第十話 決意

 岩の上の女は血に染まった口元を長い舌で舐めると、優斗に狙いを定め髪を振り上げた。


 その髪は鋭い刃物のように尖り優斗に迫る。


 それを太刀で振り払い肉薄し突きを繰り出すが、女は跳躍してかわしカエルのように四肢で着地した。


 その髪は未だ生き物のように蠢いている。


 女がにたりと嗤う。


 それと同時に首がぐんっと伸びた。


 グネグネとうねりながら伸びる首は、ついには体を捨て長大な蛇へと変貌していく。ザワザワと髪が波打ち、顔も鱗で覆われ紅い瞳が縦に割れた。


 チロチロと動く舌は二股に割れ、品定めをする様に二人を睥睨する。


 先に動いたのは律だ。


 回転するようにして遠心力を乗せ御代月を振り上げると、蛇の尾がそれを受け流す。


 その影に隠れて優斗が背後から斬りかかるがその刃は鱗に阻まれ滑ってしまった。

 

 舌打ちして再度斬り込む。

 今度は下段から鱗の波に逆らった斬撃だ。


 それは狙い通りに肉に深く食い込むと蛇は雄叫びを上げ優斗に巻きついてきた。


 締め上げられ、たまらず呻きが漏れる。


 そこに律が体重を乗せた突きを打ち込み、その勢いのまま斬り上げ血飛沫が舞う。


 蛇は縛りを解くと距離を取った。


「優斗! 大丈夫!?」


 咳き込む優斗の元に駆け寄る律の顔はさっきとは打って変わって眉を垂れ青ざめている。

 さっきは笑いながら人が喰われるのを見ていたと言うのに。


 そんな律をちらりと見ると手で制して立ち上がり再び構えを取る。


 律もほっと息を吐いて横に並んだ。


「律。同時に行くぞ」


 短く言うと右から回り込むように駆けた。

 意を汲んだのか律も反対側へと回り込む。


 蛇は両側に回り込まれ、一瞬動きが止まる。


 優斗がすかさず渾身の力を込め一刀のもとに首を落とすと、落下していく頭部に律が飛びつき大口を大地に縫い付けた。

 

 動けなくなった蛇は髪を振り乱すとそれは無数の棘となって頭上に乗る律を襲う。


 優斗が駆けつけて薙ぎ払うと、ざんばらに舞い散り、蛇は攻撃の手段を失った。


 切り離された胴体もなす術なくのたうちまわっているだけだ。


 首だけになった蛇は縫い付けられたまま、いましめから逃れようとうごめくが優斗が祝詞を奏上して札を岩に貼り付けると白く消えていった。


 肩で息をする優斗に律は優しく声をかける。


「お疲れ様〜。うんうん。ちょっとひやっとしたけど、無事で何より。これでここの封印は終わりだよ〜」


 そう言って近づいて来た律の胸ぐらを掴む。


「てめぇ、なんで佐竹を見捨てた!? お前なら助けられただろう!?」


 怒りで顔を染めながら声を荒らげる優斗をやんわりとした口調であやす。


「さっきも言ったじゃない。君に見てもらうためだよ。この仕事をするならいくらでも遭遇するからね。その度に吐かれちゃうと困るでしょ? それに、もし助けたとしても一生廃人だよ? そんなの死んでるのと変わらないじゃない」


 にこやかに笑う律には邪気が無い。

 その分余計にたちが悪いと思った。


「それに」


 と、律は続ける。


「俺には君以外どうでもいいよ。陰陽寮も玲斗さんもその他の人も死のうが生きようがどうでもいい。勿論俺自身も。君さえ生きていてくれればそれで俺は幸せなんだ」


 優斗の手を取りそう言う律はまるで愛の告白でもしているかのようにうっとりとしている。

 気味が悪くなって手を振り解くとぷーっと膨れた。


「それでも、陰陽寮は人を助けるための機関なんだろう? それなら……」

 

 優斗は一抹の不安を抱えて口を開く。

 引けない道なら、多少なりと世の役に立ちたいと優斗は思う。


 しかし、それは一笑に付された。


「あはは、俺達は人助けをしてるんじゃないよ。ただ化け物を殺してるだけ。君も言ったでしょ? 正義のヒーローなんてガラじゃないって。その通りだよ。俺は家族の仇を見つけ出して殺したいだけ! そのためなら何でもやるよ? 玲斗さんだってそう。本部に行けば嫌でも分かるよ」


 律の言葉に優斗は拳を握りしめた。

 それでも、自分がこの共切に認められたのには何か理由があるはずだと。

 

「……行ってやるよ。その本部とやらに。父さんを殴って、共切こいつだって世の役に立つって見せつけてやる。お前の仇も僕が殺してやる。それでお前が本当に笑えるなら。僕は陰陽寮に入る」


 そう言って律の目を真正面から見つめた。

 律は呆気に取られて呆けた顔を晒すと、へにゃりと笑って「馬鹿だなぁ」と呟いた。

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