2話 帰宅後の選択

 部屋に到着した。

 リビングとキッチンとの境界がほとんどわからない間取り。

 つまりとても狭い部屋だということ。

 俺は床に敷かれた布団に体をゆだねる。

 いちいち毎回布団を出し入れするのが面倒くさいと思っているので、敷きっぱなしにしている。

 そのおかげでほんのわずかだけど時間に余裕と体力が温存できていた。

 一分未満、いやもっと短いけどその短時間ですら億劫おっくうに感じるほど、疲れて退屈な日々を送っている。

 布団の感触がとても心地いい。

 このまま眠りの世界に入り無を味わいそうだ。


 布団の上でごろごろしていると、その快適さから一瞬、楽園という言葉が頭によぎった。

 インターネットで出回ってる“楽園”の事が気になる。

 “楽園”が本当に怪しい類の物か、本物の安住の地かは自分が実際に確かめない限り分からない。

 そんなことを思いながら、近くに投げ捨ててあったビジネスリュックの中に眠らせていたスマートフォンヌを取り出す。

 なにも映し出されていない黒い画面には、窓から入ってきている夕日によって自分の顔が反射されて映っている。

 二十代前半に見える容姿で黒髪のショート。

 穏やかな目をしていて黒い瞳。

 真面目そうだけどいまいち覇気を感じられない雰囲気。

 大翔はると、そんな情けない顔でこっちを見つめないでくれ。

 そして何度も見かけていたけれど、見ないふりをしていた“楽園”のホームページに繋がるリンクを指で押していく。

 万が一本当に怪しい匂いを感じたのなら、すぐに閉じて忘れればいい。

 そして他の賢い人たちに混ざって“楽園”を正確性を上げた言葉でけなせばいいだけだ。


 スマートフォンヌの画面には様々の項目があり、とりあえず応募ページを押していく。

 表示が切り替わり、少し大きめな文字で文章が強調されている。


『日々の生活に疲れていませんか? 仕事に追われる人生のままでいいですか? そんな退屈で疲れる日々から逃れたいと思っていませんか? その悩み、私たちにお任せください。我々サイレダイスがその問題を解決いたします。費用は一切かかりません。まずは下記の注意事項を読んで、了承して頂けたなら情報を入力していってください。快適な人生が待っています。安定した生活を保障します』


 第一印象はとても警戒心を抱くものだった。

 しかしどうしたわけか、俺の思考と指が勝手に画面をスライドさせていき、注意事項を読ませようとしていた。


・親族との関係が希薄な方のみ応募可能です。

・スマートフォンヌなどの連絡手段が取れる機器の持ち込み禁止。または預からせてもらいます。

・既に充実した人生を送っている方は、応募は止めた方がいいです。


 他にもいろいろ書いてあったけど、とりあえず重要そうだと思った項目をしっかりと読んでいく。

 どれもこれも現代社会とズレた項目ばかりで、警戒心が強まる。

 普通ならここで引き返すタイミングだろう。

 面白い注意事項が書かれていて“楽園”に行けるとは到底思えなかったという話題を入手して、面白おかしく語る側に行ったほうが健全的だ。

 しかしこの時の俺はどうかしていたようで、さらに下の方に画面をスライドさせていき、個人情報を入力していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る