株式会社四足歩行

牧場 流体

四足歩行の始まり

新年の挨拶により、我が社では本年から社内での四足歩行の努力義務が始まる事となった。ことのあらましはこうである。


 私の名前は 中津なかつ 新平太しんぺいた

新卒で(株)松本商事に就職し、3年目の営業部員である。

創立30年、従業員も30名ほどで、量販店へのOEMをしている。

巷でよく見る訳分からん系の安い靴を企画販売している小さな会社である。


 経営体質は一族経営のワンマン企業で、役員名簿はほぼ松本で占められている。特に最近代替わりした二代目社長、松本まつもと広志ひろしは社風を一新させようと、業務改革と言う名の社内かき回しを推し進め、社員たちは今日も無駄な業務をさせられ、ため息と共に言う。トラブルメーカーであると。



 正月休みが明け、ゾロゾロと(株)松本商事に社員が集まってくる。

私もその一人で、実家にも帰らず休みはひたすら家にこもってゲームをしていたので、特に社に向かう足は重かった。

 ふと前に先輩の塚本つかもと友勝ともかつが見えた。追いついて話し掛ける。

「塚本さん、明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。」

塚本は振り返ると、爽やかな笑顔で私を見た。

「中津おはよう、今年もよろしくお願いします。連休明けが一番だるいよなあ。」

そんな事を言いつつ髪型はバッチリ決まっているし、スーツもクリーニングしたてのようだ。

 この営業部の先輩塚本は根っからの体育会系で、上から下からも信頼されており、私のような根暗にも優しく話しかけてくれる尊敬している先輩だ。


「あんたら朝からダラダラ歩いてるんじゃないわよ!」

後ろから企画部のエース 海老江えびえ理沙りさが追い抜いて来た。

「海老江さん、おはようございます。」

「中津おはよう!」

企画部の海老江さんは美人なのに、いつも怒っているような感じがして、正直苦手だ。他部署の部長にも噛み付くので、社内の誰もが少しビビっている。ただ、仕事は確実。幾つもヒット商品を生み出していて、誰もが一目置いている。


「エビ!朝から全開だな!明けましておめでとう。」

「はいはい。友勝も今日社長のとこ呼ばれてんでしょ?急ぐわよ!」

「おお、じゃあ中津、あとでな。」


塚本さんと海老江さんは同期で、しょっちゅう喧嘩しているが、仲が良い。本人たちは否定しているが、実は付き合ってるんじゃないかって思ってる憧れの二人だ。



 同僚たちに挨拶をしつつ、営業部のデスクに着く。

去年から引き続いている案件と怒涛の挨拶回りが始まると、、正月ボケを引きずった頭に憂鬱が押し寄せてくる。とりあえず今日は午前中に全社員出席の、社長より新年の挨拶があるので昼まではまだダラダラできると自分を励ました。



ーーーーーー

ここまでがいつもの正月明けだった。


新年の挨拶が行われる大会議室にゾロゾロと入った時、休みボケの社員たちとは対照的に、上座にいる部門長たちの顔が苦虫を潰したように引き締まっていた。


定刻になり、総務部長から開会のアナウンスがなされ、奥の方から社長の松本が犬のような四足歩行で壇上に駆けてきた。一瞬のどよめきが会場を包み、演台から松本の頭だけがぴょこっと飛び出した。


再び静寂が戻ると松本は演台から、頭だけを出したまま話し始めた。


「みなさん明けましておめでとうございます。そして今年も誠によろしくお願い申し上げます。さて、もうお気づきの方も多いでしょうが、今私が両手に着けているこのグローブのような靴、四足歩行専用シューズを商品化しようと考えております。

 私たちは靴を販売しておりますね。しかし、足は2本しかありません。そこで、手にも靴を履かせれば、弊社の売上は2倍になると、こういった狙いがあります。

 さらに、四足歩行の運動効果はこのように素晴らしいものがあ◯▲◆、、、」


 会場のスライドショーが切り替わり、頭のおかしい博士が作ったようなデータと動画が流れる。社員たちはまるで狐につままれたようにポカーンとしていた。この時まではただの冗談で、素晴らしい話のオチがあると思っていたんだ。


「つきましては、発売までに全社員の皆様にご協力いただいて、データを取ろうと思います。四足歩行専用シューズはちゃんと人数分用意しますので、退場の際、自分のサイズの申告をするように、以上。」



続く

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