第30話 レーヴァテイン
その日、俺は朝早くからソワソワしていた。
勿論、今日俺の魔銃が出来上がるからだ。
パーツの段階までは手伝ったので、その仕上がりも想像できるが、レイジングブルカスタムの特徴的な四角いバレル部分に紋様を彫刻するとガンツさんは言ってたからな。
紋様を彫刻と言っても、ただの飾りじゃない。
魔銃の性能を引き上げる魔術的な紋様だ。
バルカさんの付与魔法もまだだったから、完成した状態で手に取るのが待ち遠しい。
俺のベッドで毛布がゴソゴソと動く。
「……ふわぁ……、にぃにぃ……にぃにぃ!」
リルが目を擦りながら起きだして、ベッドに居ない俺の姿を探して、俺を見つけるとベッドから降りて、テトテと俺に抱きついて来る。
「おはようリル。よく眠れたか?」
「うん! おはよう。リルよくねたよ」
相変わらずリルは俺のベッドで寝るのをやめない。
師匠の教会はそこそこ大きな建物だし、敷地も広く居住区の建物にも余裕があるので、部屋の数は余っている。
リルも一人部屋を貰っても大丈夫なんだが、一人は嫌らしい。
そこでパメラさんやマリアさんじゃなく俺なのが不思議ではある。俺は日本で物心ついた頃から孤児で、その後はマッドサイエンティストのジジイと二人だからな。他人とのコミュニケーションが得意とは言い難い。特に小さな子供の相手はリルが初めてだったりする。
まあ、何事も卒なくこなすようには造られているけど、人とのコミュニケーションは別ものだからな。
そんな俺もリルに依存されている事を嫌じゃないと思っているのは自分でも驚きだ。
これは実は俺もリルに依存しているのかもしれないな。
「顔洗って朝ごはん食べようか」
「うん!」
リルは俺から離れるとベッドでまだ寝ているルビーを抱いて戻って来る。
そのリルをルビーごと抱き上げて食堂へと向かう。
食堂でみんなで朝ごはんを食べていると、師匠から魔銃の事を聞かれた。
「そう言えばシュート。魔銃の完成は今日だったね」
「ああ、柄にもなく朝早くに目覚めたよ」
「で、この後早速行くのかい?」
「ああ、ついでにザーレさんに革製のガンベルトを造って欲しいからな」
「ガンベルトって何だい?」
師匠からガンベルトが何か聞かれた。
師匠はベルトにホルスターとは言えない程度の装着具に魔銃を入れてたからな。
あれを見て、流石にかっこ悪いと思ったんだ。
本当は、バルカさんから貰った腕輪タイプのアイテムボックスで出し入れすればいいだけだけど、俺はスタイルから入るタイプだからな。
俺は要らない板切れを貰ってそこにイラストを描く。ついでに設計図になるよう、注釈を添えて細部まで描き込む。
「こんな感じかな。分かるかな」
「ちょっと見せて貰うよ」
板切れを師匠に渡すと、師匠は真剣に俺の描いたイラストと設計図を見始める。
暫く真剣に見ていた師匠がおもむろに顔を上げる。
「シュート、これ、私の分もザーレに発注しといておくれ。これはいいね。まるで魔銃の事を熟知した者が考えたようだ」
「まあ、銃の文化はアッチの方が圧倒的に歴史もあるし、銃の数も違うからな」
師匠もガンベルトが御所望らしい。
「ちゃんと私に似合うように言っておいておくれ」
「了解」
革に細工するのはザーレさんだから、師匠の好みも知ってるだろう。
リルとルビーを連れてガンツさんの工房へ向かう。
リルは俺と手を繋いで楽しそうに歩いている。小さな子供の歩幅に合わせて歩くのは、意外と大変だけど、これも楽しく思える俺がいる。
ルビーは俺が空いた手で抱いている。
リルは今にもスキップしそうな感じで、遂に鼻唄が聴こえて来た。
俺がリルの方を見ると、リルも気付いたのか、俺を見上げてニッコリと笑う。
その笑顔を見た俺も自然と笑顔になる。
良いな、こんな時間も、こんな関係も。
あのまま日本で居たとしても、それを望んだとしても手に入れる事が叶わないものだろう。
ガンツさんの工房に着くと、もうバルカさんとザーレさんも来ていた。
因みにザーレさんはこの工房で寝泊りしている。バルカさんは教会に一応部屋を持っている。
