第28話

「どう? なんかあった?」

「ないね……」


 日が暮れてからしばらくして。私たちは後輩の子を家に帰して、二人でストラップを探していた。


 どうやらいつ落としたかはわからないらしく、どこでなくしたかも不明とのことで、捜索はかなり困難だった。

 学校の周りを探してはいるものの、一向に見つかる気配がない。


「春原。春原は先に帰って。さすがに色々危ない時間になってきたし」

「蜜柑は?」

「私は、まだ探す。これでも悪魔だから、丈夫だしね」

「なら、私もまだ探す」


 春原はそう言って、スマホのライトで道を照らす。私は夜目が利くが、春原はそうじゃない。この暗闇の中で探し物をするのは、私以上に難しいだろう。

 少し考えてから、私は小さく口を開いた。


「……やっぱ、一旦帰ろう。明日、明るくなってからまた探そう」


 私が言うと、春原は顔を上げた。


「危ないし、家まで送るよ」

「……うん」


 春原はスマホのライトを消した。


「手伝ってくれてありがとう。助かった」


 何も言わず、彼女は私を見つめてくる。どこかいつもと違う様子で、私は思わず首を傾げた。


「春原? どうしたの?」

「……なんでもない。どういたしまして」


 春原はそれ以上何も言わず、私と一緒に歩き始める。

 どうしたんだろう、と思いながらも、私も何も言わず、彼女を家まで送り届けた。





 春原を家に帰した後、私はすぐに学校の近くまで戻った。電車を待つ時間も惜しかったから、悪魔としての力を解放して、空を飛んだ。


 人として探し物をできたらよかったのだが、ここまで見つからなかったなら仕方がない。


 私の悪魔としての力は、こういう時のためだけに存在している。

 ただ、人を救い、人の幸せに寄与するためだけに。


 私の全ては、人のために使うものだ。

 私は辺りにとまっている鳥たちに、手当たり次第暗示をかけた。


『私に力を貸して』


 私の言葉に従って、鳥たちが辺りを飛び回る。その視界を支配し、空の上からもストラップを探す。


 他の生物を操りながら、その視界に映るものを探すのは容易じゃない。頭が割れそうなほどに痛くなっていく。


 だけど、止めない。

 もう二度と、誰かが傷つくのは見たくない。皆を幸せにするためなら、私はなんでもすると決めたのだ。


 私は、そのためだけに生きている。

 これ以上誰かを不幸にしないために。救えるだけの人間を、救うために。


 力を行使していると、不意に、胸ポケットでスマホが震えた。それが春原からの連絡だってことは、考えなくたってわかる。


『もしもし?』

「うん、もしもし」

『蜜柑、今何してる?』

「家に帰ってる途中だよ」


 歩きながら答える。その間も、視界に存在する全ての生物を操り、ストラップを探す。


 人間じゃないからって、操っていいわけではない。わかっているけれど、今はこうするしかない。


 処理する情報が増えれば増えるほど、体にかかる負荷も大きくなっていく。

 それでも、探さないと。そうじゃないと、私が生きている意味がない。


『……本当に?』

「ほんとだよ」

『じゃあ、誓って。蜜柑は、私に嘘をつかないって』

「……私は、春原には嘘をつかないよ」


 春原に心配をかけないためなら、どんな嘘だってつく。

 私はさらに、捜索範囲を広げる。これまで食べてきた恋の力を使いながら、私自身の目で辺りを探していった。


 不意に、鼻を何かが伝う。

 拭うと、それが血であることに気がついた。ここまで多くの生物を支配したことがなかったからわからなかったが、想像以上に体に反動が来るらしい。


 だが、どうでもいい。

 私の体がどうなろうと、なんだっていいのだ。


『そっか。……ねえ、蜜柑』

「なあ、に?」

『これまで私たち、色々あったよね。最初は脅しで無理やり私に付き合わせたりもしてさ』


 スマホ越しの声が、遠い。

 いつもなら春原の感情が声だけでわかるのに、今はわからない。それは負荷のせいなのか、春原が巧妙に隠しているせいなのか。


『だけど、段々仲良くなって、蜜柑も少しずつ、私に心を開いてくれるようになったって思ってた』

「……そう、かも」

『……でも』


 人気のない路地を歩く。もはや、自分の足音もあまり聞こえないけれど。視界さえ生きていれば、どうにでもなる。


『そうじゃなかったんだって、今わかった』

「そうじゃなかったんだって、今わかった」


 同じ声が、二つ。

 重なるはずがないのに、重なった。力を失った手からスマホが落ちて、ガシャ、と音が鳴る。


 私は思わず、後ろを振り返った。

 そこには、春原の姿があった。


 怒りとも悲しみとも言えない表情は、初めて見るものだ。私は絶句して、彼女を見ることしかできなかった。


「嘘つき」


 彼女の声が耳を打つ。

 鼓動が速くなるのを感じた。

 どうして。いつの間に。なんで。


「嘘つかないって言ったのに、嘘ついた」

「すの、はら」

「私、そんなに信用ない?」


 平坦な声だった。

 春原の声とは思えないくらいに。


「そんなこと、ない」

「だったら、なんで!」


 声が弾ける。


「なんで私に何も相談しないの!? なんで嘘ついてまで、そんなになってまで、一人で頑張ろうとするの!?」


 彼女は私に駆け寄ってきた。

 そのまま、両肩に手を置かれる。


「蜜柑が人のために頑張らずにはいられないって知ってる! わかってる! だからこの一ヶ月、ずっと我慢してた! わがままも言わなかった! いつか、蜜柑が私を頼ってくれる日が来るって、思ってたから! なのに!」

「……ごめん」

「どうして、蜜柑はそこまでするの……?」

「私はもう、人の悲しむ顔が見たくないの。人を笑顔にするためだったらなんだってする。私がどうなったって構わない。だから……」

「笑えないよ」


 春原はまっすぐ私を見つめてくる。


「笑顔になんてなれない! 蜜柑が自分を大事にしてくれないと、蜜柑が隣にいてくれないと、私は笑顔になんてなれないよ! 悲しいよ!」

「え……」


 春原は、泣いていた。

 私は指で彼女の涙を拭おうとしたけれど、できなかった。

 私が拭っていい涙じゃないと、感じてしまったから。


「だから、お願いだから自分を大事にしてよ。人のことより、自分のことを好きになってよ……」


 彼女は私に縋るように、呟く。

 その言葉は、今まで聞いてきたどんな言葉よりも力強くて、痛かった。

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