第4話 欠陥品悪役令嬢の別れと旅立ち


 私はショートボブの長さになった髪を姿鏡で確認します。これはこれでいいですわ。頭が軽くなって、旅をするにはもってこいですわ。


 私は身なりを整えて、お父様の執務室に向かいます。その途中ですれ違う使用人たちが私をチラチラ見て、コソコソと話をしている姿が見えますが、そんなものは無視です。


 お父様の執務室の前まで来たので、深呼吸して扉をノックします。


 コンコンコンコン


「ヴィネーラエリスです」


『入りなさい』


 入室許可が得られたので、私はもう一度深呼吸をして扉を開けます。中にはお父様とお兄様が座り心地の良さそうなソファに座って私を待っていました。


「遅くなりまして、申し訳ございません」


「構わない。ヴィネーラ座りなさい」


 お父様に言われ、お父様の向かい側でお兄様の隣に腰を下ろします。


 正面を向きますと、天青色の髪に浅葱色の瞳に眉間にシワを寄せた40歳ぐらいのイケオジがいる。私から言えば、これぐらいの男性の方がキュンキュンきます。学院に通う貴族令息は若すぎて、全くときめかないのです。ちなみにシオンは私の鑑定さんによると30歳です。男性は30歳からが男性の魅力が出てくると思うのです。


 私は今回起こったことをお父様に報告をします。勘違いもやし王子にはきちんと訂正をして、公爵家から抗議を入れるとも言いましたので、お父様にきちんと王家から慰謝料をぶんどって欲しいとも言いました。


「ヴィネーラ。わかっているとは思うが、お前をこれ以上学院に通わすことはできない」


「父上!ヴィネーラは被害者です」


 やはり、そう言われると思いました。お兄様。それは誰もわかっていることでしょう。しかし、貴族というプライドがそれを許さないのでしょう。

 私はお父様に向かって頷きます。


「問題行動が多々見られるお前だが、引き取ってくれそうな者たちを幾人か目星をつけてある」


「父上!ヴィネーラは物ではありません」


「これはあの者をここで匿うと決めた時のヴィネーラとの契約だ。学院を卒業するまで自由にさせること。18歳までの11年間王都に危害や被害をもたらすモノを侵入させない結界を張ること。「え?」ジュビアの命日の日は晴天にすること。「は?」学院卒業後に結婚相手がいなければ、奇行が目立つヴィネーラでも嫁にと望む者がいれば、私の采配で結婚すること」


「···父上。3番目のことは何ですか?」


 お兄様が頭が痛いと言わんばかりに眉間を押さえています。


「ジュビアの命日は必ず雨が降るのだ」


 ええ、どうやらお母様は雨女だったらしく、何かイベントだという日には必ず雨が降っていたそうです。そのお母様の命日は毎年必ず雨が降るのです。ですから、私は前日の日から雨の中、上空の雲を移動させるために上空に強風を吹かせていたのです。それが雨の中、屋根の上で怪しい踊りをしていたことに繋がるのです。


「そうですか」


 お兄様はそれ以外言葉が出ないようです。


「それでは結界というのはなんですか?そんなものがあるとは聞いていませんよ」


 お兄様はお父様に問いかけますが、お父様は私の方に視線を向けます。なんですか?


「結界を張ったのはヴィネーラだ。レーヴェに説明をしなさい」


 レーヴェグラシエ・ザッフィーロ。これがお兄様のお名前になります。お兄様に説明ですか。それだと、言わなければならないことも出てくるのですが、それをお兄様に言うのでしょうか?


「ヴィネーラ。どちらにしろ、いずれ結界を解くつもりなのだろう?レーヴェも知っておく必要がある」


 お父様にそう言われれば、納得せざるを得ません。次期当主はお兄様なのですから。


「お兄様。結界を張るきっかけは、16年前の夜に起こった事件です。あのとき襲撃した犯人はわからなかったのですが、実は襲撃の夜のあとから屋敷を出ていくまでの間、夜に私の部屋に侵入され私は命を狙われ続けました」


