潜入捜査
「——あれ?望さんから電話だ」
私のスマホに電話がかかって来て名前を確認すると望さんからだった。いつもなら私の方から報告とかで電話をかける事はよくある事だけど、望さんの方からかけてくる場合は永塚さんへかける事が多い。
こんな感じで私へ直接電話が入る場合は何かしらの仕事の指示のはずだけど……今回はどうだろう?
「もしもし、望さんですか?」
『お、やっと出た。……って私の名前を確認しなくても名前表示されてるでしょ』
「声を聞くまで望さんかどうか分からないじゃないですか」
もしかしたら第三者が望さんのスマホを使っているのかもしれないし……そんなことは起こりえないんだけど、万が一って事もあるし、しかも今はアジアンマフィアも来ているから慎重になっても仕方無い……はず。
『ま、真面目だなー永塚は』
「そうですか?だって今は油断できない——」
『それは長くなりそうだから、本題に入ろう。……今回電話したのは先日奥沢が調査してたでしょ?それで掴んだ情報でアジアンマフィアに関係してると思われる投資会社が都内にいくつかあることが分かった。そのうちの一つを調べてもらいたい』
そういえばこの前奥沢さんが夜中に調査に行った時に手掛かりになりそうな情報があったって聞いてたけれど……その事かな?
それに解析班も忙しいはずなのに、結構早く解析が終わったのも驚いた。
「えっと……私が調べに行くのは本当に一か所でいいんですか?」
望さんはいくつかの会社があるって言ったのに、私が行くのはその内の一つだけだなんて何かあったんだろうか?
今別件で監視の仕事もしているから気を利かせてくれているのかもしれないけれど、そんな事気にしなくても問題は無いのに。
多分そんなに複雑な理由じゃないとは思うけれど、実際に望さんが何を考えているのかは聞いてみないと分からないかな。
『それで問題ないよ。永塚に任せるのは一番可能性の高い会社だから。他は荒川と新人が向かってるけど多分ハズレだな』
「あー……じゃあ私が行く所が一番危険って事でいいんですね」
『まあそうだね。下手したら相手が銃を持っているかもしれないし——』
「え?銃を所持してるかもって……一応聞きますけど、その会社どこにあるんですか?」
私としては相手が銃を持っていたとしても特に問題は無い。問題なのは私が行く会社がどこにあるのか。望さんは都内って言ってたから東京であることは間違いないし、そして人の多いところなのかどうかを私は知っておきたい。
『えーっと……東京駅のすぐ近くのビル内にその会社があってね。もし銃なんて持ってたら大惨事になることは間違いないでしょ?』
「だから私が選ばれたんですね」
『そりゃあ潜入には
「——会社が入ってるビルって駅からこんなに近いなんて……」
私が調べるために潜入する会社は、東京駅を出てすぐ目の前にあるビルの中にあるようだ。
低層階は商業施設が入っているから会社があるのは33階だけど、最上階の36階にはレストラン街があるため発砲でもされたら、ビル内とその周辺はパニックになる事間違いない。
「えっと、会社があるのは33階なんだ。同じ階には他の会社もあるし、なるべく騒ぎを起こさないようにしないと」
1フロア丸々借りていたらやりやすかったんだけど、騒ぎを起こしたら警察を呼ばれて面倒くさい事になりそう。外に逃がさないようにしつつ、見つからないようにデータを抜き取る事が出来るかな……?
それに望さんからは『難しいようなら気体にしてもいい』って言ってたけど、要は生かしておく必要は無いって事だ。
(それにしても、どうやって33階まで行こうかな)
33階まで行く手段はいくつかあって、どのルートを使っても簡単に見つかる事は無いはずだけど、何が起きるか分からないし、レストラン街まで行ってそこから降りる事にしよう。
エレベーターでレストラン街まで上がると、多くの人が居た。普段来たことが無いから知らないけれど結構人気のあるお店でもあったりするんだろうか?
