第13話 黒兎、妹が出来る
お腹も膨れたし、休憩も十分だという事で、移動を開始する事にした。
出来るだけ早く彼女達の服を手に入れて上げたいからね。
主に俺の為にね。目に毒過ぎる。
そんな俺の肩には兎耳幼女のリルちゃんが乗っていた。
俺の頭にしがみつき、ご機嫌なのか足をプラプラさせている。
「師匠、右斜め前方、距離五十、数は一」
「はいよ」
師匠が魔銃を抜き撃つ。
さすがランク7の師匠、狙い違わず狼の魔物を撃ち抜いた。
「回収は任せるよ」
「了解」
俺と師匠の二人旅だった時は、基本的に師匠は動かず、魔物の討伐は俺だけがしていたんだが、今はリルちゃんを肩車しているので、代わりに師匠が遠距離から仕止めている。
「うわぁー」
「大っきい狼だねぇ」
見事に眉間を撃ち抜かれた狼の魔物を片手でひょいと掴み師匠達の元へと戻る。
体長2メートルを超える巨体だが、このくらいがランク3のブラックウルフの標準サイズらしい。
解体する時間が勿体ないので、そのまま師匠のマジックバッグへと放り込む。
師匠はホルスター付きのガンベルト擬きを装備している。あれが西部劇に出て来るようなガンベルトならもっとカッコイイのにな。
俺も師匠に魔銃を強請ってみようかな。
さて、今日中に村か町に着けばいいんだけどな。
俺と師匠の二人の時と比べ、移動スピードがガタ落ちしているのは仕方ない。女の人三人も裸足だったから、途中都合よく襲って来た盗賊の持っていた革鞄から急遽間に合わせのサンダルを三つ作った。それも急ごしらえの雑な作りだから、お世辞にも歩きやすいなんて言えないからな。
ただ、彼女達を助けた事で、師匠の教会が在るベルガドの街の方向と、だいたいの距離が分かった。
伯爵令嬢のフランソワーズさんの話では、オートギュール伯爵領の領都からベルガドを迂回して、裏街道を馬車で一日過ぎた時にスライムに襲われたらしい。
そんな街の近くにあんな高ランクの魔物が居た事に驚くが、師匠曰く、あのエンペラーグラトニースライムはイレギュラー中のイレギュラーだと言う。
基本的に、街の近くには高ランクの魔物は居ないらしいが、暴食のスライムには当て嵌まらないそうだ。
高ランクの魔物は縄張りから移動しない事が多いそうだが、あのスライムは食欲の赴くまま移動する魔物なのだそうだ。奴隷商人や護衛達にとっては不運だったんだろう。ざまぁだな。
それ以前に、師匠ですら知識としては知っていたが、エンペラーグラトニースライムなんて見たのは初めてらしい。そりゃランク7や8の魔王種が、ほいほい出て来たら大変だわな。
魔王種と言うのは、魔物の種族の頂点に立つ存在らしい。キングやロード、エンペラーなどの名を持つらしい。
一体討伐しただけで、ランクアップした感覚があったのも当然かもしれないな。
結局、ベルガドには次の日のお昼頃にたどり着いた。やっぱり女の人の足では一日では無理だった。
「ほわぁー、にぃにぃ、ひとがいっぱいだよ」
「本当だな」
肩に乗るリルが興奮気味に驚きの声を上げる。
まだ出会って二日目なんだけど、リルは俺の事をにぃにぃと呼ぶようになった。
俺も小さな妹が出来たみたいで、懐いてくれている事もあり、可愛くて仕方がない。
師匠には度々からかわれるけど、そんな師匠もリルを可愛がっている。
リルが人の多さに驚いたように、ベルガドの街の門には、街に入ろうと多くの人が並んでいた。
日本を知る俺からすれば、ベルガドはそれ程大きな街じゃないが、小さな集落から出た事がなかったリルにすれば、驚くほどの都会に見えるのだろうな。
ここまでの道中、ベルガドが近づくにつれ裏街道から広い表街道を歩いていたんだけど、その頃になると人の往来もだんだんと増えてきた。そうなるとフリージアさん達の着ていた貫頭衣では目立ち過ぎるので、今は間に合わせに布を外套替わりにしている。
特にエルフであるユミルさんが目立つのは不味いので、師匠のフードの付いた予備の外套を着せて顔を隠してもらっている。
まぁ、兎耳幼女を肩車した上下黒づくめで髪も目も黒い俺と、神官服を着た師匠が歩いている時点で目立たないなんて無理なんだろうけどね。
大人しく列に並び、それ程時間も掛からず俺たちの順番が回ってきた。
「これはグワルフ様! お帰りでしたか!」
すると門に居た衛兵が師匠に気が付いた。
「ご苦労様だね。これは私の弟子のシュート、その子は妹のリルだよ」
「お弟子さんですか。どうぞお通り下さい」
何故か衛兵はフランソワーズさん、ユミルさん、ルルースさんの三人に触れない。
実は、師匠に闇魔法の一つ、対象の認識を阻害し、更に幻術をかけるよう言われた。
お陰で道中、ずっと闇魔法の練習をしなければならなかったんだ。
これは魔力に敏感な相手には気付かれる可能性もあるらしいが、辺境のそれ程大きな街でもないベルガドの衛兵なら大丈夫だと師匠が言ったんだ。
門を通り抜けた先にベルガドの街の光景が俺の目に飛び込んでくる。
大通りになるんだろうか、道幅は広いが地面は舗装されておらず、両側に建つ建物も平屋か二階建てがほとんど。
そこに露店や屋台が並び、様々な種族の人間が雑多に行き来している。