 その言葉にお兄様は息を呑みます。あのときお兄様は毒を盛られ続けられましたが、夜襲はされていなかったようなのです。


「私は自分の周りに結界を張ってやり過ごしたのですが、そのとき誰があのとき襲撃を指示したか知ってしまったのです。しかし、誰にも話すことはありませんでした」


「いや、ヴィネが悪いわけじゃない。あのときは誰もまともではいられなかったんだ」


 お兄様が申し訳無い顔をしながら、答えます。そう、お父様もお兄様も周りの出来事に振り回されていたのでした。


「襲撃者の名はタルデクルム・グライヒュング。王弟タルデクルムでした。ですから、私は口をつぐむことにしたのです」


「王弟殿下が?しかし、王弟殿下は」


 お兄様は意味がわからないと、首を捻っています。きっと私を狙う理由がわからないのでしょう。3歳の私と王弟タルデクルムの接点などないのですから。


 私は私の目を指で差します。


「この目です。王家の血を濃く受け継いだ者に現れる【王の瞳】。あの16年前に王の瞳を持っていた者はお祖母様と国王陛下と私、そして王弟殿下でした」


 だから、王妃様直々に私を第一王子であった、モ···もやし王子の婚約者にとお声をかけたのです。


「もしかして、王弟殿下はヴィネが王位を継ぐと?それはありえないのでは?」


「いや、あのときは先王がまだ存命だった。先王は妹だった母上を盲愛していた。それに王女ビクトリアの幼少期にそっくりなヴィネーラを可愛がっていたから、もしあのとき次の王はヴィネーラの夫となるものだと先王が発言すれば、それは王命よりも上位の命令となっただろう」


 お父様が、当時の状況をお兄様に説明しました。先程言ったとおり、王の瞳を持つ者は4人。先代の国王陛下は金緑色の瞳でした。純粋に金色を帯びていたのは妹であったお祖母様だったのです。


「ヴィネが狙われていたのはわかりましたが、なぜそれが王都全体に結界を張ることになったのです?」


 まぁ、理由の一つはシオンのためでした。シオンに平穏な日常というものを送ってもらうために、悪意を持つ者が王都に入れないようにしたのです。ただ、これだけでは王都全体に結界を施す必要などありません。屋敷全体に結界を張ればいいことなのです。


「王弟タルデクルムの不審死。10年は経ちましたか?突如として、血の池と片方の目だけが残されて消えた事件です」


「ああ、学院に行っているときに噂になっていた事件だが、それがどうした?」


 私は立ち上がり、お父様の執務室の壁際にある本棚の中の分厚い本を開き、中をくり抜いて、まるで隠すように収められていた一冊の本を抜き取ります。これはいわゆる禁書と呼ばれるものです。その禁書の中程のページを開けてお兄様に差し出します。


「『流れ星への願い』?んー?『まずは自らの欲望をありのまま口に出します』?何だこれは」


 お兄様が意味がわからないと首を傾げています。私はそのページの最後を指し示します。


「『最後に自らの肉体が崩壊し新たな肉体が得られれば、成功です。ただし、数日から数年間は眠りにつきます』ますます意味がわからなくなってきたのだが?」


 お兄様の眉間にシワがよってしまいました。きっと理解に苦しんでいるのでしょう。


「ここには書かれていませんが、新たな肉体を得るということは、おそらくこれは人ならざるモノとの契約だと思われます。流れ星という言葉は闇におちたモノの意味合いだと取れます。

 私は王弟タルデクルムの不審死の話を聞いたとき、普通の力では私を殺せないと考えた王弟はこの禁書の内容を行ったのだと思いました。

 ですから、どこかに眠っている王弟を殺すために、王都全体に【王都に危害を被害をもたらすモノを侵入させない結界】を張りました。ですが、すでに侵入した者が意識を取り戻し、壮絶なる悪意を持ったとしたら、結界が侵入させないように結界が働くことでしょう。四方八方から結界がそのモノを排除しようと作動し、最終的には結界によって圧死をしたことでしょう」


 結界は自動で排除をすることを設定していたので、私には王弟が死んだどうかなんてわかりません。お父様との契約では多めに11年としましたが、王弟が不審死を遂げたのが夏の暑い日でした。今は雪が降る冬ですので、10年と半年が過ぎています。ですから禁書どおりだとすれば、王弟は生きてはいないと思いますが、念の為このことはお兄様に告げておかないといけないのでしょう。


「父上。それでは王弟殿下のために結界を張っていたと?」


 それはもう一つ理由があります!


