第39話 王の代理

 ウィンダルからの来賓の一人であったベルツ侯爵が王に面談を求めていた。

 ベルツは年は六十を少し越えており、ずんぐりとした体型で気難しそうな顔をしていた。ウィンダルの王の代理として王と同じ待遇を求め、他国の王の前であっても横柄な態度を変えない男だった。


「ウィンダル王の所望した婚姻を妨害した者がこの国にいる。両国の良好な関係を維持したければ、早々に解決に向けて働きかけてもらいたい」

 結婚式で慌ただしい中でも遠慮することなく要求を通そうとしていたが、式が終わるまでは王に時間はとれず、婚姻の式典が終わった翌日に話し合いの場を持つことになった。

 王は第三者として立ち会うことはできるが、解決は当事者間の話し合いにより図るよう示唆した。


 ベルツ侯爵は自国のヴァルドマン子爵とこの国のガルトナー伯爵を指名し、同席することを求めた。しかしヴァルドマン子爵は式のあった日にこの国を離れており、同席はかなわなかった。ルードヴィヒ・ガルトナーは、あえて一人でこの話し合いに臨んだ。


「お初にお目にかかります。ガルトナー家当主、ルードヴィヒ・ガルトナーです」

「お前がガルトナーか。ウィンダルのランベルト・ベルツだ」

 ベルツ侯爵は挨拶から不快さを表に出し、握手にも応じずに荒々しく席に着いた。

 それを気にする様子もなく、王に着席を促されルードヴィヒも席に着いた。

「何故呼び出されたかは承知だろう」

 睨みをきかせながら、先に口を開いたのはベルツだった。

「さて、一向に。どのようなご用件でしょう」

「ヴァルドマン子爵の養子をかっさらった件だ。身に覚えがないとは言うまい」

 ベルツはせわしく貧乏揺すりをしながら、語気も荒く、格下である伯爵ごときが自分に逆らうことなど許さないという高圧的な態度を見せていた。

「ヴァルドマン子爵の養子は我が国の第三王子との婚姻が決まっていたのだ。にもかかわらずおまえの家と婚約を結んだと言うではないか。王家の婚姻の邪魔をするとは不敬にもほどがある。早々に婚約を解消したまえ」

 隣国の王の勅書を机上に置き、手のひらで机を叩きつける音が大きく響いた。

 それは、第三王子とヴァルドマン子爵令嬢との婚約を命じ、子爵令嬢を王城へ呼び出すものだった。

 荒々しい口調でまくし立てるベルツ侯爵の言動にも動じることもなく、ルードヴィヒはただ黙って話を聞いていた。

「ヴァルドマン子爵の養子は王の下へ連れ帰る。もともと当国ウィンダルの者だ。とっとと連れて来い」


 しかし、何を言われようと、ルードヴィヒは顔色一つ変えなかった。出されていた紅茶を口にし、王家の高級な茶葉の味を堪能する。あまりに余裕を見せたその態度は、相手を激させるのに充分だった。

