第42話 金色の魔力
シャルは、私に何度も何度も深い口づけをしてきた。涙を流しても逃がしてはくれなかった。深くて、甘くて、激しくて、恐ろしくて、でも優しくて。
シャルが私の中に入り込んでくるような、私の全てを呑みこまれてしまうような口づけを。
頭がくらくらして、立っていられなくなって、シャルに必死でしがみついた。
そして、体の中で私の聖力と金色の魔力がぐるぐると一つの渦になって混ざり合った。
「舞踏会を欠席できるように、陛下に交渉していたんだけど……、やっぱり婚約を皆に知らしめないといけないね」
息も絶え絶えにソファーに倒れこんだ私の顔を覗き込み、頬を指で撫でながら、シャルはかすれた声でささやいた。
「一緒に、陛下にあいさつをしよう。それから一緒に踊ろう。ドレスはすぐに用意させるよ。もちろん金色のドレスだ。全身金色をまとったカナデは、きっととても綺麗だよ。誰の婚約者なのか、みんなすぐに分かるよね」
いつもよりも、色気の増した端正な顔が近づいてくる。濡れたように光る金色の瞳に見つめられると、酔ってしまったように何も考えられなくなる。
「そうしたら、カナデも、自分が誰の婚約者か分かるだろう」
妖艶な金色の精霊は私の唇を長い指で撫でながら、満足そうにほほ笑んだ。
「カナデから殿下の魔力の匂いがする」
去年お世話になったお見合いパーティの会場の控室で、久しぶりに会ったジャック君は、私に近づくと驚いたように目を見開いた。
「こんなに魔力を注がれて、カナデは大丈夫なの?」
「カナデちゃんはSランクだからね。さすがだわ、金の君の魔力を直接受け止められるのってあなただけよ」
メリアンさんがメイク道具をたくさん両手に抱えて来た。
今夜はいよいよ精霊舞踏会。ドレスの着付けがよく分からなくて、シリイさんに相談したら、メリアンさんに頼んでくれた。メリアンさんもジャック君の妻(!)として、舞踏会に出席するそうだ。
そっか。精霊貴族と契約するって、結婚して夫婦になることなんだよね。今更だけど、少し怖い。卒業したらすぐに結婚するの? 本当に?
シャルはあれから、毎晩私と口づけして、聖力と魔力の交換をしている。
「もっと注いでも、大丈夫だね。たくさん入れるね」
そう言って、シャルは魔力を注ぐ量を少しずつ増やしていく。
私の中にシャルが注ぎ込まれて、私が奪われる。
そんな感覚がして、初めてのときは辛くて泣いたけれど、今では、くらくらして自我がなくなるような酩酊感にも慣れ、心地よいとさえ感じるようになった。
これは、普通の人間だったら、発狂するそうだ。私の聖女ランクが桁外れだからできることだとメリアンさんに説明された。
メリアンさんと話している間にマニキュアを乾かして、それから、手伝ってもらいながらドレスを着た。
シャルに贈られた金色のドレスは、プリンセスラインでシルクのような光沢のある金色の布をたくさん重ねたドレスだった。スカート部分には金色の刺繍があり、金色の繊細なレースも惜しみなく使っている。贅沢で豪華な、ため息の出るようなドレス。
薄くお化粧をしてもらい、長い髪を編み込んで結ってもらった。飾るのはシャルからプレゼントされた金色のティアラで、大きなダイアモンドがいくつもはめ込まれている。全身、見事なまでに黄金づくしだ。
うわ、絶対衣装負けしてるよね。怖くなってきた。
逃げたくなる気持ちを抑えて、金色のハイヒールを履く。この日のためにイザベラレッスンでヒールのある靴で踊る練習をがんばった。小柄な私にはハイヒールが必需品だ。
シャルのくれた金の靴は、サイズはぴったりで、ヒールが細いのに安定感があり、練習の時に履いた靴のように痛くなったりしない。もしかして、魔法をかけてくれているのかもしれない。
シャルの優しさに報いたくて、がんばろうと気合を入れた。
「うん。やっぱりカナデちゃんはかわいいわ。お姫様のお人形さんみたい。飾っておきたいわぁ。ほんとにかわいくてきれい。」
メリアンさんが絶賛してくれた。鏡で見て、自分でも、人形みたいだなって思う。金色の豪華な衣装をまとった小柄な女の子が映っている。がんばって微笑もうとしたけれど、こわばった笑顔しかできないや。
「メリアンさんもとてもきれいです」
「そう? ありがとう」
精霊貴族と結婚した聖女は不老長寿になるそうだ。私より年上のメリアンさんはとても若くて、ジャック君と手をつないで、幸せそうで、とてもきれい。
ジャック君の茶色とメリアンさんの赤をうまく取り入れたドレスを着ている。柔らかい感じの上品なドレス。
でも、そんな私たち二人よりも美しいのは、
花束をもって迎えに来てくれた金色の精霊。
「ああ、カナデ。とてもきれいだ。カナデの漆黒の髪と瞳には、やっぱり金色が一番似合うね」
黒地に金の刺繍が入った燕尾服姿のシャルは、私を見るなり称賛してくれた。
でも、私は、正装で身を包んだ金色の精霊が、あまりにも美しすぎて、急に怖くなってしまった。優雅で気品に満ちて美しい精霊の王子様。彼の婚約者が本当に私でいいの? 彼に釣り合うように努力はしているけれど、まだまだ足りないんじゃない? 彼にふさわしくなれる日がいつかくるの?
怯える気持ちを押し込めて、悟られないように、笑顔を貼り付けてシャルの手を取る。
大丈夫。私はがんばれる。
さあ、行こう。……行くしかない。
精霊舞踏会、私にとっては初めての戦場へ。
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