「おはようございます。俺が最後みたいだな」
「おはようごじゃいます」
「ああ、おはようさん」
「おう」
「なに、私もつい先程来たばかりだよ」
俺とリルが挨拶すると、ザーレさんが笑顔で、ガンツさんはぶっきらぼうな感じだが、その顔はにやけている。バルカさんは何時も通り平常運転だ。
皆んなが魔銃を早く見せたいと思っているのが分かる。
「まあ、ちょっと待っておれ」
そう言ってガンツが奥に入って行く。
少しして布が巻かれた塊を持って戻って来た。
それを工房のテーブルの上に置く。
「見ても?」
ガンツさんに聞くと無言で頷く。
俺はゴクリと唾を飲み込み、そっと布を取り除く。
「おっ、おおーー!!」
「うわぁー!! きれー!」
思わず大きな声を上げる。
リルもテーブルの上を見るのにピョンピョン飛び跳ねる。
テーブルの上に現れた漆黒のボディ。
ロングバレルは特徴的な四角い板状で、その表面には銀色のラインで魔法文字と紋様が細工されている。
俺のイメージ以上の素晴らしい出来だ。
手に取るとずっしりとした重みが心地いい。
「一応、説明しておこう。シュートのリクエスト通り、このシリンダーを回転させる事で、魔力を込めるだけで火属性、氷属性、土属性、光属性の四属性に加え無属性の五通りの攻撃が出来るようにしてある」
「完璧だよ。ガンツさん、バルカさん」
シリンダーにはルーン文字に似た属性を表す印が刻まれている。
顔が緩むのが止められない。
だけどそこでザーレさんに頼まないといけない事を忘れてた。
「ザーレさんに頼みたい事があるんだ。これっ、作って欲しいだけど、頼めるかな」
俺はガンベルトのイラストと注釈付きの詳細図を渡した。
「俺の分と師匠の分を作って欲しい」
「うむ。なかなかスタイリッシュでいいな。どうせならシュートの分は剣帯も兼ねようか」
「それで頼むよ」
ザーレさんが持つイラストの描かれた板切れを、横からバルカさんが覗き込む。
「うん。武器を人から見えるようにするのは、周りに侮られないようにするには大事だね」
「うむ。神官見習いでも剣を佩いておるだけで、多少のトラブルを避けれるからな」
その二人の話に俺は頷く。
この世界は本当に治安が良くない。
この師匠が拠点にしているベルガドの街はまだマシだが、他の街ではこうはいかない。
教会関係者である神官見習いに対しても、平気で強盗の獲物にする。
街中を仕事でもないのに気配を消して歩くのもおかしいので普通に歩いていると、殺して何もかも奪ってしまおうという連中が寄って来る。
俺の服装が神官風ではあるが、ザーレさんやバルカさんが作ってくれた装備なので、高そうに見えるのかもしれないがな。
一番の理由は俺がパッと見、丸腰に見えるのが原因なんだろう。
「まぁ、それよりも決めなきゃならねぇ事があるだろう」
「決めないといけない事?」
ガンツさんが先に決める事があると言う。
少し考えて師匠の魔銃を思い出す。
「こいつの名前か?」
「そうじゃ。ワシやバルカが言うと自慢になるが、この魔銃はイーリスの魔銃よりも優れておる」
「そうだね。フラガラッハに負けない名前は必要だよ」
「名前か……」
この世界の人達は、愛用する剣に名前を付けたりするのはよくある。それが国宝級やそれ以上のモノに関しては、例外なく名前が付けられている。
そう考えれば、この魔銃の呼び名は必要か。
流石にレイジングブルとは呼べないからな。
「そうだな。……じゃあ、レーヴァティン。レーヴァティンにしよう」
「ふむ、レーヴァティンか、良さそうな名じゃ」
「良いね。レーヴァティン」
ガンツさんとバルカさんも賛成してくれたので、俺の魔銃の呼び名は「レーヴァティン」になった。
神話で語られる武器の名前を拝借するが、この世界で文句を言う奴はいないだろう。
師匠の魔銃も何故かフラガラッハだしな。
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