出会い
目を開けると、目の前には一面緑の平原が広がっていた。
空は顔を上げると眩しくて、思わず目を細めてしまう程の快晴である。
背後には青々とした森が広がっている。
ピクニックでもしたら、さぞ気持ちが良いだろうといったのロケーションである。
しかし、今は散歩などしている場合ではない。俺は、ついさっきまで、女神を語る関西弁の女の子に異世界に行って更生してこいと言われて今ここにいる。
という事はつまり、ここは我が愛しの故郷、日本ではなく、全く知りもしない異世界であるということだ。
そんな未知の世界に、部屋着の半袖に薄いジャージの長ズボンだけを身につけた、男が一人ポツンと佇んでいる。
「さて、これからどうするか」
頭を掻きながら説明不足の女神に対して、
……少し気が晴れた気がする。
その時、背後の森から葉が揺れる音が聞こえた。
「こんなとこで何してるんだ?」
突然、後ろからの野太い声に驚き、中指を立てたまま振り返ると、そこには屈強そうな、ガッシリとした体つきで髭がよく似合う、見た目30歳ぐらいの男が立っていた。
………………血がべったりと付いたナイフを手に持って。
数瞬、沈黙が流れる。先に動き出したのは俺だった。
「なんでもしますから、命だけは勘弁してください。」
流れるように膝をつき土下座へと移行。
怖い!怖いよ異世界!
男は俺の突然の懇願に驚いたように、
「すまんすまん、驚かせるつもりはなかったんだ。」
と、笑いながら手に持っているモノを俺に見せてきた。
「俺はコイツを森で狩ってただけだ。随分と暴れたから返り血で汚れちまったが、人殺しなんかじゃないから、安心しろ。」
顔を上げて男の手元を見てみると、ウサギがいた。
しかし、俺の知っているウサギとは明らかに違う。大きさがそもそも1.5m程ある。毛の色も鮮やかな紫色をしていた。
俺が初めてみる異世界の動物に言葉を失って呆然としていると、男が続ける。
「大丈夫か?つい同じクレナ教徒が祈りを捧げているように見て、声をかけてしまったが」
いかん。あまりに突然色々あったせいか意識を失くしていたかもしれん。
「すいません、驚いてしまって、もう大丈夫です」
これ以上、黙っているのも相手に悪いので返事をする。
………………てか今この人、なんかおかしな事言わなかった?
「あのー、今クレナ教徒って言いました?」
あまりにも気になったので聞いてみることにした。
そう、あろうことか異世界で初めて会った人間から、俺を異世界に送りつけた女神と同じ名前の宗教を聞かされた。
「ああ、言ったが、お前さんもクレナ教徒だろ?さっき祈りを捧げてたし」
男は不思議そうに首を傾げながら話す。
「祈り?」
俺の気の抜けた返事に、男は笑いながら、
「おいおいしっかりしてくれよ!あんな風に両手を上げて中指を立てるのは、クレナ様が生誕した時にされたとされるポーズで、クレナ教の祈りのポーズじゃないか。びっくりして記憶を無くしちまったか?」
………………言葉が出てこない。
俺は立ち上がって顔を両手で覆い、天を仰いだ。
そんなふざけた祈りのポーズがクレナ教とやらは、十中八九、俺を異世界に送りこんだ女神でふざけた態度と変な関西弁のクレナのことだろうと直感する。
……ツッコミどころが多すぎるだろ!
その間も男が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
もう考えるのも疲れた。どうにでもなれってんだ!
「いやー、すいません。僕、田舎からやってきたもんなんで、同じクレナ教徒の方と会えて感激しちゃいました。」
俺が突然、元気になって喋り出したので、男は少し驚いたようだが、すぐに気を取り直し、
「そうかそうか、この出会いもクレナ様のお導きかもな!何かの縁だ、すぐ近くのタートス村に俺の家があるから、このジブウサギでも食べて、ゆっくりしていくといい」
ジブウサギとはあのデカいウサギの名前だろうか。
そのウサギ食えるの?
