第34話 中途半端な魔法使い
「一つだけお願いがあるんだけど…」
珍しいアーレからのお願いに、アルトゥールは何を頼まれるのか、少し心配になった。
「私はいろんな間違いをする。でも間違いに気がついた時は、謝るのが正しいことだと、そう思ってる。だから謝った時には許してほしいの」
ああ、そんなことか。
心の中ではそう思いながらも、アルトゥールの出した答えは
「わかった。五回に一回は許せるように努力はするが、許せるか許せないかは、間違いによるだろ?」
あまりに正論過ぎる答えで、自分のお願いを聞いてくれないアルトゥールに少し不満げな顔をしたアーレを見て、あくまで本当の答えは口にせずそっと笑みを浮かべた。
「俺からも、願いがある」
アルトゥールは椅子から立ち上がるとアーレの手を取った。
「どうか、俺と共に生きて欲しい」
片膝をつき、手の甲に唇を落とす。
「そして、俺よりも長く生きて欲しい。おまえは俺より年下だ。『ヴァルドマンの魔女』は短命だと言われていても、エッフェンベルガー子爵は魔力を調整して、奥方と二十年共に生きたと話してくれた。それなら俺達ならその倍はいけると思う」
根拠のない倍宣言に、アーレは思わず笑ってしまった。
「それって、…寿命のことは誰にもわからないでしょ?」
少し間を置いて立ち上がったアルトゥールは、ややためらいながらも、今までごく数人の者にしか打ち明けていない秘密をアーレに伝えることにした。
元々魔法は極力使わないようにしていて、魔法目当てで一緒になるのではない。だから、きっと許されるだろうと思いながらも、今まで言えなかった自分を少し卑怯だと思っていた。
「前にも言ったんだが…俺は中途半端な魔法しか使えない」
「そんなことない。あなたの物探しの魔法はとてもすごくて」
「…俺は、自分で自分の魔法が使えない。人や物に術を施すことはできるんだが、自分で使おうとすると、魔力が体に吸い戻されて、発動できない。人にかけた魔法も、相手の『同意』がないとどうしようもない。以前、おまえにかけた物探しの魔法のように、どうしても見つけたいと願う当人の意思がないと難しく、相手の意思に反して強制的に使うことはできない」
強制的に使えない魔法。それは、衛士に望まれるような攻撃や心理操作の魔法は使えないということだ。
「それは、素敵な魔法ね」
アーレは同情ではなく、心からそう思った。
「相手の願いが強ければ強いほど、あなたの魔法も力を増す。…だからあの時、私の腕はぐいぐいと迷いなく引っ張られて、私の鍬の柄はあんなに輝いて…。まるで自分で魔法が使えたみたいだった。探していた物が見つかって、本当に嬉しかった」
思い出しながら微笑むアーレを見て、むしろアルトゥールはピンとこなかった。
もっと素直に術したまま自ら発動できれば、いろんなことに応用が利くはずだ。それができない魔法を自ら「中途半端」と言い、滅多に人前で使うことはなかった。人に向けて使うことなど、よほどのことがない限り…
「…だから話をしたいと思う竜の気持ちも伝わったのね。あなたの魔法は、相手の思いを受け止める魔法なんだわ」
まさか、自分の魔法にそんな評価を与えられると思わなかったアルトゥールは、少し気恥ずかしくなった。
アーレの微笑みが、ふとひらめきに変わった。
「それなら、あなたに魔法をかけてもらったら、私なら使い放題にできるかも?」
その突拍子もない意見は、実はアルトゥールと共通していた。
「その可能性があると思って、ちょっと試しにこんな物を作ってみた」
アルトゥールは、アーレの手に細い木を編み込んで作った腕輪を通した。
腕輪には、既に魔法の呪文が付与されていた。
「まだ試作なんだが、それはおまえがもたれて寝ていた木のひこばえを使っている。きっとおまえと相性がいい。あの鍬の柄だった杖と同じように、おまえの中に閉じられた魔力を外に導くことができるはずだ。そうすれば、そのうち自分に魔力が多すぎるとか、足りないといったことがわかるようになるかもしれない。そうなれば魔力の調整はずっとうまくいくようになる。それに、杖だと魔力は大地に還ってしまうが、これならうまくいけば俺の魔法におまえ自身の魔力を足して、ちょっとした魔法を使えるようになる、…かもしれない」
魔法が使える…。それは、少しわくわくする話だった。
「発動条件は、あなたを信じること…?」
「実際に使うには、ある程度術式を覚えてからになると思うんだが。…ついでに居場所を探知できる魔法も入れておいたから、持っていてくれれば今日みたいに森の中で寝てても迎えに行ける」
森の中で寝るな、と言われないのが不思議だった。そう言われないのが、嬉しい。
思えば、大抵のことは最初から許されていて、許されないことの方が少ない。許しが欲しいと願ったけれど、自分は充分に許されていることをアーレは感じた。
恐らく魔法の発動はおまけのアイデアで、本当は探知魔法アイテムを持っておいてもらいたいのだろう。アーレがどこかに行っても許せるための仕掛けを。
探知魔法アイテムだと先に言ってくれればいいものを。
こういうちょっとずれたところがなかなか理解しがたくて、愛しいところでもあった。
「ありがとう。じゃあ、術式を覚えて、また一緒に試そうね」
アルトゥールはゆっくりと頷いた。
