第二十五話 闇に棲むモノ
女は腕を組むと居丈高に名乗る。腕に胸が乗って更に強調された。
「私は座学を担当する研究部の
共切を化け物と言った長谷部は赤い口元を歪ませ笑う。まるで虫を
長谷部は更に続ける。
「自分の運命を呪え。泣き喚くがいい。それでも貴様に残されているのは修羅の道だ。貴様の血肉は我らの叡智となる。化け物との戦いだけでは無い。人間も貴様にとっては敵となるだろう。この後に待っているのは人体実験だ。貴様の血を抜き、肉を抉り、腹を裂いて共切の餌となる要因を調べる。先代は碌に役に立たなかったからな。あぁ、楽しみだ」
長谷部は恍惚とした表情で優斗を見下ろす。頬を染め、瞳を潤ませて身を
人体実験なんて聞いていない。律も父もそんな事は言ってなかった。もしかして知らなかったのか。当たり前すぎて言わなかったのか。その辺りは優斗には判断がつかないが今更文句を言っても始まらない。力に溺れた自分にも責任があるのだから。しかし、血液検査や細胞の提供くらいなら我慢できるが腹を裂かれるなんて真っ平御免だ。優斗はダメ元で抵抗を試みる。
「あの、腹を裂いたりしたら仕事にも影響が出るんじゃないですか? ︎︎傷が治るまで仕事ができないんじゃ僕の……共切の意味が無くなります」
その言葉に長谷部は眉を上げる。気に障ったか。優斗は怯んだがそれに反して長谷部は愉快そうに鼻を鳴らした。
「ほう。言うじゃないか。それに自分の価値をよく分かっている。そう、貴様の価値は共切だ。それが無ければただのガキに過ぎない。まぁ、現代医学ではわざわざ腹を裂かなくとも中身は見えるからな。なんともつまらん。脳も割って見たい所だが使い物にならなくなるのも困る。昔、それが原因で死んだ者もいたらしいしな。共切は唯一の鬼切り。使い手は大事にしなくては。如何ともし難い」
この女は言う事がいちいち恐ろしい。律が本部に行けば分かると言っていた意味が身に染みた。共切の歴代は皆殉職だと言っていたのに実験で死亡者が出ていたなんて信じたくもない。だが、おそらく本当の事なのだろう。ぶつぶつと実験の段取りを口ずさむその目は真剣そのものだ。
それがこの陰陽寮という場所。闇を持って闇を祓う場所。それを再確認させられた優斗は拳を握りしめる。こんな事で挫けてなるものかと。自分勝手な私利私欲のために律を利用しようとしたケリは自分でつけなければならない。
決意も新たに顔を上げる。しかし、肝心の長谷部がトリップしていた。しばらく独り言を呟く長谷部の様子を窺っていたが、一向に教習が始まる気配が無い。優斗は恐る恐る声をかけた。
「えっと……長谷部さん? ︎︎教習を初めてほしいんですけど」
その声にはっとする長谷部。取り繕うようにひとつ咳をすると教壇に両手をついた。そして唇をひと舐めして口を開く。
「これは失敬。どうにも実験の事になると我を忘れてしまってな。では教習を始めよう。まずは妖刀についてからだ。貴様は妖刀をなんだと考える?」
突然投げかけられた質問に優斗は意表を突かれる。妖刀とは何か? ︎︎傍らに立てかけた共切を一瞥して考えを言葉に乗せる。
「化け物を殺す道具……ですか」
それを聞いた長谷部はちっちと指を振った。
「半分正解だな。妖刀とは化け物、私達は妖魔と称しているが、それそのものだ。これは妖魔を殺せるのは妖魔だけという事になる。普通の刀との比較実験も行われて実証済みだ。妖刀の製造方法は妖魔の血肉を生きたまま玉鋼に織り交ぜ叩き上げる事」
そう言いながらホワイトボードに図解を書いていく。しかし、それは壊滅的に下手くそで何を書いているのかさっぱりだ。それでも長谷部の口は滑らかに動く。
「序列の話は聞いたな? ︎︎この序列は使われた妖魔の力に準ずる。序列が上がるほど、強力な妖魔が使われたという事だ。そしてこれは殺す事が可能なのは序列が下のものだけという事に通じる。貴様の相棒である律が持つ御代月ならば序列五位以下の妖魔しか殺せないという訳だ。それ以上の力を持つ妖魔は傷つける事はできても殺せはしない」
それは律も言っていたなと思い返す。だから家族の仇を打つためには共切が必要だと。長谷部は少しの溜息を混ぜながら更に続ける。
「だが、強力な妖魔を捕らえるにはそれに見合った力が必要になる。これが中々に難しい。捕縛の任務が与えられた時は覚悟しろ。鍛える刀鍛冶の力量もそうだ。妖魔を鍛刀に使うには通常の刀を造るのとは温度も工程も全く違う。妖刀を鍛える事のできる刀鍛冶の数も減ってきている。そのせいで新造も覚束ず、妖刀の数は妖魔に対応するには決して多いとは言えない。折れる事も多々あるからな。現存する妖刀は百七十五振。序列は七十位まである。一番多い序列が五十位前後。重複しているのはそれ以下の序列では現場で役に立たないからだ。その妖刀に認められた者だけが使い手となる。下位の妖刀であればほぼ誰でもリスクなく抜けるが上位ともなれば人を選ぶ。境界は序列三十位と言ったところか。そのクラスになれば班長を任される。まぁ、共切とは違って妖魔を使った妖刀は誰にでも抜けるが、認められなければ……」
そこで口を閉ざし、首をなぞる。それは死を意味していた。優斗は息を呑む。それを満足気に見ると話しを続ける。
「つまり、鬼を殺すには鬼を素材に使った妖刀を用いる必要があるという事だ。それを実現したのは共切ただ一振のみ。鬼は童子ともなれば数も少なく、捕らえるのは容易では無い。鬼と一口に言ってもレベルは様々だ。下は餓鬼から上は童子まで多種多様。しかし雑魚を使った所で弱くては本末転倒だ。共切もどうやって造られたのか分かっていないからな。かろうじて平安に造られただろうと予想されるくらいか。そして、共切は他の妖刀と違って一人にしか抜けない。これが大きな違いだ。選ばれるのは主に初代の血筋の者のようだな。本家の
そこで一息つくと悔しそうに眉を
長谷部は頭を振ると優斗に視線を戻す。
「さて、ではその妖魔が
そう言いながらまたもやトリップする長谷部。優斗は呆れながら注意を促すと、また咳をして誤魔化した長谷部は腕時計をちらりと見て妖しく笑う。優斗もつられて左腕を見ると十時半を回ろうとしていた。
「そろそろいい頃合だ。今日の座学は一旦ここまで。この後身体検査を受けてもらう。着いてこい」
それだけ告げるとさっさと部屋を出ていく。優斗は慌ててノートを片付けると後を追った。
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