しかし、村に連れていってくれるのはありがたい。
俺はクレナ教徒の男に着いていくことにした。
タートス村へ向かう道中、男が話し出す。
「そういえばまだ名乗ってなかったな、俺の名前はゴートだ。よろしくな!」
「俺はツガヤマ コウイチです。よろしくお願いします」
「おいおい、敬語なんていらないぞ。同じクレナ教徒じゃないか」
一緒にしないで欲しい。しかし今は話を合わせておこうか。
「じゃあ、改めてよろしくゴートさん」
「さんもいらねぇよ!コウイチは随分と礼儀正しいな」
ゴートはそう言いながら豪快にがははと笑う。
いい人なのは分かるのになぁ。なんでクレナ教なんぞに…
「ならゴート、俺田舎から出てきて世間の事に疎くてさ。色々質問してもいいかな?」
「おうよ。俺が答えられる事ならなんでも聞いてくれ」
異世界に来て初めて会った人がこの人で助かった。とにかく俺はこの世界のことを知らなさすぎる。まずは情報収集だ。
だがとりあえず今一番知りたいことは…
「クレナ様ってどんな神様なの?」
俺の質問にゴートは顔をしかめた。
「そんな事、クレナ教徒のお前さんなら知ってるだろ」
まあそう思いますよね。
「いやぁ、うちの親がクレナ教徒だったから俺もクレナ教なんだけど、俺が小さい頃に両親とも死んじゃってさ。村に他のクレナ教徒もいなかったから、さっきの祈りのポーズしか知らないんだよね」
もちろん嘘だが。
「そうだったのか。大変だったんだな」
俺の話を聞いて、ゴートは少し涙ぐんでいた。
この人、俺でも壺かなんか売りつけられそうだな。
「よし!俺がクレナ教がなんたるかを教えてやる」
ゴートの熱心な話は長かったので割愛するが、まとめると、クレナ教は極東から伝来した宗教で、信仰している人が少ないマイナーな宗教らしく、クレナは武の神様として崇められているらしい。(そのため武闘家などが多く信仰している)
その後は、ここがクエス王国という国の西の端に位置する場所だという事を教えてもらった所でタートス村に到着した。
村は高さ2メートル程はある、丸太を立てて縄で縛った壁に囲まれているようで、同じぐらいの高さの木製の門から中に入るらしい。門の前には門番らしき若い男が立っていた。
「おかえりゴートさん。狩りはどうだった?」
「おう、今日はいいジブウサギが獲れたぞ。しかも今日は珍しく、客人もいるぞ!」
どうも、獲物のコウイチです。と一礼。
「あはは、俺は門番のサクだ。なんにもない所だけど歓迎するよ。」
柵の中は思ったよりも広く、今入ってきた所の反対の柵は目を凝らしても見えず、緑の野原と小麦?と思われる物を育てている畑が広がっている中に、家がぽつぽつと建っている。
「なんで村にこんな柵に門番までいるんだ?」
畑と野原に挟まれた、土の道を歩きながらゴートに聞いてみる。
「まあこの辺はまだ平和だが、近くに森もあるし、いつ魔獣が出てくるか分からんからなぁ」
「魔獣!?」
俺の驚きの声にゴートも驚いた様子で、
「なんだ急に大声出して、魔獣ぐらい大なり小なりどこの森にもいるだろう」
魔獣って俺の想像しているような怪物で合ってるんだろうか。
「いやごめん、俺のいた所では魔獣なんて出てこなかったから」
「コウイチ、お前本当にどっから来たんだ?魔獣も出てこないなんて所、聞いたことないぞ」
日本っていう所なんですけど、知るわけないよなぁ。
俺が黙っていると、
「まぁ無理に詮索したりはしないさ。誰にでも知られたくない事の一つや二つ、あるもんだしな。さあ着いたぞ」
前を見ると小さな木造の家が立っていた。家の隣に木が一本立っていて、少し離れたところに、小屋が一つ立っているが、それ以外は特に目立つものは何もない。なんというか…
「今飾りっ気のない家だと思っただろう」
「い、いや?そんな事全然思わなかったよ?シンプルな感じでいいじゃないか」
「嘘つけ、顔に出てたぞ」
「………すいません」
「あっはっは、まぁこの辺のじゃ一番簡素な家なのは確かだから間違ってないがな。まぁ寝れさえすればどこも同じよ」
ゴートはそう言いながらドアを開けて中に入るように勧めた。
「おお」
家の中に入ってみると思ってみたよりいい家だと感じた。木造だからなのか、どこか暖かさが感じられて安心する。物は外と同じで生活するのに最低限の物しかないが、そこもまた味があるというか。
「案外いい家だろう?」
「だね」
「やっぱりコウイチは分かりやすくて面白いな」
すぐに飯を作るからくつろいでてくれと言い、ゴートはキッチンに向かった。
やっと一息つける。異世界に来たばかりで右も左も分からなかったが、人のいる村にこれて良かった。これからどうしていくか考えなければ。俺はボーッと外を眺めながら現状や将来についてぼんやりと思案する。そして気付く、
俺、無一文じゃね?
着てる服しか服もないし、そもそも家もないし、職もなし。これは俗に言う浮浪者という事では?
俺がお先真っ暗な事に絶望して、うんうん悩んでいると、声がかけられる。
「コウイチ、飯ができたぞ、食おう」
勧められるまま、テーブルにつき、出てきた料理を見る。シチュー?のようなクリーム色のスープとパンが置かれていた。このスープに入ってるのってさっきのデカいウサギの肉か?