「こんな魔法でも、魔法が使えるとどうしても妬まれる。剣の試合で勝てば、魔法のせいで勝ったと言われ、ろくに使えない分余計に腹立たしかった。だから、俺は魔法は極力使わないようにしていた。使ってもせいぜい護符を書く程度だ。俺は自分の魔法が嫌いだった。…いつか、おまえが俺といることは俺にはメリットがない、と言ったが、俺の魔法でも役に立つ、俺の魔法が必要だと、そう思わせてくれたことに俺は感謝してる。自分がこの力を持っていて良かったと、今なら言えるんだ」
穏やかな笑みを浮かべて
「…ありがとう」
そうつぶやいたアルトゥールに、アーレは強くなった自分の鼓動を感じた。
ずっとこの人のそばにいたい。
あんなにかけ離れた世界の人だと思っていたのに、自分など望んではいけない人だと思っていたのに、今のアーレには、この世で一番自分に近しい人だと思えるようになっていた。
万が一、ヴァルドマン家の養子になる話が駄目になったとしても、きっと次の方法を一緒に探せる。
今までアルトゥールが自分のために動いてくれたように、自分もまた、本当にアルトゥールの力になれるよう、そばにいたい。一緒に生きていきたい。
アーレは、誰かと共に生きることを願うのが怖くなくなった自分に気づいた。
残っていた食事を食べ終えると、アルトゥールは少し眠そうな目をしていた。
隣国から帰ってきたばかりだ。ろくに休憩も取らずに無理をして戻ってきたのかもしれない。
「もう疲れたでしょう? 今日は休んでね」
そう言って腕を引くと、
「うん」
と言って、素直に立ち上がり、ついてきた。
何か、違和感があった。
「ちょっと小さいけど、ベッドを使ってね。ちゃんと眠らないと」
「うん…」
言われるままに手を引かれ、奥の部屋のベッドに腰掛ける。
そのまま寝ようとするのを
「ちょっと待ってね、靴を脱がせるね」
「…うん」
アーレが靴を脱がせると、そのままベッドに寝転んだ。
「おやすみなさい」
「うん」
最後に頷くと、そのまま迷うことなく眠りの世界に落ちていった。
…アルトゥールらしくない。
見ると、木の腕輪に掘られた呪文の文字が、青白い光を鎮めていくところだった。
術式は…? …いらない?
思わずアーレは笑ってしまった。
術式がなくても、アルトゥールの魔法を信じるアーレが命じさえすれば、アルトゥールに魔法がかかってしまうらしい。
もちろん、今は疲れていて、抵抗する気持ちがないからかもしれない。眠りたい、眠らせたいという共通の願いがあったからかも。
それにしても、普段ならいろいろ理屈をつけてはアーレを優先し、先回りして段取りをつける人が、まるで幼い子供のようにあんなに素直に言われたままに振る舞うのが、おかしくておかしくて仕方がなかった。
当面秘密にして、時々試してみよう。
アーレはにやりと笑い、こういうときに悪い笑顔が出るんだと知った。
夜中に目を覚ましたアルトゥールは、してやられた、と思った。
偉大なる森の魔女に、中途半端な魔法使いの自分がかなうわけがない。
寝かされていたベッドから起きあがり、もう一つの部屋へ行くと、アーレは机にうつ伏せて眠っていた。
そっと持ち上げて、さっきまで自分が眠っていたベッドに運んだ。
アーレにはあえて言わなかったが、アルトゥールは自分の魔法を使う人と、魔法を発している間の記憶を共有している。
「思い出せ」ば、アーレに従う自分の姿が見えてかなり恥ずかしかったが、魔法が発動し、アーレがしめしめ、とでも言い出しそうな感情を抱いているのを感じて、これはまんざらでもないな、と口元を緩めた。
いつどんな魔法に従わされるのかはわからない。
しかし、アーレになら従ってもいいだろう。元々、森の魔女に付き従う下っ端魔法使いになる覚悟はできている。
変なことをすれば、許さない、と言えばいい。しゅんとしょげる顔がたまらない。…いつも最後は許してしまうのだが。
自分が動かされたことにも気付かず、ぐっすりと眠るアーレの頬に口づけをして、部屋を出ようとしたその時、急にめまいに近いような眠気が襲ってきた。
「 もう疲れたでしょう? 今日は休んでね 」
記憶の中のアーレの言葉が聞こえた気がした。
まさか。本人は眠っているのに。
見ると、腕輪の文字が光っている。
「 ベッドを使ってね。ちゃんと眠らないと 」
「眠れるか! 襲わせたいのか」
アルトゥールはその魔法をふり払った、つもりだった。
しかし、自分の魔力は腕輪に仕組んだ自分の魔法に吸われていき、気がつくと足が元いたベッドのある方に向いていた。
「…うん」
言われたままベッドに向かう。1人用の小さなベッドには先客がいる。
ここで寝るわけにはいかない。いっそ床で充分だと思うのに、わずかな隙間に体を横たわらせる。
アーレが重くないよう、極力端によけるが、眠気でふらふらする。そのくせ少し動けば当たる肌に、ぬくもりに、アーレを求めて腕が伸びる。
「くそぉ…。…俺の……魔女…め…」
絶対許さない。
アルトゥールは決意した。
今度こんなことになっても、絶対に眠らないし、眠らせてやるものか。
このまま眠ってしまうのを惜しいと思いながらも、アーレにしがみつくように抱き寄せ、再び眠りに落ちた。
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