第48話 元首の養女
シャルには何も聞けないまま、日々が過ぎていく。私は相変わらず、授業に出て勉強をがんばっている。
時々、バトラール先生に特別授業をお願いしている。これはカレクサさんを通じて頼んだのだけど、図書室にある閲覧禁止の本をこっそり見せてもらっているのだ。主に、たくさんの数字が並ぶ聖女の呪文の本を見せてもらっている。初めは面倒くさがってた先生だけど、私が数字を覚えるのが早いので、面白がって禁書まで見せてくれた。
図書室での特別授業の後は、サークルでイザベラレッスンを受けて、寮ではシャルと魔力のやりとりをする。同じような日々が過ぎていく。私は成長できてるのかな?
「精霊遠足の場所が変更になった」
いつものようにイザベラと並んで座り、予習をしていると、バトラール先生が教室に入ってくるなり言った。
なんだか不機嫌そうな顔をしている。何だろう、嫌な予感。
「今年の2年生だけは、国家元首の官邸見学が許可されるそうだ」
例年、精霊遠足は近くの湖で行われる。精霊と一緒にバーベキューしたり、ボートに乗ったり、平和で楽しいイベントだそうだ。でも、今年は元首官邸? バトラール先生も納得できないって顔をしている。
「まあ、そういうことだ。契約精霊にも周知しておけ」
この話はこれで終わりといつもの授業が始まった。
「元首官邸?」
部屋で帰りを待っていてくれたシャルに告げると、さっと微笑みが消えた。金色の瞳が陰る。
「ごめん。僕は行けない」
なぜ? どうして? そう聞きたかったけれど、シャルは何も言わずに、私をぎゅうっと強く抱きしめた。
どうして、何も教えてくれないの。
聞く勇気はなかった。
ただ、シャルの強い抱擁を静かに受け止めた。
その夜は、シャルがいつもより早く精霊界に帰ったので、私は一人で勉強部屋に入った。壁掛け時計の裏に隠してある鍵を取り出す。机の引き出しを開けて、中から『重要機密・取扱注意!!』と大きくマジックで書かれたファイルを取って机に広げた。
舞踏会前にシリイさんに見せられたリヴァンデール同盟国の主要人物個人情報ファイルだ。写しを取ることをシリイさんは最初は許可してくれなかったけれど、舞踏会当日に私の侍女役が仕事をしなかったせいでワインをかけられた話をしたら、しぶしぶもらえた。
シリイさん、あんまりできる女じゃないかも。
一枚ずつじっくり目を通す。
ああ、これが数字だったらすぐ覚えられるのに、人の顔や名前を覚えるのはものすごく苦手だ。
「あった」
やっと見つけて、思わず声に出してしまった。
しっかりとメイクした顔で、ぎこちなく笑っているピンクの髪の女の人。舞踏会でシャルと密会して、抱き付いていた女だ。
ペインリー・ゼーンズフト(18歳)
国家元首シュテルベン・ゼーンズフトの養女
母親はアンナ 精霊王の後宮聖女 死亡
父親は不明
聖力なし
「父親は不明」
この言葉が色々と物語っている。
精霊と人間は結婚できるけど、子供はできない。
種族が違うので、仕方がないそうだ。
召喚された聖女は、この世界の人間と結婚して子供を産むこともある。ただ、決して聖力は引き継がれない。
ペインリーさんの母親は後宮にいたけれど、他の人間との間に子供を作ったんだ。婚外子を産んだってことになる。
嫌な言葉。私自身もそうだったけど、複雑な生い立ち。シャルはそれに同情しているの?
嫌な考えで頭がいっぱいになりそうだったので、ファイルを閉じて、部屋から出た。こういう時はシリイさんに話を聞いてもらおう、と管理人室に行こうとしたけれど、思い直して、もう一度部屋に戻ってから、シャルにもらったお菓子の箱を持って出た。訪ねたのはイザベラの部屋だ。
「まあ! カナデさん! こんな時間にどうしたの? いいわ、入ってちょうだい」
イザベラはお風呂上がりだったのか、ゆったりしたバスローブを着ていた。化粧をしてない顔を初めて見たけれど、優し気な顔をしている。メイクしない方がきれいなんじゃない?
「それで、いったいどうしたの? あっ、ただ遊びに来たかっただけだとしても、苦情は言わないであげるわよ、もちろん」
イザベラの部屋は、品の良い木製の家具で統一されている。ゆったり落ち着く部屋。私の黄金の装飾だらけの成金部屋とは大違いだ。
勧められるまま、良い香りのする紅茶を飲む。
ああ、くつろぐ。イザベラの部屋で、こんなにリラックスできるなんて、1年前の自分は絶対に信じなかっただろうな。
私は、ぽつぽつと舞踏会であった出来事を語った。
シャルがずっと側にいなかったこと。一人ぼっちだったこと。後宮の聖女に意地悪をされて、ワインをかけられそうになったこと。第一王子のひどい提案。シャルとピンクの髪の女性との会話を盗み聞きしたこと。せっかくダンスのレッスンをしてもらったのに、一度も踊っていないこと。
ほとんど、全部、愚痴だ。グチグチ。ああ、私は嫌なやつ。
「ひどいですわね、あの金髪精霊。支給品の指輪を渡すにとどまらず、ファーストダンスの義務さえも放棄して、他の女と密会ですって!」
イザベラが緑の瞳に怒りをたぎらせた。
「でも、シャルは仕事だって言ってた」
「おほほほほ、仕事、仕事。男性が浮気するときの口癖のようなものですわ。そうやって、おとなしい女は騙されるのよ。わたくしのように」
イザベラがおとなしい女っていうのは違うと思うけど、シャルにも事情があるんだろうって説明しておく。
「それで、あのピンクの人は国家元首の養女なんだって」
あ、個人情報言っちゃった。こうやって、少しの油断から、個人情報は漏れだしちゃうんだよね。でも、たぶんこんな情報は私たち聖女が知らないだけで、上級市民ならみんな知ってると思う。精霊王の後宮聖女の娘なんて、一大スキャンダルだから。
「もしかして、精霊遠足が元首の官邸になったのは、私のせいかもしれない」
ピンクの女性は、私とシャルの婚約を認めないって言っていた。もし、そのために遠足の場所を変えたのだとしたら、嫌がらせとかされるのかも。でも、そのことで、クラスメイトが楽しみにしていた湖での遠足が変更になったとしたら、申し訳ないし、それに、許せない。
「国家元首ゼーンスフト家には息子が2人と娘が3人いるわね。長男は議員として活躍して、次男は元首の秘書をしているわ。3人の娘のうち、長女は同じ政党の議員に嫁いでいて、三女はまだ、幼い子供ね。きっとそのピンクの女はあまり表に出てこない次女ね。あの家系はみんな水色の髪と目が特徴だから、ピンク色だと養女とすぐにわかるわね」
イザベラの口から主要人物の家族構成がスラスラ出てくる。もしかして、全部調べて、暗記してるの? うわっ、もう、こういう人こそ、王子の婚約者にふさわしいんじゃない。わたし、努力が全然足りてなかったんだ。
せっかく、個人情報ファイルを手に入れたのに、今まで変な罪悪感から、鍵の付いた引き出しにしまい込んで、見ようともしなかったから。
ああ、自己嫌悪だよ。もっとがんばらなきゃ。
「いいですわ。カナデさん、精霊遠足ではわたくしの側にいなさい。婚約者がいる相手にすり寄る女なんて、絶対に許さなくてよ」
頼りになるイザベラ。年下だけど、おねえさまと呼びたくなった。
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