第27話 モグラじゃないよ

 廃墟から土竜の棲息する山岳地帯までは、普通の馬車なら三日はかかるが、ガンツさん特製の足回りの車体に、地球の常識ではあり得ない能力を発揮する馬のお陰で二日も掛からずたどり着いた。ただ、頑丈な足回りなんだろうけどサスペンションは無いんだよな。これは帰ってガンツさんに相談だな。

 そしてこの馬車を力強く引く馬。正確にはこの馬、ただの馬じゃなく魔物らしい。比較的穏やかな気性なので、飼い馴らす事が可能なんだとか。

 とはいえ魔物なので、普通の馬とは比べものにならないくらい強く、タフで速い。




 今回の獲物、土竜はモグラじゃなくドラゴンだ。


 ケイブドラゴンとも言う。


 土の中で暮らし、土や鉱石を食べる。


 当然、土や鉱石を食べるだけで、ドラゴンの巨体を維持するのは難しい。この世界の学者の研究では食べ物は嗜好品扱いで、実際には地脈や大気中から魔力を得ているのではと考えられている。

 これは他のドラゴンのような巨体を有する魔物全般に当てはまるそうで、高位のドラゴンになる程魔力の割合が多くなり、ワイバーンなどの劣化竜になる程食事から魔力を得ようとするらしい。


 土竜は劣化竜にあたるので、魔力の供給の大部分は食事になる。食事自体は、ミミズのように土の中に含まれる微生物や有機物、小動物を食べ消化吸収する。勿論、土や鉱石にも魔力は含まれているので、それも土竜の餌だ。地下が穴だらけにならないのは、ミミズのように食べた分だけ糞として出しているからだろう。


 有機物無機物問わず、口に入る物は選ばない。その小動物の中に稀に人間も含まれるのがドラゴンたるところか。


 人間は土の中には居ないが、ケイブドラゴンが偶に地上に出て襲うらしい。


 その姿はドラゴンとは名ばかりの、最早ミミズの親玉かと思うニョロニョロだと聞いている。


 俺はミミズ、嫌いなんだけどなぁ。


 一応、土竜は申し訳程度に手足があるみたいだけどな。


 リルは野営ひとつ取っても楽しそうだ。


 教会でも俺の部屋で、一緒のベッドで寝ているから、あまり代わり映えしないけど、環境が変われば気分も変わるのか、楽しそうだな。


 パチパチと爆ぜる焚火を見ながら、俺はザーレさんに気になってた事を聞く。


 因みにリルはルビーを抱き枕に夢の中だ。


「なあザーレさん」

「ん、なんだ?」

「ケイブドラゴンって、下位竜なんだろ。もっと上位の竜を狙った方がいいんじゃないのか?」


 最高の素材を集める旅に出ている訳だが、わざわざ下位竜のケイブドラゴンを指定している理由があるのだろうか。それが気になっていた。


 まあ、装備が足りない現状で、上位竜に魔法が効きにくいなら狩るどころじゃないんだけどね。


「ああ、その事か。確かにケイブドラゴンは下位竜だが、同じ土属性の上位竜じゃダメな理由があるんだよ」

「上位竜じゃダメな理由?」

「ああ、ケイブドラゴンは普段、土の中で暮らし、土の中にある微生物や動物を食べているのは教えたな。でだ、特に鉱石の類いが好物でな、ケイブドラゴンの胆石には、そんな鉱石が変化して塊になってるんだ」

