第23話 幽霊とゴーストは別モノ

 カーライル王国の名家、オートギュール伯爵が治める領都バルクベルグは、この世界の基準に照らし合わせると人口は多く、主要な街道に面している為交易も盛んで、商業都市として栄えていた。


 軍事面でも先々代の当主から代々軍務大臣を務めている事もあり、街を覆う外壁は高く頑丈で、街の周囲には空壕が張り巡らされている。


 領内を護る騎士団も精鋭揃いだった。


 軍務大臣は四年の任期でオートギュール伯爵家とラバダン伯爵家が持ち回りで就任する。


 シュートがタナトスに与えた最初の任務は、オートギュール伯爵家の領都バルクベルグ内に潜伏する。誘拐の実行犯及び、指示を出した者たちの情報収集だ。



 情報収集と言っても、タナトス自身が広い街を隈なく駆け回るわけじゃない。


 人口の多いバルクベルグには、それに比例して霊も存在する。


 タナトスがするのは、街中の霊から情報を拾い上げるだけだ。




 ここで、この世界に魔物として分類されるゴーストやレイスと、幽霊との違いを説明しておがなければならない。


 ゴーストやレイスは、魔物として人類に対して攻撃的だが、幽霊はその存在だけでは害にならないし、普通の人ではその存在を認識すら出来ない。


 ただ、全く関係がないと言うわけではなく、怨念を保って成仏できない幽霊がゴーストへ、更に環境や魔力が原因でレイスになったりする。




 大多数の霊は自然と天へと還るのだが、どうしても一定数の霊は成仏する事なく地上に留まる。そのような霊を浄化して天へと還すのが教会の仕事の一つでもあるが、神官と自称するもまともに光魔法が使えない神官も多い。


 光魔法が使えなくとも、真に敬虔な神官が神に祝詞を捧げ祈る儀式により、その地の浄化と現世に縛られる霊を天に還す事が出来るのだが、教会組織ではその真に敬虔なる神官というのが一番のネックになっており、儀式は形骸化している場合が多いのが現状だった。





 タナトスの指示を受け、バルクベルグ中で霊が活発に動きまわる。


 霊を寄せ付けない教会のような場所は、タナトスが直接調べる。


 霊に善悪は無いのだが、教会の建物は基本的に結界が張られているので、普通の霊では侵入が難しい。


 その点、タナトスを阻止できる結界は、バルクベルグどころか、カーライル王国中を探しても片手で数える程しかないだろう。




 情報は王国や伯爵家の諜報機関が調査するよりはるかに早く、そして多く集まってくる。


 その結果、実際にフランソワーズを誘拐した実行犯は、タナトスに近寄って来た霊の中に居た。


 流石に伯爵家の令嬢を誘拐となると、その背後を可能な限り探らせないよう、蜥蜴の尻尾切りにあったと分かった。


 本人からの証言なので間違いはない。


 霊となった今、彼らがタナトスに嘘を吐く必要がない。


 ましてや自分達を蜥蜴の尻尾のように切り捨てる人間に、忠誠心など残っているわけがなかった。


 結果的に広く人口も多いバルクベルグでの情報収集は、僅か三日という短期間で終えることが出来た。





 タナトスは一先ずベルガドの街にシュートへ報告する為に戻る。


 空を飛び、影の中を移動し、短距離転移を繰り返すタナトスは、フランソワーズが馬車で五日と言ったバルクベルグからベルガドまでの距離を僅か十五分程で辿り着く。







 今日の鍛錬が終わって、師匠やパメラさん、マリアさんと中庭でお茶を飲んでいると、タナトスに戻って来たのが分かった。


 ルビーもそうだけど、自分の使い魔は魔力で繋がっている所為なのか、近くに来ると分かる。


「タナトスが戻って来たみたい」

「ほぉ、早かったね」

「……」


 馬車で五日の距離、しかも隣国のカーマイン王国のオートギュール伯爵家の領都バルクベルグに派遣したタナトスが戻って来た事に師匠もその早さに驚いている。


 因みにこのベルガドは、ロナルディア王国の辺境にある街で、隣国カーマイン王国との交易路に面している。


 リルはまだタナトスが怖いのか、俺にギュッとしがみ付いた。


『マスター、ただいま戻りました』

「ご苦労さま。で、どうだった?」

『はっ、マスターやイーリス様の推測通り、実行犯はヒュドラの下部組織によって、既に始末されていました』

「やっぱりな」

「まぁ、そうなるだろうね」


 犯罪組織ヒュドラ。何人ものボスが別々に運営し、利害によって繋がる厄介な奴ら。一つの頭を潰しても、直ぐに他の頭がその機能を補完してしまう。その下部組織なんて潰してもあまり意味はなさそうだ。


