第12話 囚われの美姫たち

 フランソワーズが目を覚ました時、鉄格子の檻に入れられていた。


 意識がハッキリとしてくると、だんだん自分の身に何があったのかが分かってくる。


 バッツ伯爵家の次女、サリサリスのお茶会に招待されたフランソワーズが、最初のお茶を飲んだ後からの記憶がない。侍女や護衛の騎士は無事だろうかがフランソワーズは心配だった。


 敵対派閥のバッツ伯爵家からの招待に、不審には思ったフランソワーズも、まさかお茶に薬を盛られるとは思ってもみなかった。


 目のピントが合ってくると、ここが馬車に設えた檻だと理解する。


 更に、自分以外にも乗せられている人間が居る事に気がつく。


 一人は、社交界でも美しいと褒め称えられたフランソワーズが、息を呑むほどの美しいエルフの女性。


 オートギュール伯爵家ともなれば、エルフにも何度か会った事はあるが、その時の印象が霞むほどの美しさだった。


 もう一人は獣人。狐の獣人だと分かる。


 彼女も十人が十人美しいと言うだろう美女。人族の中には、獣人族を下賤な種族と蔑む者も一定数居るらしいが、オートギュール伯爵領には獣人も多く、フランソワーズも忌避感はない。


 屋敷にも何人も獣人族の使用人が居たし、人族と比べ差別されてはいなかった。


 狐人族の彼女は、獣人好きの嗜好がある人間へ売られるのだろう。


 おそらく自分はバッツ伯爵家が買って、フランソワーズが奴隷に堕とされていた事実を喧伝するのだろう。

 そうなれば、オートギュール伯爵家のメンツはズタズタだ。しかもフランソワーズにはまともな婚姻の話も来ないだろう。


 そこでフランソワーズは、自害も出来ない状態に気がつく。


 考えれば突然だ。奴隷の契約魔法で自死は禁じられているのだから。


 声すら発せないフランソワーズは、只々涙を流す事しか出来なかった。





 まさか同胞に嵌められるなんて思いもしなかったとユミルは絶望の中で悔やんでいた。自分の迂闊さに、危機感をもう少し持つべきだったと。


 いくら考えても後の祭りだが。


 エルフが他種族に奴隷へと堕とされれば、それはエルフのコミュニティでの死を意味する。


 中庸派の族長である祖父でも、一度奴隷に堕ちた孫を切り捨てるだろう。


 何より、拐われた違法奴隷のエルフが解放される事はないだろう。


 同じ檻の中には人族の女性と獣人族の女性、それに獣人族の幼い女の子が居た。


 みな目に絶望の色を浮かべている。


 でもユミルは、自分が一番不幸なのではないかと思う。


 何故なら自分はエルフ。他の種族と比べ長い寿命がある。その分苦しみが長く続くのだから。






 檻の中で、もう何度めになるか、溜息が止まらない。


 ハンターとして一人前になったと思ったら、こんなくだらない事でつまずくなんてとルルースはもう一度溜息を吐いた。


 自分の容姿は自分でも優れている方だとは思う。


 スタイルも女性らしいメリハリのある体だと思うし、異性のそういった目を意識していないと言えば嘘になる。


 ただ、ルルースは自分を口説いてくるような軽薄な男は嫌いだった。


 だから臨時でパーティーを組む事はあっても、基本的にはソロでの活動を通した。


 またルルースにはソロでやっていけるだけの才能もあった。


 ハンターが所属するハンターギルドとは、東と西の大陸を跨ぐ国の頚城をを超えた組織。


 そこに所属するハンターには、色々な種類の仕事を専門とするハンターが居る。


 専門の知識が必要な採取を専門にするハンター。


 魔物の討伐を専門とするハンター。


 遺跡の調査や発掘を専門とするハンター。


 ルルースは、主に魔物の討伐と薬草類の採取をメインに活動していた。


 順調にキャリアを積んできた筈なのに、悔しさで涙が溢れそうになるのを必死で堪える。


 一見、おっとりとした女性らしい雰囲気のルルースだが、彼女は芯の強い女性だった。




 そんなルルースだが、好色そうな商人に見初められたのがケチのつき始めだった。


 当然、考えるもなく断ったのだが、それから細かな嫌がらせが始まる。


 そしていつ迄も首を縦に振らないルルースに対して、商人はとうとう暴挙にでる。


 商人が直接手を下したのではないのだろう。


