第5話 黒兎、野営する

 日が暮れて来たので、野営地に向く場所を探して準備に移る。

 師匠が魔物除けの結界を張る道具を設置する。


 これは魔法的な効果のある道具で、魔導具とかと呼ばれるものらしい。こういった一つ一つがファンタジーだよな。


 この世界は地球と違い、科学技術が進んでいない代わりに、魔法を用いた技術が進んでいるようだ。



 俺が拾った薪に、師匠が魔法で火を着ける。


 こんなところを見ると、改めてファンタジーな世界に来てしまったんだと実感する。


「おぉ、凄え、魔法だ」

「私は火属性は苦手だから、この程度しか使えないよ」

「いや、十分凄いよ」


 イーリス師匠がキラーラビットを鞄から取り出す。

 師匠の鞄は、これぞファンタジーもの定番のマジックバッグだ。


 マジックバッグはめちゃくちゃ高価らしいんだけど、英雄クラスの師匠なら持っていても不思議じゃないのだろうな。


 師匠のマジックバッグの容量は、大き目の体育館くらいあるそうだ。


「シュート、解体は頼むよ」

「了解です」


 少し場所を離れてキラーラビットの解体をする。


 野営をする場所で解体なんか、魔物が集まって来るかもしれないからな。






「ふぅ、食べた食べた。では、寝る前に魔力感知から魔力操作の訓練をしようか」

「よろしくお願いします。師匠」


 夕食を食べ終え、落ち着いたところで魔法のレッスンが始まる。


「見たところシュートは、オーラを常に循環させているから、魔力を感知できればその先は案外スムーズに修得出来るかもしれんな」


 師匠の指示で、リラックス出来る姿勢になる。


 俺は一番しっくりくる座禅の姿勢をとる。


「オーラは、お腹の下の辺りを基点にするらしいが、魔力は心臓の辺りで生み出されると言われている。今からシュートの手に、私の魔力を流すから、似たようなモノを胸の辺りで感じれば、多分魔力感知を修得できるだろうね」


 そう言って師匠が俺の手を取り魔力を流す。


「……おっ、これが魔力…………有った。これが俺の魔力……」

「ふむ、やはり早いな」


 師匠の手を通して流れて来たナニか。それと似たようなモノが胸の中心辺りに存在するのが分かった。


 一度認識してしまえば「氣」とは明らかに違う種類のナニかを体内に感じる事が出来た。


「……ひょっとして、魔力って、人によって違う?」

「ほぉ、そこまで解るか。その通りだ。それを利用して魔力で個人の特定も可能だ」


 一旦魔力を認識してしまうと、魔力それぞれに違いがあるのが分かる。


 目を瞑り、魔力を感じる事に集中する。


「魔力が感じられると、この世界の万物に魔力が宿っているのが分かるだろう? これを突き詰めると色々と出来る事が増えるのさ」


 師匠の言うように、大気中にも薄く魔力はある。他にも植物や地面からも感じる。


 魔力感知を極めると、遠く離れた場所の個人を特定する事も可能らしい。



 魔力の感知がスムーズに出来た俺は、師匠の指示で次のステップへと移る。


「全身を魔力が循環するイメージだ。この魔力操作が寝ている時でも無意識に息をするように出来れば、それだけで簡易の身体強化になるのさ」


 師匠に言われて胸の魔力を動かそうとするが、どう循環させるか悩む。

 丹田から練り上げ気穴から気脈を循環させる氣とは違い、胸の中心からなら血管を通して全身を巡るイメージでいいか。

 太い動脈から始まり毛細血管を通して全身の細胞の隅々まで行き渡り静脈で戻るイメージ……


 暫く集中してトライしていると、ゆっくりとだけど胸の中心から魔力らしきモノが動き始めた。


 普段、自分の血液の流れなんか意識しないから最初は戸惑ったけど、これもジジイから詰め込まれた知識のお陰で、全身の動脈から毛細血管を明確にイメージできた。


 一度全身を循環し始めると、師匠が言ったように、それだけで明確な変化を自覚できた。


 身体能力の向上だけじゃなく、思考や知覚能力の向上も実感できる。



 魔力の循環は、心臓のように脈打つ訳じゃない。だから淀みなく一定の速度で循環している。


 徐々に循環するスピードを上げていき、一番しっくりするスピードで魔力を動かし続けていると、師匠からストップがかかる。


「よし、そこまでだ」

「ふぅ……魔力って凄いな」

「この魔力操作の訓練は毎日するように。いずれシュートならオーラとの併用も可能かもしれないね」

「オーラとの併用って出来ないのか?」

「オーラの操作自体がレアな技術だからね。しかもオーラを扱うのは魔力の総量が少ない人間。魔力での身体強化が出来る者は、オーラを修得しようと思わないからね」

「それもそうか」


 この世界ではオーラと魔力による身体強化を併せて使う人は居ないらしい。とはいえ、既に俺は「氣」と「魔力」の循環を並列して行えている。これはナノマシンで向上した思考能力の一つ、並列思考が染みついているお陰かもしれない。


「この魔力操作の訓練は毎日するんだよ」

「何事にも基礎は大事ってね」

「そういう事だ。私だって毎日しているからね」


 魔力操作は毎日繰り返し訓練する事で、魔力総量の増加と魔法発動速度の上昇、魔法発動時の魔力消費削減、魔法の威力やコントロールの向上などその恩恵は多いらしい。まぁ、劇的に変わる訳じゃなく、僅かずつらしいのだが、それでも毎日訓練する意味は大きい。


