第43話 精霊舞踏会
精霊舞踏会の会場は、人間界と精霊界の狭間にある。
この地区は精霊が統治していて、普段は人間は入れないそうだ。まるでテーマパークみたいなお城に大きな湖と三角の塔。きっちりと整備された花壇には、大輪の花が咲いていて、その先にある立派な城までは、馬車で案内された。
城内はいたるところに金銀ダイアモンドがちりばめられた豪華な内装で、緊張感がさらに高まってきた。
王族は遅れて会場入りするとのことで、それまでは私達は控室で待機するそうだ。気持ちを落ち着ける時間がもらえて少しほっとした。
でも、シャルは豪華な控室に私をエスコートしてすぐに、
「陛下に呼ばれているから、ここで待ってて」
と言って、申し訳なさそうに出て行った。
一人にしないで。そう言いたかったけど、ぐっと我慢する。
アンティーク調の家具が並ぶ部屋で、ドレスのしわを気にしながら椅子に座ると、控えていた精霊がシャンパンを渡してくれた。お礼をいって一口だけ飲んだ。
喉を潤して、静かに座っていると、少しずつ緊張がほぐれてきた。
あれから分かったことが二つある。
一つ目は、シャルと契約した時から、年を取らなくなっていること。
メリアンさんに教えてもらったのだけど、人間と精霊が婚約すると、人間の年齢が止まるそうだ。私が召喚されてから一年以上経ったから、19歳になったと思っていたけれど、シャルと契約した私は、ずっと18歳のままだってこと。本当はシャンパンだって飲めない年齢? いいよ。ここ異世界だし。でも、一口だけね。
もう一つは、
「お菓子はいかがですか?」
精霊がお皿に乗ったチョコレートを渡してくれた。その精霊は黒地に金色のラインが入ったスーツを着ている。胸元には金色の蝶ネクタイ、そして、首から上は毛並みの美しい黒猫だ。一般の上級精霊!
そう、なんと、私も一般精霊の言葉が分かるようになった!
シャルが言うには、これはシャルの魔力の影響で、毎日魔力を吸収しないとすぐに効果はなくなるそうだ。
これからもずっと毎日、あれをするの?
うー。イヤじゃないけど、でも……。
あぅ。思い出したら顔が熱くなってしまって、慌てて手で仰ぐ。
一人で赤面してると、ドアがノックされた。黒猫精霊がドアを開けたら、そこには、シリイさんと地味なスーツを着た中年の男の人がいた。
「初めてお目にかかります。聖女カナデ殿。私は精霊対策室情報部情報官カレクサ・ターガリヤンと申します。カナデ殿にはいつも娘がお世話になっております」
なんと、シリイさんのお父さんだった。短い灰色の髪と目の色味はシリイさんにそっくりだ。
いえいえ、シリイさんには私の方がお世話をかけてますよ。
なんて、お互い社交辞令な会話をしてから、カレクサさんは本題に入った。
「後宮の聖女には、世話係として住み込みの人間の侍女がつく決まりになっております。ですが、カナデ殿は後宮には住居がないため、我が娘シリイが暫定的に侍女となります」
「心を込めてお仕えします」
うーん。シリイさんはすごくできる女だけど、うそつきなんだよね。私のことよりもこの世界の人間の利益を考えて行動しそう。
……でも、まあ、みんなそうか。結局は自分が一番なのは仕方ないよね。だから、ありがたくお願いすることにした。
何しろ私が知らないうちに婚約したのは、王子様なのだから味方は一人でも多く必要。
しばらくカレクサさんと他愛もない会話をした。その間にシリイさんは甲斐甲斐しい侍女ぶって、乱れていない髪を整えたり、崩れていない化粧を直したりしてくれた。
っていうか、カレクサさんの会話、さりげなく私からシャルの情報を聞き出そうとしてるよね。聞こえのいい言葉でお世辞を言って、私の口を軽くしようとしてるよね。シャンパンも何度も勧めてくるし。騙されないんだからね。
でも……、私もシャルのことよく知らない。
本当に、何も知らない。
「ごめんね、カナデ。待たせたね。さあ、行こうか」
カレクサさんの、会話のふりをした尋問に疲れて来た頃、ようやくシャルが戻ってきた。
シャルの綺麗な金の髪を束ねた黒いリボンがほどけかけていた。黙って手を伸ばして、結び直すと、シャルはお礼を言って微笑んでくれた。
でも、なんだかその微笑みは、少し疲れて見えた。
精霊王に呼ばれて何をしていたのか、何があったのか聞けないまま、シャルのエスコートで舞踏会の会場のホールに入った。
「第二王子シャルトリュー様と2級市民聖女カナデ様のご入場です」
司会者の声が響いて、ホールに集まっていたたくさんの精霊と人間が一斉にこっちを見た。
痛いぐらいの視線を感じる。でも、それよりも。
ん? 私、いつの間にか、2級市民になってる!
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