのか心配になるな。

多分見学者が多いからその対応に追われているのか、それともの影響力が関わっているのか……まあ、どっちでもいいか。


二人で乗り込んでサクッと始末しようかと最初は考えていたんだけど、高校生のグループがほぼ同時に行ってしまったため、団体の方を永塚に任せてあたしは彼女を追いかける事になった。




彼女が先にトンネル内に行ってしまうと困るから、急いで向かっている最中に電話がかかってきた。かけてきたのはあたしらとは別に動いていた隠蔽班からだった。


「もしもし。何かあった?」

『職員専用の通路で怪しい奴がいたんですけど、どうやら空森彼方を孤立させるためにスキャナーの故障を装って時間を稼いでいたみたいです』

「それで彼女は?」

『まだトンネル内部には入っていないみたいですが、どうします?』

「地下を緊急閉鎖してもいいけど、確実に怪しまれるし……どうするかな。よし、あたしが一緒に同行するから、職員に変装して彼女を入場させちゃって。その後の生徒たちにはルートの変更とか言って足止めしておいてくれると助かる」

『変装に足止めですか……何とかやってみますけど、期待しないでくださいよ?』


電話を切った後、駆け足で彼女を追いかける。入場受付の前を通り過ぎた際には上手く説明できているらしく、順番を待っていた生徒たちは一旦地上へ引き返すことにしたようだ。

しかし職員らはまだ残っているが、何かあれば逃げるだろうし死ぬ事は無いだろう。


そして完成間近の駅に入ったところでようやく彼女に追いついた。


「おーい。君か?機械の故障で少し遅れたってのは」

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