定期試験

誘拐未遂事件あれから特に何も無く一週間が経った。

私たちもあんな事があったのに、事件前と同じように過ごせていた。まあ別に私は何もされてないんだけど、美咲は実際に誘拐されかけたのにも関わらず、いつも通りの美咲のままだった。

こういう事に巻き込まれた人は心に傷を負ったりするって前にテレビで見たような気がするけど……美咲は気絶してたから大丈夫だったのかな?無理してないといいんだけど。


それに、私たちが事件に巻き込まれた事は、私の家族くらいしか詳細を知らない。学校の友達とか先生とかが知ってるのは、警察に家まで送ってくれたって事だけ。

でもあの日以降警察の人が家に来たりしたことも無かったんだけど、一度だけ電話があったみたいで、犯人は捕まえたみたいな事を言ってたってお母さんから聞いた。


この事を美咲も聞いてるのかは分からないけど、わざわざ聞いたりもしない。だって思い出したくないかもしれないし。


——そんな事よりも今は勉強に集中しないと……。テストまであと二日だから、美咲と勉強をしに図書室まで来てるんだし、苦手なところをちょっとでも減らしておきたい。


「そういえば犯人捕まったって聞いたけどほんとかな?」


ふと美咲が口に出したのは、あの事件の事だった。まさか美咲の方からその事を話してくるなんて思ってなかったから、手は止まりぽかんとした顔で美咲の事を見ていたかもしれない。


「えっと捕まったってお母さんから聞いたよ。……美咲は嫌じゃないの?この話」

「別に嫌じゃないけど」

「いやだってさ、美咲は誘拐されかけたんだよ?」

「確かに彼方の言う通りなんだけど……あの時って気絶してたし、気が付いた時には解決した後だったからさ、なんにも覚えて無くって怖いとかも無いんだよね」

「……それホント?でも覚えてるよりもマシなのかな……?」


少し心配になったけれど、美咲の顔を見ても無理してそうな感じもしないし、今までだって特に変なところとかも無かったから、もしかしたら本当に平気なのかも。


「ま、大丈夫ならいっか。でも無理しないでよね」

「分かってるよ。無理とかはしてないんだけど……ってもうこんな時間になってるじゃん。今日も母さんが駅まで迎えに来てるかもしれないから、そろそろ帰らない?」

「そうだね。早く行こう」




「あ、やっぱり母さん来てるみたい」


急いで帰る準備を済ませて駅まで向かっている最中、美咲がスマホを見ると予想通り美咲のお母さんから連絡があったみたいだ。

あの事件以降、私の両親は心配して学校が終わったら暗くなる前に帰るように毎朝出かけるときに言うようになった。美咲の家でも同じような事を言われるらしい。


だからここ最近は学校が終わると美咲のお母さんが迎えに来てくれる。私のお母さんも迎えに来ようとしてたみたいなんだけど……お母さんは運転が下手だからやめてもらった。

私たちの両親同士で話し合った結果、美咲のお母さんが私も送ってくれる事になったみたいで、ここ数日の帰りは毎日送ってもらってる。特に何も起きてるわけじゃないから何度か断ったんだけど、何かあってからじゃダメだって言われてからは言われた通りにしてる。これ以上心配かけたくないしね。




家に帰ってからは再び勉強する……気はしなかった。ここ数日は沢山勉強したし、今日だって学校に残って勉強してきたんだから、少しは違う事をしたかった。


「ふぁ~あ……なんか最近はすぐに眠くなっちゃうなあ。普段あんまりしない勉強をしてるからかな?」


ここ最近は家に帰ってきてご飯とかお風呂を済ませた後は、大体疲れて寝ちゃう事が多くなった気がする。でもしっかり眠れば次の日はスッキリしてるし、今のところは特に問題は無さそう。それに少しずつだけど疲労も軽くなっていってる。

これなら試験までには収まりそう……だといいんだけど。


「ちょっと早いけど、もう寝よっと。……なんだか今までにないくらい健康的な生活をしてるような気がする」


疲労が出て夜すぐ寝るようになってから、朝も早くに起きるようになったし早起きした初日なんかお母さんが驚いていた。

その時はそんなに驚く事かなとは思ったけど、いつも目覚まし時計をかけてる時間より前に起きてきたんだから、まあ驚くよね。




「おー来た来た」

「おはよー美咲。今日からテストだね」

「あんまり自信ないんだけどさ、赤点は回避したいよ」

「結構勉強したし平均点は超えるんじゃない?」


今日から高校に入ってから最初の定期テストだ。最初っていうのもあって少し緊張してるけど、勉強もしっかりしたし多分大丈夫なはず。

それなのに美咲が自信無さそうにしてるのがなんだか以外だった。


「今日はみんな来るの早いね」

「流石にテストの日に遅刻なんて、誰だってしたくないよ」


教室に着くとクラスメイトの大半が既に来ていた。友達とかと話してる子もいれば、教科書とかノートを熱心に見ている子もいる。

その様子を見て私も勉強しようかと思ったけれど、今日まで沢山してきたからテストが始まるまで美咲と話していようかな。




「あー!やっと終わった」

「終わったって言ってもあと三日あるけどね」


長いようで短いテストが終わったが、まだ一日目。それを言った時の美咲の顔といったら思わず笑っちゃいそうになるくらい落ち込んでた。

まだ三日もあるって考えると長いような気もするけど、そんなに嫌なのかな?