「聞いているのか、貴様」

「不敬ですよ。王の前で」

 それだけ言うと、ゆっくりとカップを置き、また沈黙の時間を持った。

「おまえはわしを馬鹿にしておるのか」

「それはそちらでしょう」

 正面からベルツ侯爵を見るその目は冷ややかで、口元で作っている笑みが形だけのものであることを物語っていた。

「私は、話し合いと言われて来たのです。道理の通らない命令を受けに来たわけではありません」

「道理が通らないのはそっちだろう。私は王の代理としてきているのだ。ウィンダル王家の婚約者を横取りしておいて、盗っ人猛々しいとはこのことだ」

「はて。…あなたのおっしゃられていることが、いまいちわからないのですが」

 あくまで口調は穏やかに、ルードヴィヒはベルツ侯爵に問いかけた。

「お探しなのは、ヴァルドマン子爵令嬢でしょう」

「そう言ってるだろう!」

「ウィンダルの者、とおっしゃいましたね」

「そうだ」

「お人違いをなさってるようです」

「なにい!」

 ベルツ侯爵は乱暴に机に手を突いて立ち上がり、今にも突っかかりそうな勢いでルードヴィヒの胸ぐらを掴んだ。

「待て」

 王の声で、ベルツ侯爵はしぶしぶ手を引いた。


 ゆっくりと服の乱れを整えながら、ルードヴィヒは言葉を続けた。

「当家に迎えたアレクシエラ・ヴァルドマンは、亡き孫娘ゆかりの名を名乗らせたと聞いていますが、本当の名はアーレと言い、ヴァルドシュタットの農民です。以前から私が後見人になっている者であり、縁あってヴァルドマン殿の養子になりましたが、ウィンダルの者ではなく、当人は一歩もウィンダルへ足を踏み入れたことはありません」

「だから何だ。我が国の籍を得た時点で我が国の者だ」

「婚姻までの間も引き続き私が後見人となることをヴァルドマン殿より認められております。当家の保護下にある者を連れ出されるいわれはございません」

「わしはウィンダル国王代理だ! これは王命だ!」

 茶器がひっくり返ろうと全く動じることなく、ルードヴィヒは座ったまま、薄笑いを浮かべて言葉を続けた。

「ここはヴァルドシュタットであり、私が仕えるのはヴァルドシュタットの王です。お間違えのないよう」

 それは隣国の王の命令になど従うつもりはないという、ルードヴィヒの意思の表明だった。

「…そもそも、アレクシエラ・ヴァルドマンは、ヴァルドマン子爵令嬢ではありません」

 その言葉をベルツは鼻で笑った。

「何を今さら…。見苦しいほらをつきよって」

「ロベルト・ヴァルドマン殿の養女であり、ローランド・ヴァルドマン子爵の妹君です。失礼ながら、ローランド・ヴァルドマン殿が養子に迎えられるご予定だった方とお間違えになっているのでは?」

「なっ…」

 それは、ベルツ侯爵にとって想定外だった。

 貴族同士の婚姻に身分が釣り合うよう、子爵令嬢の肩書きを欲しがるものと思い込んでいた。

 実際、王家と婚姻を結ぶ予定にしていたのは、現子爵ローランドの養女だ。

 今、机の上にある婚約の勅書にも、相手はローランド・ヴァルドマン子爵令嬢と書かれている。名前はかつての「事件」を明かさないために、仮の名がつけられる予定で空欄になっているが、求める者は「アレクシエラ」だ。

 前子爵の養子。広義には子爵家の令嬢ではあっても、子爵令嬢ではない。

 詭弁だ。そう思えど、王の勅書が求める者ではない。

 言葉を失ったベルツ侯爵を見ても特に卑下することもなく、ルードヴィヒは変わらぬ笑みを見せ、穏やかに話を続けた。

「ヴァルドマン子爵がお探しの方はお亡くなりになっていたと聞いています。アーレは子爵がお探しの方と友人で、その方の最期を見届けたそうです。ロベルト・ヴァルドマン前子爵は大変感謝され、その礼を兼ねて、当家との婚姻に役に立てるならとアーレを養子に迎えてくださったのです。よほど大切な方だったようですね。ベルツ殿が誤解されるのも無理のないことです。恐らくお国に戻られた後、ヴァルドマン子爵からお話があるかと」


 そこへドアをノックする音がした。

「ご来客中、申し訳ありません」

 伝令の者が部屋に入り、王に何かを告げると、王は軽く頷き、立ち上がった。

「失礼、急用が入った。今の話では、探していた者が人違いであったと言うことだな。申し訳ないが、この話はここまでとしたい。アレクシエラ・ヴァルドマンはヴァルドシュタットの保護下にある。我が国で保護する者を無理に連れ出すのであれば、王として守らねばなるまい。心するよう。遠路はるばる大義であった。気をつけて帰られよ」

 王はせわしげに一方的にけりをつけると、客人とガルトナー伯爵を部屋に残し、早々に立ち去った。

 ルードヴィヒは王に深々と頭を下げて退出を待ち、ベルツ侯爵に一礼すると、呆然とするベルツの退出を待つことなく部屋を出た。

 王の立ち会いによる話し合いは、あっけなく終わった。

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