(人に紛れるかと思って
ずっとここに居るのもよくない。一人でフラフラしていたら目立つし、顔を覚えられでもしたらちょっとばかり手間がかかるしでいい事が一つもない。
今はスーツを着ているから、堂々としていれば怪しまれることなくオフィスフロアに入り込めるだろうし、さっさと下に降りた方がいいだろう。
「——おっと、一応
小型のカメラが付いているこのメガネをかけておくように言われてないけど、リアルタイムで映像が送られているから、私が気付かないような細かい部分も解析班の方で見てもらえるし、かけておいて損はしないはず。
オフィスフロアへの階段へと続くドアは関係者以外立ち入り禁止という札が貼ってあるだけで、監視カメラも無く普通に通ることができた。
もしかしたらカードキーなどを使わないと入れないかと思っていたけど、流石にそこまで厳重ではないらしい。
おそらく各会社に入るときにそういった物が必要になるんだろう。
33階に来るまでにこの辺りの階で働いている社員の何名かとすれ違ったりもしたけれど、挨拶を交わすくらいでこれと言って特に怪しまれるようなことも無く、たどり着いた。
この階に入っている会社は全部で6社。どの会社の出入り口にもカードキーの認証端末が取り付けられていた。
それに今は昼休みだからか、人の出入りが激しくなっているみたいだ。しかしお昼時にも関わらず、私の潜入する会社からは誰一人出入りしている様子はない。大勢とはいかなくても、一人二人くらいは外に出たりしてもよさそうだけど……。
(——やっぱりここもカードの認証がいるよね。しかも他の所と違って数も多いし、ここまでする必要無いと思うけど、何を隠してるんだろう……?まあ、それをこれから調べに行くんだけど)
もしここが都内じゃなかったらササッと侵入して目的の物を取って帰るけど、雑に行動して見つかりでもしたら銃撃される可能性もあるし、慎重に行動したい。
——とは言っても、やること自体はいつもと変わらない。
私が居る通路から人が居なくなった瞬間を狙って、自身を気体へと変換する。
別に見られていたとしても、相手からしたら一瞬で煙のように消えるから、元からそこに居なかったとしか思われないし、あまり問題は無いんだけど……どこで誰が見聞きしているか分からないから私としてはなるべく警戒しておきたい。
十分に警戒して中へと潜入したものの、会社の中にはたった数人の社員しか居なかった。
社内を一通り見たけれど机と備え付けのパソコンは十台もあったのに、ほとんど使われた形跡もなくて無駄に置いてあるだけのようだ。この程度の人数しかいないのならこんな広いところを借りる意味なんてあったのかとも思うが、東京駅の近くにあるビルを借りられるほど大きい会社だという事をアピールするためかもしれない。
「もしもし?あー……見学の話の事?ちょっと待ってて……この前出した見学の話って結局どうなったんだっけ?」
「見学には来る事になってる——って昨日も話しただろ」
「悪かったな記憶力が無くてよ……うん?それはこっちの話、それで見学には来るってさ。急な話だったかもしないけど、そりゃあ来るだろ。費用は全額こっちが出すんだからな」
最初は無視しても問題は無さそうかなと思っていたんだけど、話の内容が見学についてだった。どこへ見学に行くのかはまだ分かってないが、最近よく似た話を聞いたばかりだからちょっと気になる。
もう少し聞いておいた方がいいかもしれない。
「それにしてもずいぶんスムーズに決まったよな。例の高校と俺たちってなんのつながりも無かっただろ?」
「
「へぇ。そんなことがあったのか……全然知らなかった」
やっぱりあのリニア見学にはアジアンマフィアの連中が関わっていたようだ。
それにしても行き当たりばったりな計画にも思えるけど、なんだかんだ上手くいっていることに驚いた。
「まあ本当に決まるなんて思ってなかったから、こっちの準備がまだ完全に整ってないんだよな」
「それに散らばって入国した仲間も結構警察とかに捕まってるみたいだし、人数もあんま足りてないんだっけか」
「それでも7、8割は製造が終わってるし計画自体に支障は出ないだろ」
