人狼少女の保護者~落ちこぼれ冒険者は人生の転機を作ってくれた少女に尽くす~

羊光

第1話 奴隷少女

 才能がない、というのは残酷だ。



「おい、ウェーリー、俺たちの食事、部屋の掃除、それから武器磨き、やっておけよ」

 

 パーティリーダーのボルグが俺に命令する。


 俺たちは男女二人ずつ、四人でパーティを組んでいるが、対等な力関係じゃない。


 俺は孤立し、立場が弱い。


 それは俺が役立たずだからだ。


「……分かったよ」


 クエスト帰りで疲れていたから休みたかったけど、そうもいかない。


 俺は素直に従い、ボルグ、それからエナとリリアンの食事を作る。


「えーー、肉なの? 私は魚が良かったわ」


 エナが不満を漏らす。


「私たちの好みも分からないの? 使えないね~~」


 リリアンが俺を馬鹿にし、笑う。


 俺たち四人は元々、同じ村の出身だ。

 昔は対等な関係だったと思う。


 でも、冒険者になってから、徐々に関係が変わってしまった。

 俺以外の三人は魔法や武技の才能に目覚めたのだ。

 俺だけが戦闘で役に立たないから、次第に扱いが悪くなっていった。


 明らかに俺だけ力不足だ。


 パーティを抜けようか、と思ったことは何度もある。


 でも、俺なんかが他で冒険者を出来るとは思えないし、ボルグたちの言いなりになっていれば、住む場所と食べ物に困ることは無い。


 だから黙って雑用もする。

 俺はそう割り切って、生きることにした。


 ボルグたちが食事をしている間に三人の部屋の掃除をする。


「…………」


 一人で掃除をしていたら、今日も涙が出て来た。


 泣くなよ、情けない……


 俺はきっと物語の主人公になれない。

 何者にもなれずに人生を終えていくんだろうなぁ……


 そんな風に色々と諦めていた日々に些細な変化を起きた。


 ボルグが奴隷を買ってきたのだ。




「俺は前衛、エナとリリアンは中衛、で役立たずの後衛が一人。前々からもう一人、前衛が欲しいと思っていたんだ」


 ボルグが買ってきた奴隷は〝戦狼人族〟という獣人の女の子だった。


「本当は男の戦狼人族の奴隷が欲しかったんだけど、流石に高すぎて買えなかった。こいつは安かったけど、戦闘力は低そうなんだよな。戦狼人族のくせにさ。年は十五才らしいが、貧相だ」


 ボルグは悔しそうに言うが、金が無いのはお前たちが浪費ばかりするからだろ、と言いたくなった。


 言う勇気は無いけど……


 それにしても戦狼人族か。

 身体能力が高く、戦闘用の奴隷としては人気が高いと聞いたことはある。


 見た目は人間とかなり違う。

 頭には耳が生え、牙や鋭い爪、それに尻尾がある。


 でも、正直、目の前の少女が強そうには思えなかった。


 ボロボロの服に、奴隷の首輪、まともな食事をしていないのか、身体は痩せ細っていた。



「…………」


 そして、無言で睨んでくるので怖い。


「買ってきてから、ずっとこうなんだよな」


 ボルグが言う。


「ねぇ、ボルグ、本当に大丈夫? この、私たちを襲ったりしない?」


 エナが野生の獣を見るような視線を戦狼人族の少女に向けた。


「大丈夫だって、奴隷商人からこれを受け取って来たからな」


 ボルグは言いながら、小石程度の大きさの魔道具を取り出した。


 ボルグが魔力を込めた瞬間、

「ああああああ!」

と戦狼人族の少女が苦しみ出す。


「おい! どうしたんだ!?」


 俺は少女の異変に驚き、声を張った。


「どうだ、面白いだろ? この魔道具はその犬の首輪と連動しているんだ。雷属性魔法を喰らったみたいな電流が流れるらしいぞ」


「あはは、本当ね。ビクビクしておもしろ~~い」


 リリアンが笑う。


 面白いって、お前ら、おかしいんじゃないのか!?


「やめろよ! この子が何かをしたわけじゃないだろ!」


「別にいいだろ? こいつは奴隷、俺たちの所有物なんだ」


「所有物って…………この子は生きているんだぞ!」


「うるせーな。まぁ、そろそろやめるか」


 ボルグが魔道具に魔力を流すのを止めると、少女の悲鳴も止む。

 

 しかし、ダメージは残ったらしく、まだ身体をビクビクとさせる。

 体の痙攣が収まると少女はぐったりとした。


「お、おい、大丈夫か!?」


 俺は心配になり、駆け寄ったが、少女は「ガルルル……!」と唸った。


 そして、俺は鋭い爪で引っ掻かれてしまう。


「…………!?」


 咄嗟に出した腕は、少女の爪で簡単に引き裂かれた。

 血が流れ出す。


「相変わらず、鈍くさい奴だな」


 ボルグが笑うと、エナとリリアンも一緒に笑った。


「戦狼人族は獣程度の知能しかないんだ。ほら、お前もこれを持っていろ。エナとリリアンもな、人数分受け取って来た」


 ボルグが奴隷の首輪と連動している魔道具を全員に配った。


「頼むから、その犬に殺されないでくれよ。いくら、役立たずでも、雑用係がいなくなったら、困るからな。じゃあ、そういうことで今後はこの犬の世話も頼むわ。それとこいつ用の檻を買ってきたから、普段はそこへ入れておけ」


 ボルグは昨日までは庭に無かった檻を指差した。


「檻って…………この子は獣人なんだぞ。部屋は余っているだろ。その一つをさ……」


「私は嫌よ。屋敷が獣臭くなるわ」


 エナが言うとボルグとリリアンも同意する。


「でもさ……」


「うるせーな。それ以上、何か言ったら、もう一つ、檻を買ってくるぞ。もちろん、お前用のな」


「…………分かったよ」


 結局、俺の意見なんて意味がない。


 俺はボルグたちに従うしかないんだ。


「おい、檻の中へ入れ」


 ボルグが檻を指差しながら、少女に言う。


「…………」


 少女は無言でボルグを睨んだ。


「おい、そんな反抗的な目をしていいのか?」


 ボルグは先ほどの奴隷の首輪と連動している魔道具を少女に見せつけた。


「!?」


 魔道具を見た少女は怯え、急いで檻の中へ向かう。


 少女が檻に入ると、ボルグはすぐに檻の鍵を閉める。


「ったく、初めから言うことを聞けよな。ウェーリー、後は任せた」


 ボルグはそう言いながら、俺に檻の鍵を渡した。


 そして、エナとリリアンと一緒に屋敷へ戻る。


「本当に自分勝手な奴らだ。――それにしても……」


 俺は戦狼人族の少女へ視線を移した。

 また、無言で睨んでいる。


 正直、怖かった。

 でも、この少女を放置するなんて出来ない。


「やるしかないよな……」


 この日から俺に仕事が一つ増えた。

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