第28話 解けない呪い

 ようやく戻ってきたゴールの場所で、先生にカードと薬草を渡した。なんと、大量に手に入れたレアドロップ品までも回収されてしまったよ。後で換金しようと思ってたのに。ひどい。

 ダンジョン入場料金の支払いに使うんだとか。

 借り物競争じゃなくて、金儲け競争って名前に変えたほうがいいですよ。もう。

 疲れ切って、くだらないことを考える。遅くなったからクラスの子に叱られると思ったけど、まだ帰ってない子がいた。


 イザベラが障害物競争に行ったまま帰ってこない。


「よし。救出タイムだ。クラスメイトに救出された場合は棄権にならないぞ。精霊による手助けも許可される。助けに行くか?」


 と、先生が謎ルールを言い出した。どういうこと?


「今から日暮れまでに、ダンジョンから生徒全員が戻ってきた場合は減点はしない。戻ってこられず、教師が救出に向かった場合は棄権とみなし、1人につきクラス全員の中間考査からそれぞれ50点の減点だ」


 なんだよ、その鬼ルール!

 ものすごく、腹が立ってきた。

 でも、戻ってきてないのはイザベラだけ。

 人望がないイザベラ。クラスメイトは先生の目を避けてうつむいている。誰も救出に向かおうと手を挙げない。


 もう、50点減点でいいんじゃない?

 疲れたよ。


 進級テストで赤点すれすれだった、ブルレッドさんとスノウさんが、こっちをすがるような目で見てきた。

 二人とも、ダンジョンで何があったのか、ボロボロでドロドロの格好で、座り込んでいる。私は疲れてるけど、傷一つない。しかも、私の精霊は、やる気に満ちたヒョウ柄男爵。


 はあ、行きたくない。虫は苦手。

 でも、「俺様の活躍の時間だぜ」とばかりに張り切るロイに、ワープエレベーターに無理やり連れて行かれた。

 なんでよ。もう。


 9階の虫だらけダンジョンは最悪の場所。

 ロイが逃げるクモや名前も知らない気持ち悪い虫を魔法で焼き殺して、私はクモの巣を高枝切りバサミでなぎ払う。

 嫌だ、もう。髪についたよ、泣きそう。


 そうして、ようやく見つけたイザベラは、修羅場の最中だった。なぜか、参加していないはずのコウモリ精霊が一緒にいた。


「いやですわ! リードとは別れたくありません!」


 リスの精霊の腕にすがりつき、泣くイザベラ。

 そして、


「そいつがいると、俺の取り分が減るんだよ」


 真っ黒な翼を広げるコウモリ精霊。コウモリ精霊はリス精霊からイザベラを乱暴に引き離した。


「どうしても別れられないっていうなら、殺すしかないな」


 逃げようとするリス精霊をすばやく捕まえて、首筋にかみついた。


 一瞬の出来事だった。


 泣きわめくイザベラの前で、駆けつけた私とロイに気が付いたコウモリ精霊は、真っ赤な血を滴らせながら口を放し、動かなくなったリス精霊を蹴飛ばした。


「なんだ。観客がいたのか。こりゃいいな。呪い付きの男爵か」


 泣きながらリス精霊に駆け寄るイザベラを気にも留めず、コウモリ精霊は私とロイの前に立った。

 血で汚れた口の周りをべろりと長い舌でなめた。


「ああ、お前の女だったのか。うまそうなにおいがするな。俺がもらってやろう」


「はっ。コウモリごときが俺様の相手になるとでも。」


 ロイは私を背中にかばって、コウモリ精霊に対峙した。

 長いしっぽが不機嫌そうに揺れた。


「自力で呪いも解けないくせに、偉そうに。ヒョウ柄がよく似合っているぞ」


「なんだとっ!」


 挑発にのって、今にも戦いが始まりそうな予感に、あわてて、ロイの腕をつかむ。

 もう片方の手には、シャルからもらった魔石を握る。いつでも、強い武器が出せるように。


「いやーっ! リーグ! 死なないで」


 イザベラの悲鳴が響いた。

 ピクリとも動かないリスの精霊を揺さぶって、泣いている。


「うるさいな。おい、女、アライグマも殺されたくなかったらさっさと別れるんだな」


 そして、コウモリ精霊は、黒い羽根のついた長い手をゆっくりとまげて、私にお辞儀をした。


「今度の男爵挑戦決闘では、このロイタージュを指名しよう。そして、こいつを殺した後には、お前を私、オーギュストがもらい受けると予告しよう」


 ふざけた宣言の後、バサリと羽を広げて、飛び去って行った。


 追いかけていこうとするロイの腕を力いっぱいつかんで、なんとか思いとどまらせる。それから、泣き叫ぶイザベラと動かないリス精霊に対処するため、私は先生を呼ぶ救助の笛を使った。





