副業犯罪者達の夜

桐生彩音

SEASON1

000 抽冬 淳

 まだ三十代にも関わらず、四十代程に老けて見えるのは、二十代で無駄な苦労をしてきたからだろうか。

 新卒後に入社したのがブラック企業であり、また労働環境それが原因で倒産。失業した抽冬ぬくとうじゅんの居場所は、どこにも存在しない。

 不幸中の幸いというべきか、みなしとはいえ、使う暇も余裕もなかった残業代で、通帳の残高はかなりの額が記載されている。しばらくは適当に飲み歩きながら、今後の身の振り方を考えよう。

 特に目的もなく、ただ茫然と過ごしていた抽冬がある人物と出会ったのは、偶然か運命か……とにかく、何をすればいいのかが分からなかった当時は、ある意味救いとも言えた。

 金銭、ではなく……精神の問題で。




「さて、と……」

 失業中に出会った人物の部下として、今の抽冬は古びた五階建てビルの二階に住み、地下一階の店舗で働いている。

 その店舗はよくあるバーで、『ギャングの隠れ家ハイドアウト』と呼ばれる扉がビルの一階外側にある。中に入ればすぐに階段があり、そこを降りればバーカウンターの前に到着する。

 抽冬は今、そのカウンターの中で、開店の準備をしていた。

 棚に通り一遍の酒瓶を並べ立ててはいるものの、それが店の売りではない。とにかく、バーのようなもの・・・・・として、体裁を保てればいいのだ。

『バーの利益は求めていない』

 それが抽冬の雇い主で、この店のオーナーの意向だった。だから流行りのSNSにアカウントを作るどころか、グルメサイトに登録すらしていない。なので一般人が、偶々この店を訪れることは、滅多になかった。

 かといって、商売に手を抜いていいわけではない。開店した当初こそ、オーナーの仕事の『受付担当』だったが、今では依頼の有無に関わらず、抽冬が営業するバーにも客が来るようになった。

 最初はオーナーの昔馴染み、次はその関係者、そしてまたその関係者へと、人脈は徐々に広がっていく。

 ただ、偶然か運命かは分からないが、皮肉にもその関係者には、面白い人物が常連となり、この店に通ってきている。

 ……抽冬にとっては、面白くも何もない話ではあるのだが。

「ビールは……大丈夫そうだな」

 一通りの酒瓶があるとは言っても、注文が多いのはビールだった。

 いや、抽冬の腕前を知っている為か、酒精の・・・注文のほとんどが、ビールだったりする。

「じゃあ、今日も……真面目に働きますか」


『綺麗事を守ることが案外、一番合理的だったりする』


 客の一人が言っていた言葉だが、残念なことに……その人物はオーナーの昔馴染みであり、抽冬の関係者ではなかった。

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