「それで、絵を描いた奴は分かったのか?」

『はい。どうやらオートギュール伯爵の地位を狙う貴族家が大元のようです』


 タナトスに現状、分かった事の報告を求めると、早くも今回のフランソワーズさん誘拐の構図が見えてきた。


 タナトスは、この僅かな日にちで、かなり詳しく調べてくれた。


 実行犯が殺されたのは、タイミング的に考えて、フランソワーズさんやユミルさん達が非正規奴隷として隣国であるロナルディア王国へと越境して直ぐらしい。


 本人? 本霊? から聴いているので確かだろう。


「それでフランソワーズさんの件の黒幕は?」

『ルトール伯爵の意を受け、ブガッティ男爵がヒュドラへ依頼。さらに其処から下部組織へと指示があったようです。フランソワーズ嬢をお茶会に招待したバッツ伯爵も協力者ですが、今回は誘き出す役目だけだったようです』


 タナトスの調べでは、下部組織でさえフランソワーズさんを拐う目的は知らされていない。


 幸いだったのは、ルトール伯爵の手の者が、フランソワーズさんを買う予定だったので、フランソワーズさんは穢されてはいなかった。

 ただ、名門貴族家の令嬢が誘拐され、奴隷に堕とされたと醜聞が拡がるだけで、フランソワーズさんに普通の幸せな結婚は無理だと言うのが、この世界の常識らしい。


 フランソワーズさんを乗せた奴隷商は、放浪の聖女が拠点とするベルガドの街を避けて、ロナルディア王国の王都ローマンブルグへ向かう為、裏街道を進んでいるところを、あの厄災エンペラーグラトニースライムに遭遇した。


 ローマンブルグでは、ブガッティ男爵の手の者が、正規の奴隷商会に卸されたフランソワーズさんを買う為に、待機していた。


 当然、俺と師匠に助けられたフランソワーズさんが王都へ着く訳もなく、待ちぼうけしていたんだけど、その間に師匠はオートギュール伯爵へと事の経緯を報せたんだ。


 それを受け、現在、ローマンブルグに不在のフランソワーズさんは、教会で奉仕活動と魔法の勉強の為、遊学中という事になっている。


 これで暫くはバルグブルグにフランソワーズさんが居なくても不審には思われないだろう。




 そしてルトール伯爵がオートギュール伯爵家を陥れようとした理由。


 オートギュール伯爵家は、軍務系の名門で軍務大臣を代々務めている。


 軍務大臣は四年任期で、ラバダン伯爵家と交代で軍務大臣に就くのが決められていた。


 比較的新興のルトール伯爵家は、オートギュール伯爵家の持つ椅子が欲しかったらしい。


 長年軍務系で名門として続くオートギュール伯爵家に、対抗する戦力が有るのか疑問に思うところだが、師匠の予想ではその上に公爵辺りが絡んでいそうだとの事だ。


 それで考えられたのが、自身のお膝下である領都で、フランソワーズさんが拐われ、しかも隣国で奴隷として売られている。名門貴族としても、軍務大臣を代々務める家としても、あってはならないという事だな。


 しかしルトール伯爵もバッツ伯爵を挟んでブガッティ男爵に指示し、そこから犯罪組織へと依頼するという、もの凄く迂遠な方法を取っている辺り、絶対にルトール伯爵まで責任が及ばないよう工作しているんだろうな。


「女を政治の駆け引きに使うなんて許せませんね」

「本当です。イーリス様、どうにか出来ないんですか?」


 穏やかな雰囲気が特徴のパメラさんと、何時も明るいマリアさんが怒っている。

 くだらない権力闘争の被害者であるフランソワーズさんに対する同情心もあるんだろう。


 師匠も同性だから気持ちが分かるのだろう、静かに怒っている。


「確かに、己の出世欲なんてくだらないもので、女を平気で不幸にする奴らは許せないね」

「そうですよね!」

「でもね。多分、今は手出し出来ても男爵までだね」

「ええっ!」

「……そうですね」


 師匠が、今は黒幕のルトール伯爵までは手出し出来ないと言うと、マリアさんは不満の声を上げたが、パメラさんは分かっていたのか、渋々だけど頷いた。


 ただ、俺は少し引っかかっていた。


「でもおかしいよな」

「なにがだい?」

「いや、名門貴族の嫡男の醜聞なら役職を辞める辞めないって話になる可能性もあるだろうけど、フランソワーズさんは女だぞ」

「……まだ何かあるって事かい?」

「多分としか言えないけどな」


 代々軍務大臣という国の根幹を支える役職に就くオートギュール伯爵家を、蹴落とすには弱い気がするんだ。


 俺は目の前に控えるタナトスを見る。


「タナトス、ブガッティ男爵とルトール伯爵を調べてくれるか? ハズレだと思うがバッツ伯爵も可能なら頼む。何か証拠が有れば嬉しいんだが、それは出来ればでいい」

『お任せください我がマスター。必ずや朗報をお届け致します』


 タナトスはそう言うと影に溶けるように消えた。


「これは俺の勘なんだけどさ、これってもっと単純でゲスい理由なんじゃないかって気がするんだよな」

「……なる程、有り得ない話じゃないね。ちょっと難しく考えてたかね」

「そ、そうなんですか? 相手は武門の名家ですよ」


 俺が感じた印象を話すと、師匠はそれも有り得るかもしれないと言ってくれた。


 それを聴いたマリアさんがびっくりしている。


 まぁ、それが普通の反応だよな。


 さて、タナトスが戻るのを待ちながら鍛錬に励むとしよう。



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