「ほら、冷めちまうぞ、早く食え」
ゴートは先にシチューとパンを食べ始める。
少し抵抗があるが、シチューにスプーンを入れて一口啜る。
………美味い。めちゃくちゃ美味い。
俺は腹が減ってたこともあってか夢中でご飯を流し込む。
「おいおい、あんまり急いで食べると喉に詰まるぞ」
ゴートは少し嬉しそうに笑いながら俺が食うところを見ていた。
「これ美味いよ、すげー美味い」
気づくと、目から涙が一つ、また一つと
「おい、大丈夫か?」
「あれ、なんで泣いてんだろ俺、飯がうますぎて泣いてんのかな?」
俺は自分がなぜ泣いているのか説明できず、笑って誤魔化した。
「心配するな、お前さんにも色々あったんだろう。とりあえずはゆっくりしていくといい」
ゴートが優しく声をかけながら俺の肩を叩いてくれた。
後になって考えてみたが、俺は死んで、何も知らない世界に飛ばされ、これからどうすればいいかも分からないし、知り合いもいないこの世界で生きていく事に対しての不安が込み上げてきたんだと思う。
その日は疲れていたのか、ご飯を食べてゴートと少し話しているといつのまにか寝てしまった。
朝、目が覚めるとベッドの上だった。どうやらゴートはベッドのある二階まで俺を運んでくれたらしい。一階に降りてみるがゴートの姿は見当たらない。
辺りを見渡していると、外から物音が聞こえる。
外に出てみると、ゴートが斧で薪割りをしていた。
「おお、起きたかコウイチ。おはよう」
ゴートは昨日の事は無かったように話しかけてくれた。
「おはようゴート、昨日は急に泣いたりしてごめん」
「気にするな、その若さで知らない土地に一人で出てきて不安だったんだろう。気持ちは分かる。すぐに朝飯にしよう」
「なにか手伝う事ある?」
「薪割りはしたことあるか?」
「ないけど、やってみてもいい?」
「おお、じゃあ手伝ってもらおうかな」
その後は、薪割りのコツを教えてもらいながらやってみたり、朝ご飯の用意を手伝ったりして時間を過ごした。俺のおぼつかない手つきは、手伝いとは程遠かったろうし時間的にはロスになっているはずなのに、ゴートは優しく教えながら朝ごはんを作った。
「うん、美味いじゃないか!」
ゴートは俺が作った、ほぼスクランブルエッグになってしまった目玉焼きを食べながら褒めてくれた。
食事が終わり、ゆっくりとした時間が過ぎた後、ゴートが改まって尋ねてきた。
「コウイチ、お前さんこれからどうするかあてはあるのか?」
「実は俺無一文でさ、仕事を探そうと思うんだけどこの村で何か仕事あるかな?」
「そうか、そいつはいい、しかしこの村は基本みんな農家だし、人は今足りてるだろうなぁ。王都なら仕事もあるだろうが。」
どうやらこの村は日本と違い、少子化の波がきていないらしく、人手が十分だそうだ。
「ゴートさえ良ければ、俺に狩りの手伝いをさせてくれない?」
ゴートは顔を曇らせた。
「ふむ、確かに俺は一人でやってるし、手伝いがいればいくらか助かる部分はあるが、狩りは森に入ることになるし、命を落とす危険だってあるぞ?」
昨日、デカいウサギを見たり、魔獣の話を聞いたことで、この世界は危険が多い事は薄々気づいていた。しかし、それならなおのこと生き残る術を身に付けなければならない。
そしてなにより、俺みたいな人間に優しくしてくれたガジに少しでも恩返しがしたい。
「危険なのは分かってるつもりだよ。でもせめて一宿一飯の恩は返したいし、これから生き残る術を覚えたいんだ」
ゴートはしばらく考えるように黙り込んでしまった。やはり甘い考えだったか。
「分かった」
まさかの了承に驚いた。
「ほんとにいいの?」
「ああ、男の言葉だ、嘘はない。」
しかし、一瞬の間を置いて、
「ただし!一宿一飯の恩なんていらん。俺が勝手に泊めて飯を食わせただけだ。俺の為に働くなんて理由はいらん、生き残る術を身につけたいっていう、お前さん自身の為にやるんだ。」
嬉しくてまた泣きそうになってしまった。こんないい人が世の中にはいるんだなぁ。
「ありがとう!」
俺は頭を机にぶつけるぐらいの勢いで下げた。
「よし!そうと決まれば今日から忙しくなるぞ!容赦なくこき使うから覚悟しろよコウイチ!」
「分かった!なんでもやるから任せてよ!」
こうして俺はゴートの狩りの手伝いをすることになった。
―そしてあっという間に1年と半年の時が過ぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます