食人気質
@shoyumochitaro
第1話 死の淵より
割とよく聞く話なのだが、最近の若者は著しく集中力が切れやすいためエンタメにおいて「最初からクライマックス」である事は大切な要素らしい。
例えば音楽。長ったらしいイントロをバッサリ切って最初からノリノリなサビを盛り込む。そうすることで瞬く間に拡散され、若者の間に浸透しやすくなるそうだ。
例えば映画や小説。印象的なシーンを最初に持ってくることによって大きなインパクトを与え、たらたらした導入や汲み取られることの無い伏線は省くのがメジャーになりつつあるのだと言う。それを顕著に表しているのが流行りの異世界転生モノという訳だ。
これが人生においても同じことが言えるのであれば、腹をナイフで深々と突き刺されているこの状況はおよそインパクトに欠けるものではないだろう。
「...っ!?」
「死ねー!!このボケカスが!あんなやつ、あんなやつーうぉーー!!!っひーー!!」
完全にラリった目でこちらを見つめながら、何やら訳の分からない事を口走る男の前に、腹を刺された俺はただ崩れ落ちるしかなかった。
ありきたりな表現だが、まるでマグマでも吹き出しているかのように刺された傷口が熱い。完全に怒りの限界を迎えた時と言えば分かりやすいだろうか。頭が真っ白になり世界から耳鳴り以外の音が無くなる感覚。体はこわばり、思考すらままならない―
「ん!?ぎゃはははは!!気ッ持ちいい!?」
首をぐりんと曲げ、奇怪な動きで立ち去っていく彼を見る視界も、もういい加減ぼやけてきた。なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ...俺は何も悪くないのに。俺は何も悪くないのに!
「や、少年。このまま惨めに何のドラマティックも無く死ぬつもりかい?」
つか、つか。
もはや怒りと痛みの区別がつかなくなってきた俺の前に、ハイヒールを鳴らしながらひょいと人影が現れる。蛍光灯と月明かりだけが頼りの田舎道の中でしかし、彼女の姿ははっきりと捉えることが出来た。
「今、君は死にそうなほど痛くてどうしようも無い人生に幕を下ろそうとしている。しかも、あろうことか君の死因は『通り魔に刺された』ことだ。全く、不運としか言いようがない」
真っ黒なドレスに大きな丸メガネ、編み込みでカチューシャのような髪型を作っている。大袈裟なジェスチャーを交えて軽快に話すそんな彼女を、僕はただ黙って見つめるしかなかった。
うん?こいつもあの男とグルなのか?死に際まで俺をおちょくるのが目的なのか?そうじゃないならさっさと救急車や警察を「君、当たり前だが死にたくないだろう?」
彼女は思考を遮ってくるかのように俺に話しかけ続ける。
「死にたくないはずだ。どんなしょうもない人生を送っている平凡な人間でも、平凡にしょうもない死への恐怖を持っているはずだから。」
「うんうん。そこで!幸運な君には優しい私からプレゼントを贈ってやろう。さぁ、受け取りたまえ。」
そう言って女は俺の体を仰向けにさせるとナイフをずぶりと引き抜き、代わりに手刀のように指をピンと揃えた左手を傷口にぶち込んだ
「~~~〜〜〜!?!?!??!!」
あまりの痛さに悶絶する俺をよそに、まるで魔女が大鎌をかき混ぜるかのごとく内蔵を掻き回す。脳内麻薬が分泌されてきて感覚も麻痺してきた頃、それをずぼっと引き抜き、愛おしそうに俺の頬に血まみれの手を添えてきた。
「さあ、立ち上がって。今この瞬間から君は非凡人だ。悪を裁くヒーローだ。」
「な、何を言って...」
と。口に出したところでふと気がつく。腹の痛みも無ければ声が出ないほどの苦痛も消えている。驚いて上半身を浮かし、腹を確認してみると―
「嘘だろ、何が起こってるんだ...」
「うん、プレゼントをあげるって言っただろう?これはささやかな1つ目のプレゼントだ。」
着ていた白いロンTは真っ赤に染色されていたが、その穴から除く腹には傷ひとつ付いていなかった。ぺたぺたと触って確認してみても、傷もなければ痛みもなく、まるでただ赤い塗料をこぼしただけかのようだった。
「あぁ、プレゼントって言葉選びは妥当じゃなかったかもしれないな。これは交渉だ。見返りを求める贈り物さ。そんながめつい私からの2つ目の贈り物は、悪を捌く力だ。」
「悪を裁く―っていや、いや!まず、あなたは一体誰なんですか?どうして俺の、刺された腹の傷が塞がっているんですか?というかなんで手を突っ込んで...俺に何をしたんで「まずは私の話を聞きたまえ。」
芝居がかった態度とは裏腹に驚くほど冷ややかに窘められ、思わず息を飲む。威圧感が半端じゃなかった。
「全ての説明はやるべきことをやったあとだ。そして、どうか今から見せる荒唐無稽な現実を全て信じて黙って行動してくれ。それが全て終わったら1から100まで説明してやるから」
「はぁ...わかりました」
「うん、素直な子は好かれるぞ。まず物は試しだな。まずは右手にあるブロック塀に手形を付けるように押し込んでくれるか」
「こうですか?」
言われるがまま塀に手を当て、ぐっと力を込める。すると、少し触れただけで塀はがらがらと崩れ去ってしまった。豆腐を押し潰した程度の手応えしか無かったのだが...。地震が起きた時のビデオを見せてもらったことがあるが、正しくあんな感じに倒壊している。
「!」
「これが君に与えられた力...いや、私が君に与えた力だよ。怪力、とでも言えばいいのかな。名前がないってのも不便だから便宜上『
「勝てない暴力...」
正直、現実を受け止めきれているとは言い難い。あらゆる非現実が起きすぎていて、頭がおかしくなりそうだ。
「そして大事なのはここから。君にはこれからその力を使って悪人をぶっ殺して欲しいんだ!うん、大丈夫。その力を持った君なら何をされても平気だし、負けるなんてことは万に1つもありえない!だから心配することは何一つない」
「ぶっ殺...はぁ?何言ってるんですか、そんなことできるわけ無いでしょう!」
「ふうん?」
メガネの奥のまぶたがぴくりと動く。
「しかもそんなことをしたら俺が警察にお世話になることは明らかですし、第1に人を殺すなんてありえないです!」
「そこは心配しないで。君が殺してくれた悪人の後始末は私が誰にもバレないようにきっちりやるから。今は教えられないが、絶対にバレない方法があるんだ。それに、悪いことをした奴を懲らしめるのは正義のヒーローの仕事だろ?」
「そうは言っても...無理ですってば!そんな事を急に言われてハイそうですかって受け入れられると思いますか!?」
「あっそ。じゃあ死んだら?」
彼女はそう言っておもむろに俺に近づくと、腹に手を押し当ててそのまま発勁をかましてきた。
およそ人間、それも女の力とは思えない程の威力で吹っ飛ばされた俺は、わけも分からずブロック塀に叩きつけられた。衝撃で首が外れ、強制的に下を向かされる。そこから見えた腹にはおぞましい拳の跡が付いていた。
今日、俺の腹いじめられすぎじゃねえかな...
「!?」
直後、つかつかと歩み寄ってきた彼女がさっきのように俺に手を触れると、魔法のように痛みがスっと引いて傷も全快していた。
「生殺与奪の権を他人に握らせちゃいけないよ...もっとも、これでわかってくれたはずだがね。君には『やる』以外の選択肢なんて存在しないことが。」
「.........。」
俺の生死はこいつの手のひらの上―ということか。何が起こっているのかは本当によく分からないままだが、この女には逆らえないことだけはわかった。
だったら、やはりやるしかない。もはや逆らう気力は残っていなかった。どうせ失っていた命だ、今更どうなっても構わないさ。
「わかりました...。協力します、協力しますからこれだけはどうか約束してください。俺が従っている間は俺の命の保証をすることと、もう二度と俺の腹を痛めつけないこと。」
「もちろんだ。私だって好き好んで手駒を失うほど変わり者じゃない。...そして協力してくれてありがとう!私は嬉しいぞ!」
「それじゃまず手始めに、君のことをぶっ刺したクソ通り魔を懲らしめに行こうか。それが君の最初の仕事になるんだ―けど、今日はもう夜遅い。明日君の家に伺うとするよ。通り魔の彼の居場所や殺し方なんかもその時詳しく話そう。
「あ、そういう事なら俺の住所は「華森市御神町7-33、だろう?茶色い屋根の一戸建て、駐車スペースにはいつも銀のエクストレイルと水色の軽が停まっている。」
「!?何故それを...!」
「気にしても仕方が無いさ。おねーさんはなんでも知っている、ただそれだけだからね。」
彼女はそう言ってくるりと振り向き、俺の家とは反対方向に歩いて行く。
「それじゃまた明日。君の英雄譚が長編として綴られることを楽しみにしてるよ―中間尖クン。」
彼女が見えなくなってから、諸々の疲れがどっと押し寄せてくる。頭がパンクして情報がまとまらない。今日は寝るしか無さそうだ。
「ちくしょう、こうなったら俺が世界を正してやる―待ってろ悪人どもめ!!」
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