「あ、お兄様。あとはお父様のお仕事を軽減させるためです。この国の宰相と国の裏のお仕事の両立は大変でしょう?王弟タルデクルムの所為でお父様の耳や目となる者たちが裏切ったでしょ?10年ぐらいあれば立て直せると思いましたの」


 そう、あの裏切り者たちの残りは全てお父様が始末されたようです。さて、一通りの説明が終わったので私は部屋に戻りましょうか。


「お父様。私はもう部屋に戻って構わないでしょうか?」


「ああ、後はこちらで処理をする」


 処理?処理ですか?まぁ、私にはもう関係のないことです。

 私は立ち上がり、お父様とお兄様に向かって頭を下げます。短くなった髪を視界に捉えながら心の中で『さようなら』と言葉にしました。



 部屋に戻って即行動きやすい服に着替えて、片っ端から部屋の物をリュックの型のカバンに詰め込んでいきます。背中に背負える大きさですが、私の部屋と同じぐらいの物が入るのです。流石私の【俺Tueee脳】。できた時には小躍りもしたくなりますよね。 


 大方詰め込んで、部屋がスッキリとしました。あとはグリースが寝ている長椅子ぐらいなものです。私はその寝ているグリースに近づきます。


「グリースさん。グリースさん。今から旅に出ようと思うのですが、長椅子をカバンにしまってもよろしいでしょうか?」


 すると今までプープーと寝息を立てていたブルーグレーの毛玉がもそもそと動き、青い目をパチリと開けました。


『なんや。えらい急やな』


 関西弁が猫型の毛玉から発せられました。いえ、これが妖精の言葉らしいのですが、私にはどうしても関西弁にしか聞こえないのです。そう、グリースはケットシーなのです。


 グリースはストッと床に降り立ち、すっくと後ろ足の二本で立ち上がります。


『その髪どないしたんや?』


「あら?似合いません?」


『いや、よー似おてるで。それで、紫の王子はんに振られたんか?』


「くすくす。振られてしまいました。仕方がないですね。私は欠陥品ですから。さて、行きましょうか」


 窓の外は猫の爪のような月が雲の隙間から沈んでいこうとしているのが見えます。私は外套を羽織り、フードを深々と被ります。そして、グリースを抱きかかえ、窓の外に飛び出しました。

 慣れたように庭に下り立ち·····あら?雪が積もってこれでは足跡がまるわかりになってしまいますわ。これではバレバレだと、屋敷の壁に足を掛け、壁を駆け上り、屋根の上を駆け抜けます。


 馬小屋の前にたどり着くとブラン爺がいつもとは違う幌の荷馬車に馬を繋いで待っていてくれました。


「あら?ブラン爺。こんな夜にどうしたのかしら?」


 私は白々しく聞いてみます。


「いやいや、お嬢様の足となるのがこの爺の勤め、お嬢様がお出かけするのであれば、準備を万全に整えるのが爺の仕事じゃからのぅ」


 クスクスと私は笑い。御者台に座ります。王都の閉門ぎりぎりに出ていくというのは、怪しいと言っているようなものなので、私は荷馬車の護衛の冒険者を装うのです。



 この案は門兵に何も疑問に思われず、スムーズに通ることができました。これで私はヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢ではなくただの“ヴィ”として生きていきましょう。


 旅をしている内に私の恋心も風化をしていくことでしょう。


『ちょっと聞いてええか?』


 雪が混じった風から身を守るためか、私の膝の上に陣取って外套から顔だけ出したグリースが聞いてきました。


『なんで、隠れとるんや?姫さん振ったんやさかいに、さっさと国に帰ればええやろ?』


 は?


 私の頭にはてなが飛んでいると、後ろの幌馬車の方に引っ張られ、中に連れ込まれてしまいました。床に当たると身構えたものの、たくましい体と腕に囲われ、タバコのニオイが鼻をくすぐります。


「ヴィ。俺を捨てて行くなんてひどいじゃないか」


 青と紫が混じった紺青こんじょう色の双眸が私を捉えていました。


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