第24話 黒兎、暗殺無双

 俺はオートギュール伯爵領の領都バルグブルグにあるスラム街に来ていた。


 隣国であるカーマイン王国の伯爵領。しかも軍務系の貴族が治める街だけあり、治安は比較的良い方らしい。それでもこの世界は、地球と比べてもはるかに生きていくのが難しい。


 貧困問題は常に身近にあり、大きく栄える街には当然のようにスラム街が形成される。


 そして当たり前のように、犯罪の温床となっていた。


 これでも他の貴族が治める街よりだいぶとマシらしい。


 治安を護る騎士団が精鋭で、衛兵の練度も高いのが自慢だとフランソワーズさんも言っていた。


 まぁ、それでもこの世界の現状を考えると、スラムに近付かなければ比較的安全というのは良い街なんだろう。


 そして犯罪組織がアジトを置くのもスラムが多かった。


 このバルグブルグでも、犯罪組織ヒュドラの末端組織がアジトとしているのは、スラムにある場末の酒場が入った三階建ての建物。


 平家建てのバラックのような建物がほとんどのスラムに於いて、地下一階、地上三階の建物は、それだけで普通じゃないのが丸わかりだ。





 外灯も無い僅かな星の明かりだけの暗闇の中、俺はスラムで一番高いその建物の屋上に立っていた。


 見に纏うは黒のシャツに黒のパンツ。その上に黒地にグレーのラインが入ったロングコートを羽織っている。


 このシャツもパンツもバルカさんとザーレさん特製で、貴重な魔物素材を贅沢に使用し、錬金術を駆使して強化した物だ。


 コートもガンツさん手持ちの黒竜の翼の皮膜を材料に、皮の扱いでは右に出る者の居ないザーレさんと二人で作り、仕上げにバルカさんが魔法を付与してある。


 そのコートの背中には赤い蓮の花。そのコートの上から付けた剣帯には、短剣と相棒のグルカナイフ。


 勿論、どの服も激しく動いても身体の動きを阻害しない。




 俺はペンダントトップの黒い兎を握る。


 次の瞬間、俺の顔に黒い兎の仮面が装着された。


 その時、闇からタナトスが迫り上がるように現れる。


『我がマスター、建物の中の人数は二十三人です。幸い、一般人は居ません』

「ご苦労さま。内容は?」


 全員が犯罪組織のメンバーだったとしても、入ったばかりで罪を犯していない者が混ざっているかもしれない。


『ご心配に及びません。漏れなく怨みを持った霊が複数憑いています』

「なら面倒なくていいな」


 こんな衛兵も偶にしか巡回に来ないようなスラムにある犯罪組織のアジト。拐われたりした被害者や、飢えて生きる為に組織のメンバーになったばかりの者がいても不思議じゃないからな。


