地下アイドルの女オタの私が間違って異世界転移したので、アイドル活動はじめました!~ヲタ芸は世界を救うってそれマジですか!?~

小田牧さつき

プロローグ

 アイドル…それは暗闇を照らす太陽。


 迷える子羊を正しい道へと導く先導者。


 「それじゃあラストの曲! 行っくよー!」


 『美咲は皆のお姫様! イェス! タイガー! ファイアー! サイバー!……』


 そう、美咲は私のお姫様で太陽で、そして女神様だ。




 太陽が沈み、街が昼間の喧騒とはまた違うネオンの賑やかさを見せる頃、私達の『一仕事』も終わる。そのライブハウスのラウンジには皆似たり寄ったりなオタク風な男達がそれぞれ思い思いの場所でドリンクを飲んだり、スマホでSNSをチェックしたりしていた。 


 「いやぁ、今宵のみさぽは一段と気合が入ってましたな~」


 「なんてったって、我らが“ぶるーみんぐ!”の結成三周年記念ライブでしたからな」


 自らの熱気で雲った眼鏡を、首にかけた“みさぽ最推し”と書かれたライブグッズのタオルで拭きながら、ふくよかな男は言った。


 「でも皆さんの声援も今日は一段と出てましたよ! みさぽも嬉しそうにしてました!」


 “みさぽ”とは私、山崎紅葉やまざき くれはが追いかけている今売り出し中の地下アイドル“ぶるーみんぐ!”のメンバーにして絶対的センターポジションを誇るスーパーウルトラキューティーファビュラスガールだ。


 「紅葉殿今日チェキ何枚撮りましたか?」


 のっぽで痩せ型のこれまた眼鏡の男がコップの中の氷を執拗にストローで追い掛け回しながら言う。


 「今日は三周年記念でしたからね、三十枚撮りましたよ」

 私は二人に右手の指を三本立てて見せた。


 チェキとは撮ったその場でプリントされるインスタントカメラの事で、悲しいかな、客の少ない地下アイドルにはこういったファンサービスが付き物だ。ちなみに一回千円也。


 そう、絶賛売り出し中といっても“ぶるーみんぐ!”のファンはそう多くない。今日も百人規模のライブハウスの中は満員御礼とまでは言えない。その中でも私の存在は目立つのだろう。男オタの中に混じる、女オタは。


 「いいですなぁ紅葉殿は。今日もみさぽにファンサ貰ってましたな」


 「いやいや、たまたまですよ、たまたま」


 紅一点だからか、たまにこういう嫌味を言われる。だが、普段上司にこの何倍ものキツイ嫌味を受けている私にとって、なんのダメージもない。“たまたま”とは言ったものの、多分美咲も私を特別に感じているのではないか、と思うこんなエピソードがある。




 私が“ぶるーみんぐ!”に出会ったのは今から二年程前。短大卒業後、なあなあで入ったややブラック企業で、ただ若い時間を労働に消費していた頃。何故かその日は定時で上がれてウキウキで帰宅していた時だった。美咲がライブハウスの前でビラを配っているのに遭遇した。言っておくが私は女性を恋愛対象とは見ていないしその気も全くないが、その時は何か雷に打たれたような衝撃を受けた。無視されてもめげずに一所懸命笑顔でビラを配り続ける美咲は、キラキラと輝いて見えたのだ。私は差し出されるがままにビラを受け取るとそのままフラフラと吸い込まれるようにライブハウスに入った。


 そこは今まで見た事がない世界が広がっていた。むせ返る様な熱気と歓声が渦巻くフロアで男ばかりが五十人程、ステージ上で歌い踊る女の子たちに向かい光る棒を振り雄叫びを上げていた。


 前のグループがパフォーマンスを終えると波が引くように先程まで踊り狂っていた男たちがいなくなり、ステージ前には三、四人、揃いのピンクの半被を着た男たちが次のグループの登場を今か今かと待っていた。


 幕が引かれ、ステージ上に現れたグループにはあのチラシを手渡してくれた女の子がいた。安っぽいサテン生地の揃いの衣装、あどけなさ残る顔に少し不釣り合いなメイク、決して上手いとは言えない歌とダンス。けれど私の目はもう彼女たちに、いや、彼女に釘付けになっていた。彼女はダンスの最中フロアにいた私に気付くと笑顔で手を振ってくれた。私は日頃の疲労やストレスも忘れ、いつの間にかフロアの最前列でステージに向かい必死に腕を振り上げ大きな声で応援していた。それが私の、現場デビューだった。


 その後、物販コーナーで彼女手売りのCDを何枚か買い、仕事がしんどい事、今日はたまたま定時で上がれた事など彼女に話した。彼女はただニコニコと笑って私の話しを聞いてくれ、そして一言、


 「お仕事お疲れ様」


 そう笑って私の手を握ってくれたのだ。私はその美しく咲き誇る笑顔に「私はあなたを一生推していきます」と誓った。彼女は「初めての女の子のファンだ」と喜んでいた。


 そんなワケで私は今日も、仕事のバッグにピンクの半被とペンライト(美咲のイメージカラーのピンク)を忍ばせ上司の嫌味を華麗に聞き流し定時で上がり現場へと赴くのだった。




 今日はいつものライブパフォーマンスとは違い、CD発売記念の握手会である。一枚買うと一枚握手券が付いてくるので、金を持っているオタクは財力を振りかざし推しのレーンを何周もする。


 例にもれず私も最推しである美咲のレーンを五周目、ふと、私の握手する手に添えてられている美咲の左手の甲に痣の様なものがあるのに気付いた。


 「みさぽ、手、どうしたの?」


 「え? あ、ホントだー。気付かなかった。どこかでぶつけちゃったかな?」


 「みさぽはそそっかしいからなー。私がおまじないかけてあげるね。痛いの痛いのー私に飛んでこーい!」


 言葉に合わせてみさぽの手の甲をさすりそのままパクリと食べる仕草をする。


 「ありがとー! 痛くなくなった!」


 左手をひらひらとさせながら笑う美咲に


 「またねー」


 と言ってブースを出ようとした時、ふと先程まであった美咲の左手の甲の痣が消えているように見えた。


 「あれ?」


 「どうしたの? 忘れ物?」


 「あ、ううん……なんでもない! 今日はこれでバイバイ!」


 そう言って美咲のブースを後にする。いつもならあと五周はするはずだが、今回はアパートの更新がある為思うように金を推し活動に注ぐ事ができない。ごめんね、みさぽ……不甲斐ないオタで……。一カ月もやし生活でもみさぽに貢ぐ為なら我慢はできるが、さすがに住む所がなくなるのはまずい。しっかりと地に足を付けてみさぽを支えて行かなければ。


 握手会の会場であるライブハウスを後にして、駅へと続く外灯があまりない通りを今日の出来事を反芻しニヤニヤしながらのんびり歩いている時、


 『女神の加護を受ける者よ…』


 頭の中で、男性とも女性ともとれる声が響き、その瞬間足元がぐにゃりと歪み、私は悲鳴すら上げられずに眩い光へと落ちていった。

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