003-8 夏堀 恵

「で、あんたはあれ聞いて……何とも思わないわけ?」

「いまさら過ぎる……」

 店を出た二人は、並んで帰路に着いていた。本来であれば別の道なのだが、秋濱が(一応)夏堀を送ろうとした結果、二人並んで歩くことに。

「あの店に入り込んだごろつきが姿を消した、なんて噂位は聞いてるよな?」

「聞いてはいるけど……要するにあんたら、見捨ててるくち?」

「じゃないと、こっちに飛び火するからな……」

 結局は我が身可愛さ、とばかりに秋濱はポケットに手を入れて首を振った。

「そりゃ、昔は正義の味方とかに憧れた時期もあったけどさ……善悪だけで、世の中割り切れるわけじゃないだろう?」

「さっきの話? まあ、ね……」

 夏堀も肩掛けの鞄を背負い直しながら、少しだけ目を細めている。

「別に加害者庇うわけじゃないけどさ、だからって被害者が泣き寝入りしていいわけじゃないのよね……こればっかりは難しいわ」

「そんなもんだよね……」

 すでに夜も更け、人気も何もあったものじゃない。それでも街灯が道を照らしている中を、二人は迷うことなく歩いていく。

「おまけに善悪の区別がついていない小学生の時とか……考え出したらきりがないわ」

「…………」

 黙り込んでいた秋濱はふと、ある言葉を漏らした。

「『綺麗事を守ることが案外、一番合理的だったりする』……」

「何それ?」

「『ブギーマンおたく』を『―――あの店』に紹介した『運び屋』の言葉。今なら何となく、分かる気がしてさ……」

 別に綺麗事全部が正しいわけではないし、人類全部が守っているわけではないだろう。しかし、平穏無事な生活を送るのであれば……その綺麗事・・・がまかり通っていることが前提条件となってくる。

 少なくとも……表社会陽の下を生きている内は。

「目先のことしか考えられないから、争いなんて起きるのかな……?」

「ついでに言うと……悪意に代わりかねない、適当な善意もね」

 抽冬が過去、同級生の少女に何をされたのかは、二人には分からない。しかし……今でも・・・思い出せる程度には嫌な過去だったのだと、それだけは理解できた。

「全員がその『運び屋』の言葉通りに生きていれば……平和なのかしらね」

「どうだろう……ところでさ、」

「何? また抱きたいの?」

「全然違う。二度と御免だ……絶対にだ!」

「そこまで言う……?」

 思わず指を動かす夏堀に、秋濱は一歩距離を置いた。それだけで何が原因なのかを理解したのか、腕を組んで何度か頷いている。

「別に抱いた位で惚れた腫れたする程、あんたも子供や童貞じゃないでしょう?」

「違うけど、お付き合いした女性全てに『何か違う』と言われて振られ続けたから……孤独ひとりに耐えきれなくなると、思わず関係持ちたくなるんだよ! 正直お前みたいなのでもっ!」

「……それで私が『付き合いましょう』とか言うと思う?」

「こっちが思いたくないんだよ、どんな二択だっ!?」

 男にも選ぶ権利があると主張する秋濱に、女が身体許したんだから少しはほだされろと睨み付けてくる夏堀。


 ただ、二人はこれからも……抽冬がバーテンをやっているバー『Alter』へと通い、何度も顔を合わせることになるのは、間違いなかった。

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