雨と追憶
桜河浅葱
雨と追憶
心なしか頭が痛い。これは一雨きそうだ。窓の外には、分厚い灰色の雲が広がっていた。
ふと、あいつの顔がよぎる。もう二度と会えない、あいつの顔が。
ピーー。
断続的に鳴り響いていた電子音が、調子を変えた。無情にも一つの命が目の前で散る。
俺が握る手から徐々に体温が消えていった。人の死に立ち会ったのは初めてだ。それも、自分の恋人の。
彼女の死は急なものではなく、薄々分かっていたことではあった。付き合い始めてから少し経った時、あと二年しか生きられないと、申し訳なさそうに彼女は告白した。
「それでも最期まで一緒にいてくれる?」
上目遣いで呟いた彼女を抱きしめた感触は、今でも覚えている。
俺は本当に彼女を幸せに出来たのだろうか。俺と過ごせて、楽しかった?
それは今となってはもう分からない。
「ねえ、後悔はない?」
分かってはいるけれど、彼女からの返答がない現実が、胸を締め付ける。
俺よりも先に、夏の空が泣き出した。
彼女との思い出に縋りたくて、自分の部屋を探しまわった。でも不思議なほど何も出てこなかった。考えてみれば記念日にもらったプレゼントは全て、消えものだった。
「形に残るものを贈ったら、それを見て君は、私との過去に縋ってしまうでしょう?」
彼女が生きていたらきっと、そう言っただろう。
「私が死んだら、私のことなんて忘れて他の人と幸せになりなさい」
そうは言っても、残された側は覚えているものだよ。君がいなくなった日の雨空とか。天気を覚えているなんて、お前にとっては想定外だろうな。だってお前がこの世界で最期に見る空は、澄んだ青空であってほしかったから。
あいつも向こう側で、あの日の夏空を憎んでいるのだろうか。
「ひーくん、どうしたの?」
雫が滴る窓から視線を戻すと、里香が手をひらひらと振っていた。ポニーテールが揺れる。
いけない、今の彼女の前で何を考えているんだ、俺は。
「ああ、ちょっとぼうっとしていただけ」
「ひーくんらしいや」
―笑顔があいつに似ているな
心が少し傷む。雨はまだ、降りやむ気配がない。
雨と追憶 桜河浅葱 @strasbourg-090402
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