「さて、私は先に寝るから、警戒は頼むよ」

「ああ、任せてくれて大丈夫だ。警戒しながら色々と試してみたい事があるからな」

「ちゃんと警戒はするんだよ」

「分かってるよ」


 夜も更けて、師匠が毛布に包まり先に寝てしまう。

 普通、野営は交代で警戒するものらしいが、二人ではそれも大変だろうという事で、今夜は俺が一晩担当する事にした。


 俺なら三日や四日寝なくても平気だからな。




 師匠の寝息が聞こえてくる頃には、辺りは闇に覆われる。焚き火の灯りに照らされながら、座禅を組みリラックスしながら魔力操作を続ける。




 それに加え、普段から行っている調息から氣を練る事は、自然に並行して行えている事を確認する。


 魔力操作の訓練を始めた頃は、魔力と氣を混ぜようとすると魔力と氣がぶつかり合い、体の中で爆発しそうなくらい暴れまわっていたけど、ある瞬間から急に溶け合うように混じり合い、胸からの魔力と丹田からの氣を自然と合流させて全身を循環させる事が出来るようになった。


 満天の星の下、空を見上げ初めて観る夜空に、柄にもなく感動に打ち震える。


 思えば日本に居た頃、星空を見上げた事すらなかったな。


 知識にある星々とはまったく別の星空の下、自然界の氣と魔力を感じ、己の中に取り込み放出し、宇宙と一体になろうと瞑想を続ける。





 やがて空が明るくなり始めた頃、師匠が起き出した。


「おはよう師匠」

「なんだい。交代はよかったのかい?」

「ああ、俺の体は特別だからな。数日寝なくても平気なんだ」

「ふーん、ならいいが。……それよりも、驚いたね。一晩で魔力操作が淀みなくスムーズに出来ているじゃないか。しかも、それだけじゃないね」


 伸びをしながら俺を見て師匠がそれに気付いた。


「うん、魔力と氣、いや、オーラか、それを混ぜ合わせて循環させて練り込む練習をしてたら出来たんだ」

「……出来たんだって」


 師匠が驚きのあまりポカンとしている。出来たんだから仕方ない。少しずつ混ぜ込むと上手くいったんだ。


「そ、それで効果とかは解るのかい?」

「うーん、そうだな」


 俺はその場に立ち上がり、魔力とオーラを維持したまま体を動かしてみる。


 先ずは魔力だけを循環させる。


 この状態で、練り込む魔力を増やせば身体強化だと師匠に教わった。


 その効果は怖くなる程で、不用意に踏み込んだ一歩で地面が爆ぜた。


「ウワッ!?」


 もともとナノマシンの所為で、人外の身体能力を保つ俺をして怖くなるレベルに身体能力が向上するのが分かった。


「こ、これは、馴れないと危ないな」

「普通は熟練の戦士でもなけりゃ、そこまでの身体強化は出来ないよ。シュートの魔力量の多さと魔力操作が既にその域に至っている証拠だよ」


 褒められ馴れていないので恥ずかしくなるが、嫌な気分にはならない。褒められるのは嬉しいもんだな。


「次はオーラだけで強化してごらん」

「了解」


 師匠の指示に従いオーラを練り込む。


 日本に居た頃よりも遥かに強くオーラが身体を巡るのが分かる。


 体を動かしてみると、魔力による身体強化よりもだいぶ控えめだが、これは日本に居た頃から慣れ親しんだ感覚が強くなっただけなので、それ程戸惑いはなかった。


「魔力による身体強化よりは控えめだけど、これはこれで良い感じだな」

「じゃあ、次は魔力とオーラを併せてごらん。慎重に気を付けるんだよ」

「了解」


 一旦、オーラを平時に練り込む量へと戻し、魔力を少しずつ循環させる。


 これだけでも身体能力が上がってる感じがはっきりと分かる。


 精神を集中させ循環させる魔力とオーラを一気に上げる。


「ハッ!」


 身体に収まりきれなかった魔力とオーラが、俺の身体から溢れ出し、物理的な現象となって樹々を揺らし落ち葉を舞い上げた。


「ス、ストップ! ストップだ!」


 師匠の制止の言葉で我にかえって魔力とオーラをアイドリング状態へと戻す。


「これはとんでもないな。魔力だけ、オーラだけの強化を単純に足した強さではないな」

「ふぅ、そうだな。少なくても倍以上って感じかな。それよりちょっと疲れた」


 激しい疲労って訳じゃないけど、全力での身体強化は疲れるな。


「まぁ、人は全力を出し続けるなんて無理なんだから当たり前さ。それでも全力に近い力を出し続ける時間は長く出来る。日々修行だね」

「それもそうか」


 考えてみれば当たり前の話で、100メートル走のスピードでマラソンの距離は走れない。


 それでも毎日鍛錬を続ける事で、全力での身体強化継続時間は増えると言うので、師匠により毎日続ける事を課された。


「シュートは、気が付いているか分からないが、これは単純に力が強くなったり、頑丈になるだけじゃない。反射神経や思考速度も強化されている」

「まぁそうじゃなければ、上がった自分の能力に振り回されるだけだもんな」

「それでも最初は徐々に馴らす必要があるがな」

「それもそうか」


 俺の場合、元々ナノマシンのお陰で、思考速度や反応速度は既に人外の域に至っている。その所為で、この徐々に体を馴らすという作業は経験済みだったりする。


「シュート、朝飯食べたら出発するぞ」

「了解だ、師匠」


 師匠のあいまいな記憶から、人里まではまだまだ掛かりそうだ。


 その間に、この世界の常識をしっかり学ばないとな。




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