 まぁ、幸いこのアジトには外道しか居ないようなので気が楽だ。



 俺はタナトスに依頼主側はどうなっているか聞く。


「それでフランソワーズさんを拐うよう依頼した側はどうなっている?」

『はっ、流石にルトール伯爵まで証拠を辿るのは難しいようです。ただ、ブガッティ男爵の本邸と別邸から、証拠は幾つか押収致しました』

「ルトール伯爵までは難しいか。まぁ、その辺は師匠がオートギュール伯爵と上手くするだろう」


 この世界、裏の仕事でもちゃんとした契約書が作られる事が多い。


 部下や下部組織への指示も書面にするのが普通らしい。


 勿論、基本的に証拠を残さないよう、その手の書類は直ぐに破棄されるのだが、末端に行くにつれて、徹底されていない事が多い。


 タナトスが手に入れたのは、そんな証拠の類いだった。


 流石にルトール伯爵ともなれば、証拠隠滅が巧みなので、フランソワーズさんの誘拐に関しては、黒幕だという証拠は見つからなかったようだ。


 そのかわり、他に幾つか不法行為や国家に後ろ暗い行為の証拠は手に入れた。


 その辺りの物は、師匠からオートギュール伯爵へと渡され、攻撃の武器となる予定だ。


 まぁ、そんな宮廷闘争はお偉い貴族様に任せて、俺は俺の仕事をしなきゃな。


「タナトスはネズミが逃げないよう見張りをよろしく」

『はっ、承知致しました。しかし、このような虫をマスター自ら手を下さずとも、臣下たる私に一言命令されれば宜しいのでは?』

「まぁ、その方が面倒はないんだけどな。今回は、ブラッディーロータスが動いたって事をわざと報せる為だからな」

『そうでしたか。では、私は一匹もネズミを逃さぬよう致しましょう』


 実は、ブラッディーロータスの名は広く知られている。


 犯罪組織を潰したり、盗賊や山賊を討伐し、悪徳貴族を粛清し、時には戦争にさえ介入する少数精鋭の組織。


 法で裁けぬ悪を討つ血塗れた蓮の華。


 ブラッディーロータスが動いたと知らしめる事で、後ろ暗い奴らは震え上がる。それが犯罪の抑止にも繋がっている。


 ブラッディーロータスの名が知れ渡ると、師匠やパメラさん達に刺客が送られそうだが、いや、実際に何度も暗殺者が送られ、全て返り討ちに遭いるらしい。


 そして暗殺を企てた組織は徹底的に潰される。


 それを繰り返す事で、表裏どちらの勢力も、ブラッディーロータスに手を出すものは居なくなったそうだ。




 俺はタナトスに建物から逃げ出す者の対処を頼むと、屋上からダイブする。


 そしてフワリと建物の正面へと着地する。


 もともとナノマシンのお陰で、人外の身体能力とVRによる武術や体術の学習により、三階程度の建物から飛び降りるくらい出来たんだが、この世界に来てからランクが上がり、地球に居た頃とは比べものにならない程身体能力は上がっているので、これが十階建てのビルからでも、魔法を使えば東京タワーからダイブしても平気だろうな。


 ガチャ


 扉を開けて中に入ると、ガヤガヤとした喧騒が俺を迎える。


「あん? なんだお前……」


 ドサッ


 俺に気がついた扉近くの男が話しかけたところを、スローイングナイフを投げる。


 スローイングナイフは男の喉に突き刺さり、男はその場に崩れ落ちた。


「かっ、カチコミだぁー!」


 ドガッ!


 身体の軸を移動させる事で滑るように間合いを詰める縮地法で一気に懐に入り、叫んだ男の胸に掌底を撃ち込む。


「グウヘッ!」


 その一撃で男の心臓と肺が破裂し絶命する。これでもかなり手加減しているのだが、ランク3や4の人間が相手の場合、本気の一撃では爆散してミンチになりかねない。


 その結果を確認する事なく次の標的へと向かい、グルカナイフで喉をかき切る。


「ヒュッ……」


 男の首から血が吹き出す時には、俺は次の標的へと死角から急襲。


 一階の別の部屋や二階から剣や斧を持ち男達が駆けつける。それを俺は、体術とグルカナイフで

淡々と始末して行く。


 一階の床が血で染まり、死体が散乱する。


 そこにタナトスが現れた。


『我がマスター。地下の掃除は私が済ませておきました』

「ご苦労さん。何かあった?」

『組織の資金と多少の証拠は回収しました』

「オーケー、じゃあ、あとは五人かな?」

『はっ、ボスらしき男とその護衛かと』


 タナトスが気を利かせて地下の奴らを始末してくれたようだ。


 タナトスからこの建物に居る奴らは、全員が糞だと聞いているので手間が省けていい。


「三階の一番大きな部屋に集まってるな。待ち伏せしてる気かな?」

『愚かな虫共が魔法の準備をして待ち伏せているようです』


 気配を探ると、三階の一室に残りの五人が塊っているのが分かる。


 オーラの感知と魔力の感知を併用して確認してあるので間違いない。


 俺を待ち伏せしている様子まではっきりと感知出来る。


「さて、早く済ませて帰ろうか」

『承知』


 あまり長い時間教会を空けると、リルが寂しがって大変だからな。


 今はルビーが居るからまだマシになったけど、それまでは俺の姿が見えなくなると、不安で仕方なかったみたいだからな。




 階段を昇り、スラムには似つかわしくない豪華で重厚な扉の前に立つ。


 部屋の中の様子が手に取るように分かる。


 日本でも気配を感じる事は出来た俺だけど、この世界では五感だけじゃなく、オーラや魔力を感じる事が出来るようになり、その精度と感覚は以前のそれとは比べものにならない。


 俺は扉に向け掌底を撃ち付ける。


 ドガッ!