何かを作っているみたいだ……しかも大量に。おそらく銃を始めとした武器だと思うんだけど、もし爆弾とか化学兵器とかの広範囲に無差攻撃が可能な武器だとしたら、早急に製造拠点の場所を調べないと……。
とりあえずパソコンのデータを入手したい。
データの送信を開始してから数分。解析班からメッセージが送られてきた。
『データの受信を確認しました。引き続き調査をお願いします』の一文だけだったので、現在使用しているパソコンにも差し込む必要がありそうだ。
(——流石にそんな都合のいい話は無いか。じゃあ……次はあのパソコンにしよう)
次に狙いを定めたのは電源の入っているパソコン。今は席を外しているのか誰も使っていないから、あれなら気付かれるリスクは低いはず。
早速差し込んでみたけれど、パソコンの画面上には何も表示されていないから見られただけで気付かれることは無さそうで一安心。
そう安堵したのも束の間、この席の主が戻って来てしまった。パソコン本体に取り付けた物を見られたらまずい……。
「どうした?お前の使ってるパソコン不調なのか?」
「ん?あぁ、いや不調とかじゃないんだけどさ。ネットとかで通信障害でも起きてんのかな?」
(これはちょっとまずいかも……)
彼らがこの話を始めた時、今話している二人を消すかどうかを考えたが、すぐに実行に移す必要は無いと判断して手を止めた。だけどUSBを見られたらいつでも排除できるように彼らを見張っていよう。
とりあえずデータの送信が終了するまで目を離さずに監視していたけれど、彼らは怪しむことも無かったし、会話も特に重要そうな事は含まれていなかった。
(よし。データの送信は完了したし、USBも取り外してさっさとここから出よう)
そしてパソコンからUSBを取り外した時、彼らが再び話始めたその内容は私が彼らを始末する事を決断するには十分な内容だった。
「そういやあ、ここに居るのもあと数日だけなんだっけ?使い勝手よかったし最高だったんだけどな」
「ほとんど俺たちだけしかいなかったし、自分のスペースも広くてよかったけど、仕方無いだろ」
「一か所に長く居すぎると警察とかに嗅ぎつけられる可能性も高くなるし、そろそろ潮時だと思うぜ?計画も実行段階だしよ」
「もう来週か。それにしても、ここを爆破するって聞いてたけどよお……本当にやんのか?ってかやる必要あるのか?」
「そりゃあるだろ。品川の地下で大規模な誘拐をやるんだぜ?しかもたった一人のためにほぼ全員の仲間を
「……じゃあここを爆破するのって——」
「警察の目を反らすために決まってるだろ。もう爆弾だって設置したし、あとは起爆するだけだ」
「そんなのいつ仕掛けたんだよ……俺全然知らないんだが」
「非常階段とか人が通る事ほとんどないから、設置に苦労はしなかったな」
まさか爆弾を仕掛けてるなんて……しかも目を反らすために爆破なんてされたら大勢の犠牲者が出る事は間違いない。
爆弾は回収班に任せるとしても、この場にいる三人は今どうにかするべきだろう。
捕まえなくてもいいって望さんは言ってたし、さっさと終わらせよう。この手段を使うのはあんまり気が進まないけれど……。
「話を聞く限り、別に俺に言ってくれてもよかったんじゃないか?」
「別にどっちだっていいだろ。どうせ爆発させ——」
「お、おい!今こいつが一瞬で消えちまっ——」
「……ん?あいつら今までそこにいたはずだけど、どこに行ったんだ?これから後片付けがあるってのにサボりか?……あれ?今誰かいたような気が——」
ついさっきまでここに居て話していた彼らは、私の手によってこの世から跡形もなく消え去った。
この会社と爆弾の後始末は回収班たちによって迅速に片付けられていった。
結局彼らを始末するんだったら、こそこそデータを盗むなんてことしないで最初からやってもよかったかもしれない。
そんな考えがふつふつと浮かんできてしまった……。なんというか、奥沢さんと長く仕事をしているせいか考えが似てきちゃったかも。
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