#8

 薄暗い地下道の壁面は無数のLED灯籠で照らされ、先は見えない。俺は足を引きずりながら、時折自らの端末でロイとトーチの様子を確認する。電波状況のせいで映像は不鮮明だが、両者の生存は確認できた。


「……クソッ」


 視界がふらつき、吐く息は荒い。久しぶりの“死”の感覚は、ずいぶんリアルだ。応急処置的な止血は行ったが、先程の戦いで体力を消耗しすぎた。体温は少しばかり冷たくなり、俺は思わず身震いをする。


「ロイ、頼むぞ……」


 祈るようにロイのカメラが接続された画面を眺め、俺はもう1地点に目を向ける。破戒僧トーチ・ホウが改造信徒2人と交戦している!


『〈心を離し、徳を得る〉、シンリエの教えだ。つまり、心離得シンリエ。執着しすぎたのだよ、先刻までの俺は』


 トーチは目を瞑り、意識を集中する。巨大な腕を合掌めいて合わせると、再び蒸気を駆動させる。


『父祖、と言ったか。昔話を聞いてくれないか、ひとつだけ?』

『懺悔か? お前が私の家族になると約束するなら、死の間際だろうと救ってやるさ』

『懺悔、そうかもな。確かにみっともない男の懺悔だ、これは。聞いてくれよ』


 トーチは大きく息を吸うと、開眼する。


『邪魔者を倒させてくれ、その前に』


 機械腕を射出するかのように打ち込まれる正拳突きは、改造人体さえも躊躇なく破壊する。錐揉み回転しながら吹き飛ぶ火炎信徒! 無骨な殺戮特急は炎を纏い、聖火トーチめいて掲げられる。


 次は多腕信徒だ。猛り吠えながら襲いかかる暴力装置に自我は残されておらず、反射じみた速度で振り下ろされる拳が残心を終えたトーチに襲いかかる。熱く燃える機械腕が飴細工めいてひしゃげ、軋む!

 トーチは自らの身体が潰される寸前で側転回避し、炎上腕で敵の脚を叩く。強靭な上半身を支えている脚が燃え、多腕信徒は苦悩の声を上げながらのたうつ!

 だが、まだ致命攻撃ではない。ガスマスク越しに涎を垂らしながら、多腕信徒は四つの腕をクロスして突進する! あまりの膂力にトーチは蹈鞴たたらを踏み、砕け散っていく機械腕を呆然とした様子で眺めた。


『家族になる前に、君には死んでもらうぞ。やれ、我が息子よ』


 多腕信徒が破戒僧を抱き上げ、ベアハッグで背骨を潰そうとする! トーチは苦悶の声を上げながら、視線を上方に遣った。


『か、完璧だ……この座標……』


 瞬間、その様子を見ていた俺は状況が理解できずに狼狽える。玉座から立ち上がって信徒の戦いを見守るホムンクルスの身体が震え、カーペット上に崩れ落ちた。崩れ落ちた?

 続いて異変が起きたのは多腕信徒だ。トーチを掴む力が弱まり、そのまま眠るようにカーペットに伏せる。振り落とされたトーチはカーペットを焦がしながら、なんとか立ち上がった。

 俺が把握していない伏兵がいる。考えられるとすれば……


『私だよ、下民ども』


 エルドラ・マスカレイド・ラルバ。仮面と光学迷彩マントによって巧妙にその姿を隠す、暗殺貴族の姿がその場に現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る