 すぐに転移してきたバトラール先生が、イザベラとリス精霊を転移させるのを見送った後、私はその場にしゃがみこんで泣き出してしまった。


「悪かった。コウモリの野郎をさっさと片付けてやれなくて、悪かったって。」


 ロイは私に合わせてかがみ込んで、顔を覗き込んだ。


「決闘では必ず殺してやるから。もう、泣くなよ。仕方ないじゃないか。貴族同士の私闘は禁止されてるんだよ。それさえなければ、今すぐにでも殺してやったのに」


「殺す」の言葉に、止まりかけた涙が、また溢れ出した。


 簡単に殺した。リス精霊が簡単に死んだ。頭は動物だけど、体は人間と一緒で。イザベラと同じ紫色のジャージを着ていた。少し前まではイザベラと仲良くキュイキュイ言ってたのに。首から血を流して、倒れていた。……ああ。コウモリ精霊の血だらけの口元。


 うっ。


 吐きそうになって、あわてて口をおさえる。


「お、おい、だいじょうぶか。殿下を呼んだほうがいいのか。いや、でも、今日は確か議会が……」


「だい、じょうぶ」


 全然大丈夫じゃなかったけど、ポケットからハンカチを取り出し、口元を拭ってそう言った。


「そろそろ、戻らなきゃ」


 私は強い。

 こんなこと、なんでもない。

 私は、全然大丈夫じゃないけどっ、大丈夫。


 いつもの呪文を心の中でつぶやいて、立ち上がる。


 立ち上がれるから、大丈夫。


 ぎゅっと、シャルの魔石を握りしめる。あんまりにも強く握っているから、手の平が痛くなってきた。


「決闘、必ず勝ってね」


「当然だ。俺様をなんだと思ってる。コウモリ野郎なんかに負けるわけないだろう」


 でも……。コウモリの言っていたことが引っかかる。


「呪い、は大丈夫なの?」


「あぁ。コウモリを倒すには関係ない呪いだよ」


 何の呪いなのかな。聞いてもいいのか分からなかったけど、あのコウモリ精霊にロイが殺されるところなんて、絶対見たくない。

 ワープエレベーター乗ろうとしたら、ロイにひき止められた。ロイは少しためらった後、私の頭に手を伸ばして、ピンク色のハチマキをつかんでほどいた。


「俺が決闘で挑戦した男爵が、死と引き換えにかけた呪いはな」


 ロイは私のハチマキをネクタイみたいに自分の首に巻いた。

 ピンク色のハチマキが、その瞬間に黄色に変わって、黒い斑模様が浮き出てきた。


 ! え?

 あっという間に、私のピンクのハチマキはヒョウ柄の黄色いハチマキになった。


「ヒョウ柄……」


「ジャガーの精霊が命と引き換えにかけた呪いだ。あいつらはヒョウと間違えられるのを最大の侮辱だと思っているからな。おかげで、俺はどんな服を着てもヒョウ柄になる」


 …………なにそれ。


「……ふ…………ふふ。ふふふ。あははははは」


 あんまりにもバカらしい呪いに、さっきまで泣いていたのに、笑いが止まらなくなった。涙を流しながら笑ってしまう。私、感情が、壊れてる。


「おう、笑うなって。俺だって、ヒョウと間違えられるのは、ものすごく嫌なんだぞ」


「だって……ふふふ、でも……ロイはヒョウの精霊じゃないの?」


「おまえ、俺のことヒョウだと思ってたのか! いいか、しっぽをよく見ろよ!」


 長いしっぽをつかんで、渡された。

 あ、すごくもふもふしてる。

 前から、触ってみたくて仕方なかったしっぽ。

 オレンジ色のしっぽ。先は黒くて、黒い縞があって、黒いぶち模様がある。……ヒョウじゃないの?

 手触りが気持ちよくって、何度もさすって、そのまま顔に当てようとしたら、あわてたロイに取り上げられた。


「な、ヒョウじゃないだろ」


 えー、まだ分かんないよ。もっと触りたい。

 揺れるしっぽを捕まえようと手を伸ばしたら、怒られた。


「俺はチーター精霊だ!」




 ジャガーとヒョウとチーター、違いが分かる人いる?

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