 ルルースの記憶は臨時パーティーで護衛中、最初の野営で途切れる。


 次に目を覚ました時、奴隷紋で縛られ檻の中だった。


 きっとあの好色な商人に買われてしまうのだろう。




 ルルースは檻の中に、幼い獣人の子供が居るのに気が付いた。


 酷い臭いの檻の中、獣人族の鋭い嗅覚も混乱していた事もあり、今の今まで気がつかなかった。


 三歳くらいだろうか? 黒い兎耳と黒髪の幼女。それだけでルルースにはこの子の事情が察せられた。


 狐人族には、黒狐や白狐、茶色の毛色やルルースのような金狐など、色々な毛色が存在するが、兎の獣人は明るい茶色の毛色、白い毛色、そのミックスの三種類。この子のような黒い毛色は珍しい。


 狐人族なら珍しい毛色でも、それ程問題にはならないが、特殊な毛色を忌子として忌避する種族もあり、兎人族などが典型的な保守的な種族だったと記憶している。


 母親も泣く泣く捨てるか売るかしたのだろう。


 自分のお腹を痛めて産んだ子供なのだから、どの様な毛色でも愛しいと思うのが親だとルルースは思う。




 リルという名前と売られた事は聞く事が出来た。


 人族のフランソワーズやエルフのユミルは当然として、同じ獣人のルルースにも心を開かないリル。


 檻の片隅で小さく埋まっているリルに、掛ける声もなかった。







 檻の中からは見づらいが、馬車は正規の街道ではなく、人の目に付かない樹々が茂る暗い裏街道を進んでいるようだ。


 その時、突然馬車が急停止する。


 馭者の悲鳴や護衛の叫び声が聞こえ、尋常じゃない事態が起こっている。


 次の瞬間、馬車を衝撃が襲う。


 フランソワーズ達が意識を失う最後に見たのは、見た事もない巨大な黒いスライムだった。






 フランソワーズ視点


 目が覚めた時、女性に介抱されていました。


 神官服、それも司祭クラスの服に見えます。


 その女性から奴隷商人と馭者、護衛の全員がスライムに殺されたと聞きました。


 エルフのユミルさんや狐人族のルルースさんも気が付いたようです。


 改めて事情を説明してくださった女性は、やはり神職らしく、怪我の治療と併せ奴隷紋の解呪までして下さったと教えられ、それを聞いた私達は嬉しさのあまり泣いてしまいました。


 外から若い男性の声が聞こえ、シスターは檻の外に声を掛け、一度馬車から出て行かれました。


「心配しなくても大丈夫さ。外に居るのは私の弟子で、あんた達をあのスライムから救ったのはあの子だからね」


 少しするとシスターが戻って来られ、今食事の用意をさせているので、身体を休めておくよう言われました。



 シスターの女性は、私達の事情を察して頂いたようで、暫くシスターの教会で預かると言って下さいました。


 私としては、とてもありがたいお話です。誘拐されただけで、お家としても私個人としても大きなダメージですが、奴隷とされた事が公になると、それどころじゃなくなります。


 ユミルさんやルルースさんにとっても教会で保護して頂く事はありがたいようで、ホッとされています。

 お二人にも色々と複雑な事情があるのでしょう。



 そこでふとリルちゃんの姿が見えない事に気が付きます。それと同じくして外から青年の呼ぶ声が聞こえました。


「師匠ー! 食事の準備が出来たぞー!」

「ああ、直ぐに行くよ」


 外から良い匂いがして来たと思ったら、シスターの弟子の青年が食事を用意してくれたようです。


 拐われた時からほとんど何も口にしていない私達は、力の入らない体をシスターに支えてもらいながら馬車の外に出ました。


 そこで目を見開いて驚いたのは私だけじゃないと思います。


 黒髪に黒い瞳の青年、鋼色に近い黒髪が神秘的な雰囲気を醸し出しています。


 いえ、その整った青年の顔に驚いたのではなく、青年の膝の上でスープを口に運んでもらうリルちゃんを見て驚いていたのです。


 口を開けて青年がスプーンを運ぶのを催促するように甘えているリルちゃん。


 私達三人にも心を開かなかったリルちゃんが、僅かな時間で懐いている青年。


 私達の命の恩人という感謝の気持ち以上の気持ちが芽生えたのはこの時だったのかもしれません。



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