——短いようで長く感じたテストも無事終わって、あとはホームルームだけ。


「テスト終わりー!ねー彼方、この後どっか寄ってかない?」

「うーん……どうしようかな。帰る時までに決めとくよ」

「分かった。そろそろ先生が来るかもしれないし、また後でね」


テストが終わったすぐに美咲が私のところまで来たと思ったら、すぐに自分の席に戻って行った。美咲なんだかテスト初日と違ってすごい元気だったな……。


「テストが終わって浮かれるのも分かるけど、話があるから席についてー」


いきなりドアが開いて先生が入って来た。挨拶だけで終わるかと思ってたら話があるみたいで、そうでもないらしい。

美咲を含めたクラスメイト達が「早く終わろうよー」とか「その話長い?」とか言ってる。朝礼の時は特に何も言ってなかったと思うんだけど、何かあったのかな?


「さっき決まった話なんだけど、今月末に一年生は校外学習に行くことになったから」


いきなりの事で誰も理解できていなかったのか、先生の発言直後はすごい静かだったんだけど、徐々にざわざわと話し声が響き始める。


「彼方ちゃんはどこに行くと思う?」

「う~ん……どこだろう。工場とかじゃないかな?」

「やっぱ工場とかかぁ……」

「そっか、堀内さんの家って工場なんだっけ」

「そうそう父さんが工場やってんだ。ちっちゃいんだけどね」

「でも、もし工場に行くんだとしたらさー、お菓子とか食べ物系の工場なら行ってみたいかも」

「井坂はよくお菓子とか食べてるし、そうだと思ったよ」

「そういう橋本さんはどこに行くと思う?」

「え?そうだなー、自分が見に行ってみたいのは品川にある宇宙港とか国立天文台とかだったら嬉しいかな」

「そういえば星とか好きって言ってたもんね」


美咲以外でよく話す三人とどこに行くのか考えていたけれど、急な話みたいだし多分工場とか博物館とかに行くんじゃないかな。まあこうして予想するのも楽しいからいいんだけどね。


「どこに行くのか気になるのは分かるけど、それも含めて今から説明するから一旦静かにしてー」


そう先生から注意があっても完全に静かになるなんてことは無く、ひそひそと話す人と静かに先生が説明するのを待つ人と分かれていた。

さっきよりも静かになったからなのか、先生はこれ以上注意することなく校外学習の説明に入った。


「それで、今度校外学習で行く場所は現在工事中のリニアモーターカーのトンネルを見に品川……だったかな?とりあえずそこに行くことになったから」


さっきまで工場とかに行くんだと思っていたから、まさかリニアモーターカーの工事現場に行くなんて予想外だった。

それは他のクラスメイトも同じだったらしく、「何でリニアなんだろ?」だったり、「リニアって……あの新幹線よりも速いってやつ?」みたいな反応をしている。


「まあいきなりリニアモーターカーの工事現場に見学に行きますって言われたら、そういう反応になるよね。最初校長先生から話しを聞いた時もすぐには理解できなかったし」

「それで、何でそこに行くとかの説明はあったんですか?」

「もちろんあったよ。なんでも校長の友人がその話を持ち込んできたらしくて、貴重な機会だから見学することに決まったんだってさ」


なんだろう……先生からの話を聞く限りだと、適当と言うかなんというか……ずいぶん気軽な感じで決まったんだなあ。校長先生の友達からの提案だって言ってたけど、その人がリニアの工事現場の偉い人なのかな?それなら今回の校外学習の話が突然決まったのも納得できる。


「せんせー、この校外学習って費用いくらなんですか?」

「あーそうそう、今回は費用は特に掛からないんだ。送迎バスも相手が手配してくれるみたいだから、当日学校に来るだけでいいよ。詳しい説明は後日にするから、とりあえず今日はこれで終わり」


先生が費用は掛からないと言ってから、また騒がしくなり始めた。私だってある程度はお金が必要になるかと思ったのに、しかもバスまで用意してくれるなんて、すごくサービスもいい気がする……と言うか良すぎて怪しくも見える。

最近物騒な事があったばかりだから、ちょっと疑い深くなってるし流石に気にしすぎかもしれない。

まあ滅多に行けない所だと思うし、楽しみにしておこうかな。

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