ラウグフ イズ エンド

!~よたみてい書

1話 楽園の誘い

「楽園なんてあるわけないだろ。みんな夢を見過ぎだよ」


 俺は会社のオフィスでスマートフォンヌ――長方形型の薄型携帯端末――をじっと眺めていた。

 お昼休憩の時間なのでこれは仕事をさぼっているうちに入らない。

 このことで他の社員にとがめられたら俺は今すぐに転職を考えようと思う。

 スマートフォンヌの画面には、インターネットに世界中の人々が自由に書き込んだ文章が映し出されている。

 世界中といっても、基本的に日本人以外は滅多に書き込まないけど。


 画面には何が書かれているかというと、“楽園”の話だ。

 “楽園”とは空想の話では無く、この国のどこかに快適な生活を送れる場所が存在し、“楽園”のホームページで参加したいと申請すれば誰でも安定した生活が出来るのだという。

 話を聞く限りでもどうも胡散臭く、どう考えたって騙されて楽園とは反対の地獄に落とされることは想像できる。

 なのでインターネットには憶測やけなす話題ばかりで、実体験した人の話はまったく無い。

 みんなもそれなりに賢いという証明だ。

 俺もみんなと同じく賢い人間だから、いや賢い人間だと思いたいからスマートフォンヌをビジネスリュックに仕舞いこむ。

 ちなみにリュックはデスクに備え付けたバッグハンガーに引っ掛けてあり、底が床に付かないように工夫している。

 床は綺麗に保たれているとは言えないので、出来れば直置きはしたくない。

 さらにビジネスリュックは取っ手が縦と横、二方向についてあり、デスクの高さが足りない時に調整して引っ掛けることも可能だ。

 スマートフォンヌを視界から無くしたら、目の前のパソコンモニターに視線を移し、作業を開始した。




 今日の仕事が終わったので、電動キックボード――搭載されたバッテリーの電力で車輪を動かす、ハンドル操作式の二輪車――で家に向かっていた。

 時速20kmの速度で道路を走っていく。

 中央を走るのは規則で禁止されているし、そもそも他の車に迷惑をかけるので路側帯、つまり道路の端を走行中だ。

 やや赤く染まった夕日が俺の体を照らしてくれる。

 仕事で疲れた体を風がねぎってくれた。

 誰も俺の事を心配してくれないけど、自然だけは俺の味方をしてくれる。

 そんな寂しい事を考えながら路上を走行していると、自分の部屋がある集合住宅の姿が眼前に現れた。

 静かに電動キックボードを走らせ続けていくと、建物が次第に大きくなっていき、俺のことを歓迎しているようだった。

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