#12

 狭いアパートは穴蔵めいた暗さで、窓から見える街の風景はビルの狭間に切り取られて狭苦しい。曇り空を物憂げに眺めるユガミの姿を見ながら、僕は冷蔵庫から取り出した冷凍食品をレンジで解凍する。皿の上に乗るのは、小さな餃子だ。


「とりあえず、何か腹に入れておいた方がいい。今まで何も食べてないだろ?」

「……ありがと」


 餃子をつまみながら、彼女は小さく溜め息を吐く。老龍の使いが迎えにくるまでは、実質的な監禁状態だ。あの脱走劇から2日経ち、まだ迎えは来ない。


「……自由って、なんなんだろうね」

「我慢してくれ。この状況を乗り越えれば、きっと君の目的は叶うさ」

「それは誰が保障してくれるの?」


 僕はそれに満足な答えを返すことができない。ユガミの力は強大で、それ自体が巨大な兵力だ。信仰さえあれば無数の奇跡を起こせる。

 


「ユガミ。アンタの願いをもう一度聞かせてくれ」

「あのクソ親父から逃げて、行きたいところに行く!」

「獄門會も、例の暗殺教団も、アンタの自我が目的じゃないかもしれない。その存在を独占したくてやってるのかもしれないんだよ」

「……そうだとして、ルーくんはどうするの?」


 僕はユガミに傅く。彼女といると、自分の気持ちが楽になるのだ。それは追うべき背中で、目標を共有する相棒だった。

 だから、僕は眼を塞ぐ。もう迷いはない。信じてさえいれば、彼女はきっと道を開いてくれる。


「アンタの仰せのままに。ユガミに着いていくことが、僕に取って一番の喜びだよ」


 ユガミの双眸が赤く光った。彼女は薄く笑いながら、狭い窓辺に頭を預ける。気怠げな表情が虚に揺れ、街の景色に溶けていく。


「屋上に上がろっか。ここなら座標が合う。あたしと一緒に、現実から逃げよ?」


 その瞳で射抜かれると、僕には頷くほかなかった。それが僕にとって“信じる”ということで、父親にも兄貴にも出来なかった雪辱だ。

 それは、今後の未来を考えると自殺行為かもしれない。それでも、胸に広がる喜びに比べると全てがどうでもよかった。

 これから、僕とユガミの心がやっと繋がることができるのだ。

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