第2話 戦いを避けてはいられないから

 突出した魔力を持つ三人の候補者。

 火花を散らす少女たちの視界に、ナディアは入っていなかったのだ、そのときまでは。


(構図としては、セレーネ姉さまVSサンドラ姉さまVSアンゼルマ姉さまだったけど……。ここにきてまさかの三人の義姉VS私……に、なったと考えておいた方が良いよね。見逃してもらえるわけがない)


 三対一。

 圧倒的不利。

 しかも、事はそこまで単純ではない。


 候補者は四人だが、これまで目立って争っていたのは、ナディア以外の実質三人。

 その「次期聖女」に取り入る目的で、神殿が抱える強大な軍事力である神殿兵、並びに所属する僧侶たちは現在、三人のいずれかひとりにつく形で派閥を築いている。

 誰が聖女になるか決め手に欠ける状況が長く続いたせいで、神殿は見事に三つの勢力に分かれてしまっていたのだ。それが、目に見えるほど大きな亀裂となっているのは、少し距離を置いて見ていたナディアにはわかったが、手出しのできる状況になかった。


(聖女というのは神殿勢力の頂点。強大な魔力を駆使して奇跡を起こしながら、同時に絶対の統率力で人々を導く存在でなければいけない……。派閥を黙認して、組織が壊れていくままにしていてはいけない。姉さまたちは三人とも、一つの強い魔力を持ちながらも、他の二人にいずれかの能力で劣っているという弱点を抱えていた。けれどそれが条件的に同じで、拮抗していたがゆえに「自分が聖女に選ばれるかも」という思いを捨てきれず、他人に譲ることができなかった)


 そしてナディアはといえば、義姉たちの弱点とする能力よりはわずかに優位に立つ実力がありながらも、それだけ。

 秀でた能力がないがゆえに、敵うはずがないと、歯向かうこともなかった。

 その姿は、誰の目から見ても、戦線を下りていると判断されて仕方がないものだっただろう。

 だからこそ、ナディアの元には人が集まらなかった。


 我の強さで組織を壊すとすれば、統率者の器とは言えない。

 だがそれ以上に、能力の無さ故に求心力が無く人を引きつけることができないと言うのならば、人々の上にたどりつくことなど、出来はしない。


(神官長の今日のあの一言で、私は神殿勢力そのものを敵に回したかもしれない。姉さまたちが聖女になると信じていた人々がこの先、どう出てくるか……。簡単に手のひらを返し、私に取り入ってくるとは考えられない。むしろ一番ありえるのは、私を「排除」しようと動くこと。三人の姉さまとその勢力がそれぞれに、もしくは結託して)


 セレーネと別行動を取り、朝の農作業を終えたナディアは、畑の片隅に留まっていた。籠を地面に置き、膝を抱えて空を見上げる。

 理由を考えていた。

 神官長がなぜあのような発言をしたのか。


(怖い。姉さまたちが全員敵に回る。今まで姉さまたちを支援してきたひとたちも。私には何も無い。だけど……私に何も無いのは、私が候補者に選ばれながらも限界まで頑張ってこなかったからだ。姉さまたちが強いからじゃなく、私が出だしから気持ちで負けていたから。これは、私自身の問題)


 そんな自分が、聖女になんかなれるはずがないと、身を引くのはいかにも簡単だった。

 望めば候補者から下りることとてできるだろう。

 望むか?


(逃げるのはいつでもできた。でも、もしかしたら自分にも可能性がとどこかで夢を見て、ここに留まってきた。そのくせ、ひとと争うのは嫌だと、自分には野心が無いふりをして姉さまたちの妹に甘んじてきた。何から何まで、ずるくて弱い。それが私という人間)


 いま、その「もしかして」が目の前に差し出されても、自分で自分を認められない。自分は聖女にふさわしくないとよくわかっている。

 候補者に選ばれ、他の候補者同様に修行の日々を送ってきたのに、周囲から適性を疑われる状態になってしまったのは、誰のせいでもない。自分のせい。


 他の姉たちならば「聖女」に選ばれると聞いたら、「当然」と受け入れながら喜ぶだろう。

 ナディアのように、無様に戸惑ったりしないに違いない。

 そのくらい強い思いがあるからこそ、ナディアが選ばれると聞けば怒りを覚える。その背後につく人々も、たとえ実際にナディアが聖女となってもついてくることはないだろう。

 未来が、容易に想像がつく。


 ナディアは、ふーっと大きく息を吐き出した。

 よし、と声に出して立ち上がる。

 作業用の簡素な木綿の服についた細かな葉や土埃を手で払い、地面に置いていた籠を拾って背負う。


(自分を責めるのは楽だ。みんなに「お前なんかふさわしくない!」と言われたときに「私だってそう思ってます!」って言い逃れする。それはとても楽な生き方だ。そして真実、それは聖女にはふさわしくない人間そのものの姿)


 聖女になりたかった。

 聖女になれるというのなら、喜ぶべきことなのだ。

 ただし、名前だけ聖女になっても意味がない。その地位にふさわしいと自分で納得できるだけのことをしてからでなければ、選ばれても誰も幸せにできない。


 戦線離脱している場合ではない。

 戦いや争いを避けてばかりではいられないのだ。

 神官長の思惑、発言の意図や信ぴょう性はともかくとして、候補者としての本分を思い出し、選定の日まで努力を続けなければ。

 本気で聖女を目指している三人の姉たちと、真っ向からぶつかっていかなければ。


 心に決めて、歩き出した。


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