 捻りを加えた掌底で、扉が回転しながら室内へと吹き飛ぶ。


 それと同時に、室内から大量の火の球が飛んで来た。


 ドガガガガァーーンッ!!


「ハッハッハッ! どこの組織か知らんが、ヒュドラに喧嘩売るバカがっ……なっ!?」


 ドサッ! ドサッ! ドサッ!


 ファイヤーボールの魔法が俺に向け降り注ぎ、勝ち誇った犯罪組織のボスが何か言ってるが、俺には関係ない。


 ファイヤーボールを障壁で防いだ次の瞬間、魔法を放った三人の頸に、グルカナイフを三回振るう。


 そしてボスらしき椅子に踏ん反りかえる男の側で護衛する大男の背後にまわり、そのまま喉をかき切る。


 ドサッ!


 高笑いしている間に、自分を除き部下全員が斃れてやっと状況を把握したようだ。


「ま、まっ、待てっ! 金か! 女か! 何でもやる! 俺はヒュドラの幹部にも紹介できる! 命だけは助けてくれっ!」


 椅子から崩れ落ち、みっともなく後退る肥った男は、裏社会でやりたい放題して来た人間には見えなかった。


「そうやって命乞いした人達を、お前たちはどうした? 助けたのか?」

「うっ…………」


 俺の問いに、ダラダラと汗を流して何も言えなくなる男。


 タナトスからこの男がどれ程非道な行いをして来たか、おおよそ聞いている。間違っても慈悲を与えていい類いの人間じゃない。


「タナトス、記憶を抜き取ってくれ」

『御意』

「ヒィィーーーー!!」


 俺がタナトスを呼ぶと、俺の影から漆黒のオーラを纏い、男にとってはまさに死神が現れた。


 タナトスは迷う事なく闇魔法で男の精神へと介入する。


 ピクピクと痙攣する男。やがてばたりと失神して倒れた。


『やはり男爵家の使いのものと連絡を取っていました』

「はぁ、ブガッティ男爵の犯罪歴も調べないとな」


 ブガッティ男爵の断罪は決定した。あとはどこまでするかだ。ブガッティ男爵本人と側近だけなのか、それとも家族や家臣全員なのか?


「で、こいつの犯罪歴は?」

『それはもう酷いものです。害虫は駆除すべきかと』

「じゃあ、頼むよ」

『お任せを』


 タナトスが男を無理矢理覚醒させる。


「ヒッ! ヒィィーーーー!」


 タナトスが手を掲げると、悲鳴を上げ這いつくばっていた男に、床の男自身の影から大小様々な種類の千を超す黒い蟲が湧き、男を覆い隠していく。


「ギャアァァァァーーーー!!」


 自由にならない身体を動かし、どうにかして逃げようとする男を、床から突き出た蟲の脚が縫い付ける。そしてタナトスの影から大量の蟲が湧き出す。


 蟲の種類は本当に様々だ。


 スカラベのようなコガネムシに似たものから、ムカデや毛虫に蠍や蟻、そして蟷螂や蚯蚓。どれもその体色が黒なのは共通している。


「うわぁ~、流石にえぐいな」


 やがて蟲が影へと消えると、そこには男の皮と骨だけが残されていた。


「……帰ろうか」

『御意』


 考えたら負けだ。


 帰ろう。リルが待っているからな。


 俺は夜の闇の中、全力で駆け出す。


 俺には走る以外に方法がないからな。


 ああ、時空間属性に適性が有ればなぁ。





 その日、バルグブルグのスラムにある犯罪組織のアジトの中で、一人の下っ端を除き全員が殺されるという事件が発生した。


 全員が刃物による切り傷、もしくは打撲痕が残されていた。どちらにも共通するのは、全員が一撃で殺されたという事。


 一人生き残った男は、震えながら「血濡れた蓮の華が……」とブツブツ言うばかりで、精神に異常をきたしていた。


 ただ、裏社会や脛に傷を持つ貴族は、血濡れた蓮の華というワードに震えあがったという。



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