「竜の胆石かよ」

「その竜の胆石が最高の素材になるんだよ」


 なる程、そういった理由だったのか。ならミミズは嫌いだけど、ちゃっちゃと斃して次の素材に行くか。





 周りの風景が荒凉としたものに変わって来た。


 ゴツゴツとした岩が転がり、木々もまばらだ。


「シュート、ケイブドラゴンの倒し方は考えてるか?」

「まあ、何とか魔法でやってみるよ」


 そろそろ近付いて来たのか、ザーレさんからケイブドラゴンの倒し方を考えているのか聞かれた。


 流石にグルカナイフでは、下位竜とはいえ無理があるだろう。


 こんな事ならガンツさんに武器を借りてくりゃよかったかな。


「一応、イーリスから教わったかもしれんが、土属性のケイブドラゴンには、風属性の魔法が良く効くぞ」

「じゃあ、風の上位属性の雷も大丈夫だな」

「ああ、雷なら大丈夫だ」


 風と言われても、俺は水と風の属性は適性がそこそこって言われてるからな。




 岩山が近くに見える場所で馬車は止まる。


「ここからは馬車が危険だからな」

「了解。ここからは俺だけで行くよ」

「おう、斃したら呼べよ。シュートは解体無理だろ?」

「絶対呼ぶよ」


 俺も兎や猪に熊なんかの魔物ならだいぶ解体が上手くなったと思ってるけど、ミミズは嫌だ。出来れば触りたくない。


「リル、直ぐ帰って来るから、ルビーと一緒に待ってるんだぞ」

「うん! りる、まてるよ!」

「おう、偉いなリルは」


 少し強がるリルが可愛くて抱きしめて頭を撫でる。


 リルもくすぐったそうにするが、嬉しそうに笑っている。


 こんな自然な笑顔が出来るようになったんだなぁと、人でなしの俺も嬉しくなるな。




 リルをマリアさんとルルースさんに任せ、俺は馬車を跳び出す。


 先ず、問題になるのは、どうやってケイブドラゴンを探すのかだ。


 この付近に居るのは、ザーレさんが事前に調べて分かっている。


 試しに地面の中の魔力を感じようとするも、上手くいかなかった。


 直ぐ側まで接近してたなら、魔力を感じる事も出来るだろうけど、広範囲に探るのは難しいな。


 次に土属性魔法で探知出来ないか試してみる。


 ただ、魔力の反応を探すよりは土中の状況は把握できるが、これもイマイチかな。


 そして雷魔法で地中の魔物を探せないか試してみる。


 結果的に、これは結構上手くいった。


 魔物とはいえ、ケイブドラゴンは生き物だからか、生体電流で信号を送っているだろうと推測した。


「でかいな」


 捉えた反応が示すのは、かなりの大きさのナニカだ。


 と言うより、俺の体に魔力を纏わせるとそれだけで近付いて来る大きな気配を感じた。


 なんの事はない。


 ケイブドラゴンも生き物の魔力を好むのだから、俺が餌になればよかったんだ。


 ゴゴゴゴと地響きが足元から上がって来る。


 あ~、来るな。


 俺は大きく後ろに飛ぶ。


 ドガアァァァァーーーーンッ!!


 俺がさっきまで居た場所の地面が爆ぜ、土や石が舞い上がった。


 土煙の中から、大きな口を開けて跳び出したのは、土色のずんぐりとした蛇のような魔物。


 その胴体の直径は1メートル50センチはあるだろう。


 口はドラゴンのそれを外れたものじゃない。


 凶悪な牙がズラリと何列にも並び、舌には口に入れた獲物を逃さぬようにトゲがびっしりと生えていた。


 ほぼ地中で過ごすからなのか、目が退化している。


 俺は地面が爆ぜる直前に、大きくバックステップで距離を取り、すぐに雷魔法のタメにはいっている。


「トールハンマー!」


 ズガァーーーーンッ!!


 地面に跳び出し大口を開けたケイブドラゴンの、その大きな口の中に、真上から雷神の一撃が振り下ろされる。


「やったか!」


 自分でフラグを立てている気がするが、今回は大丈夫だと分かる。


 もうもうとした土煙が晴れて来ると、そこには地面から半分ほど体を出した状態で、くたりと地面に倒れるケイブドラゴンの姿が現れた。


 プスプスと口の中から煙が上がっている。


 気配を探って確かめると、ちゃんと死んでいるようだ。


 そこに馬車が近付いて来る音が聞こえて来た。


「うわぁー! すごい、おっきなへびさんだぁー!」

「おお、なかなかの大物だったな」


 リルが興奮する声が聞こえ、ザーレさんが満足そうに言う。


 この個体はケイブドラゴンの中でも大物だったみたいだ。


 改めてケイブドラゴンを観察すると、地面に跳び出しくだりと倒れている上半身? には申し訳程度の前脚がある。


 ただ、短い前脚だが、その爪は鋭く長い。


 地中を移動する時に役に立つのだろう。


「おう、シュート、引っ張り出すから手伝え」

「了解」


 ザーレさんとケイブドラゴンの頭を持ち穴から引っ張り出す。


 引っ張り出してから分かったが、地上に出ていた部分は三分の一ほどだったみたいだ。


 ザーレさんと何とか引っ張り出すと、その全長が30メートル近くあった事が判明する。


 ザーレさんが大物だと言う筈だ。


 この付近にもう一体ケイブドラゴンは居ないだろうが、解体は手早く済ませ、ここから離れるに越した事はない。


 俺はザーレさんに教わりながら、二人でケイブドラゴンを解体していく。


 ルルースさんも手伝ってくれた。


 ハンターをしていただけあって、解体もザーレさんの指示に従い、無難にこなしている。


 三人で魔銃に必要な部位や売れば良い値段になる部位などを、バルカさん特製のマジックバッグに入れていく。


 蛇皮に似た皮は、良い防具の素材となるし、牙や爪も武器の素材になる。


 肉も少しクセがあるが、ちゃんと下処理すれば絶品なのだとか。


 骨や心臓に肝臓も高い値段で売れる。


 それで目的の胆石なんだが、これはザーレさんの笑顔が物語っている。


「これは凄えな。こいつ随分と良い鉱石を食ってたみたいだ」


 鍛治や錬金術が専門じゃないザーレさんでこのテンションだ。きっとガンツさんとバルカさんも喜んでくれるだろうな。





 次はハーピークイーンの風切羽だ。


 空を飛ぶ相手にどう戦うか考えていると、俺の影からタナトスが上半身を出した。


「あっ、そうか。タナトスなら空も関係ないよな」

『我がマスターの御心のままに』


 要するに、自分に任せろと言う事だ。


 すっかりタナトスの事を忘れてた。


 一応、今も裏で色々と動いてもらってるんだけどな。




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