第15話 タクシー

 少しの不安は成功のアクセントとなります! だったか。

 高校の頃から彼女がよく口にしていた言葉だ。


 布団にくるまって夢現のなか昔を思い出していた。


 学校での彼女がどんな立場だったのかなんて、思い出すまでもない事。

 彼女がそれによって何をされていたかだなんて、思い出すまでもない事。


 だったら何があるか。


 それこそ、本当に思い出すまでもない、クソほどどうでもいい事。

 二人で金魚にいたずらをしたり。

 先生を「かわいい」とおちょくったり。

 斎藤先生元気かな。


 私を含めてあいつは不思議な女だった。


 体育館倉庫。

 生徒指導室。

 食堂。

 図書室。

 多目的ホール。


 今思えばどれも刺激的だった。

 今回もそんな立ち位置になるのだろうか。

 今だって十分刺激的だけど。


 いっそ、みんないなくなれば解決なのに。



 多分私は人を殺してもなんとも思わないと思う。

 殺される場合は別だけど。

 いや語弊があるかもしれない。


 時間が経てばどうでもよくなる。

 この方がしっくりくると思う。


 だからきっと大丈夫だ。


 私は寝返りを打つ。

 その時に先の体に触れて「静電気バチン」となった。


 しばらく指の先を触ったりして眠気を覚ます。

 そろそろかと思ったので隣で寝ている咲を起こさないようにゆっくりと状態を上げた。


 相変わらずの部屋だった。

 変わった点と言えば窓の枠の部分にテープが張られていた跡がついているくらいで、特に変わったものは無く、床に一つだけからのペットボトルが落ちているだけだった。


 埃なんてものは無い、防音で、木造で、本棚がある。

 たったそれだけのどこにでもあるような、ただの部屋。

 少しだけ申し訳ない気持ちになって来た。


 ベットから降りるとペットボトルが足に当って少し転がっていった。

 壁にぶつかり、止まった。


 私はライターを右手にリビングへと静かに降りて行った。


 中央にある木製の綺麗なテーブルの上にはお菓子が置いてあった。

 私はそれを一つつまんで口の中に入れた。

 砂糖の味がする。

 甘い。


 ソファの下に手を伸ばした。

 鍵を見つけると、手に取って貞操帯を外してその場に捨てた。

 トイレに行き用を足した。


 外へ出た。


 私の靴がいくつかあるのは彼女が私の家からとって来たものらしい。

 鍵を花瓶の下に隠すというのは危険なことだとそれを知った時、自身の愚かさを痛感した。


 やけに湿度が高い。

 冬のくせに珍しいものだ。

 無駄にデカい家だ。

 ひとりで暮らすには大きすぎる。


 そんなことを思いつつ、私はあの人に電話をかけた。

 何度かのコールののち、彼女につながった「もしもし準備できました?」それが彼女の第一声だった。


「もちろん、もう、完璧に整ったよ」


「私ももうすぐその場へ到着する予定です。カップラーメンが出来るくらいの時間でつきますよ」


 私は「あぁ、わかった、ありがとう」と言って電話を切った。


 もう少し厚着してきた方が良かったのかもしれないな。

 でも、どうせすぐ温かくなる。


 私はそう思いながら右手に持っているライターで家に火をつけた。


 初めは小さかったそれは徐々に大きくなると思っていたが途中で消えてしまった。

 近くから枯れ葉や小さな枝を取ってきてそれどうにかならないかと試してみた。


 火は徐々に大きくなっていき私では消化できないであろう大きさまでいった。


 赤くてきれい。

 そんなちんけな感想が浮かんでくる。

 ふと近くにある金属製の手すりか何かに目がいった。


 笑っていた。


 ーーーーーーー


 流行りの曲だかなにだかわからないが、それっぽい音楽が流れる車内。

 暖房が効いた暖かい車内で、彼女からもらったコーヒーを飲みつつ外を眺めていた。


「お疲れ様です」


 彼女はそういって少し笑った。


「まさかタクシーの運転手もやっているとはな、バスの運転手とタクシーのって珍しいな」


「そうですか? 私くらいになると、なんだってやれるってことですね」


 私は「そんな褒めたつもりはないけど」と言いつつも、内心凄いと思っているがバレて少しどきりとした。


「高校の時花火好きでしたよね」


「まあ、好きだったね」


「どうしてですか?」


「どうしてだろう、綺麗だからとしか言いようがないよ」


「そうですか、これから行く当てはありますか?」


「そうだね……自宅には帰れなさそうだね、とりあえず避難させてもらっていい?」


「ふふ、聞くまでもありませんでしたね、もちろんいいですよ」


 しばらく、うとうとしながら車の心地よいエンジン音と振動でゆったりとしていた。


「どうして、そんなに笑っているんですか?」


 不意にそんな質問をされた。


「どうしてだろう」


「そういうことですか、ポエマーになれるといいですね」


「あぁ、うん」


 その後はお互い無言のまま彼女の家に着いた。


 どうやらついたらしい。

 歪んだ視界とふらふらする足で何とか車の扉を開けた。

 眠い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る