人族が人口比率としては一番多い。その次に色々な種類の獣人族。あの背が低いが異様にガッシリしているのはドワーフだろうか? エルフの姿は見かけない。
師匠の教会は、ランク7の英雄が司祭の教会なのに、意外にも街の外れにあった。
それを疑問に思った俺は師匠に聞くと。
「街の中心部は土地が高いからね」
「教会はお金あるんじゃないのか?」
「教会組織は持ってるだろうが、末端の教会なんてこんなもんさ」
「いや、英雄が司祭の教会を末端って、教会組織はバカなのか?」
ベルガドの教会が街外れにあるのは、単純にお金がないかららしい。師匠自身のお金は腐る程あるらしいけど、それを教会のために使う気はないってさ。
そうこうすると教会の建物が見えてきた。
高い建物が少ないベルガドにあって、流石放浪の聖女が拠点とする教会だった。
大きさで言うと大聖堂まではいかない規模だが、敷地は広く、家庭菜園や倉庫などの建物もあるのが分かる。
「数年前までは孤児院もやってたんだけどね。今のベルガドは景気が良いから、捨てられる子は少ないし、里親にもらわれていくからね。まあ、他にも理由はあるんだけどね」
「へぇ、ならこの街は治安も良いんだろうな」
「ああ、それだけは大陸でも五本の指に入るだろうね」
ただ教会の建物自体はあちこち傷みも見える。
まぁ、それも教会の荘厳な雰囲気にマッチしているんだろうけど。
俺が教会を見上げていると、木製の大きな扉が勢いよく開き、若いシスターが飛び出して来た。
「イーリスさま! 帰るのが遅いですよぉ!」
「おお、マリア、今帰った」
「今帰ったじゃありませんよぉ! お仕事が一杯溜まってますよぉ!」
「チッ、やな事を思い出させるな。そんな事より中に入るよ」
師匠が嫌そうに顔をしかめる。事務仕事は嫌いなんだろうな。
教会の中の神官用の居住区なのか、そこの広いリビングに入ると、師匠が闇魔法の解除するように言う。
「もういいよシュート。魔法を解除しておくれ」
「了解」
「えっ!?」
突然、フランソワーズさん達三人を認識できるようになったマリアさんが戸惑いの声を上げる。
「マリア、教会にある予備の服を持っておいで」
「も、もう! イーリスさま! ちゃんと説明してもらいますからね!」
師匠が手をシッシッと追い払うようにして、マリアさんにフランソワーズさん達の服を取って来るように指示する。
そこにマリアさんと入れ替わりに、年配のシスターが入って来た。年配と言っても師匠と変わらないくらいか。いや年配なんて言ったら怒られそうだな。
「お帰りなさいませ、イーリスさま。今回は、随分と賑やかなお帰りですね」
「ああ、パメラただいま。こっちはシュート。私の弟子にしたから。あとは成り行きで拾ってきたんだよ」
「まあまあ、可愛い男の子ですね。こちらの可愛い子もですか?」
パメラと呼ばれたシスターが、優しい笑顔でリルを見る。
リルは俺をギュッと掴んで抱きつき顔を隠す。
「ああ、リルもうちで面倒みるよ」
「じゃあ、色々と必要ですね。あとでマリアと買い出しに行かなきゃ」
「頼むよパメラ」
パメラさんが出て行った。
「この教会の規模にしては人数が少ないな」
「おっ、分かるかい?」
「そりゃ、魔力の感知と気(オーラ)の気配を探れば分かるからな」
この世界に来て、気配を察知する能力は格段に上がっている。それは気に加え、魔力を感知できるようになった事も大きい。
「この教会は、私が好きに運営しているからね。本部からは煙たがられてるんだよ」
「なる程、本部から人員が補充されないのか」
「本部の人間なんて要らないけどね」
自由な師匠と、この世界最大の宗教組織の本部。合うわけないか。
俺が師匠と話していると、フランソワーズさんが申し訳なさそうに話し掛けてきた。
「イーリスさま、本当に私たちを此処で匿って頂けるのですか? ご迷惑が掛かるかもしれませんが……」
「心配しなくてもいいよ。王族だろうが、貴族だろうが、犯罪組織だろうが、教会の本部だろうが、一度懐に入れたからには護ってあげるよ」
「おお、師匠、男前」
「ふん、そう言うシュートは、リルをどうするんだい?」
あまりに男前な発言に少しからかうと、師匠がリルをどうするのか聞いてきた。
師匠の口から自分の名前が出て、リルの身体が強張るのが分かる。
リルをどうするかだって? そんなのもう決めてある。
「リル、お兄ちゃんの妹になるか?」
「……いいの?」
リルはきっと不安だったんだろう。俺の顔を見上げて小さな声で聞く。
「勿論だよ。今日からリルは俺の妹だ」
「うん! にぃにぃ!」
リルを抱きしめてあげると、リルは抱きついた俺の胸に顔をグリグリと押しつけて甘える。
俺にとっても初めての家族が出来た瞬間だ。
この子が幸せに笑って暮らせるようにしてみせる。
俺自身がこの世界に来たばかりで、右も左も分からない状態だけど、この小さな妹が出来た事は、俺にとっても大事な何かを得た気がしていた。
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