第32話 森の朽ちた木

 ヴァルドマン家の訪問を終えてから、少し気になったことを調べるため、アルトゥールはさらにウィンダルに残り、情報を集めた。


 現王はアレクシエラの父アインホルン公爵の弟であり、アインホルン公爵の次に王位継承権を持っていた。森への配給を「忘れた」王だ。

 前王とアインホルン公爵は王妃を母に持ち、現王は第三夫人の子で三男。本来であれば王位を得られないと思われていた。しかし、前王に子はおらず、アインホルン家は廃絶。

 派閥争いがあったとしたら、アインホルン家とは相容れないだろう。

 意図的にアインホルン家の生き残りであるアレクシエラへの配給を止めた可能性もあるが、公女が生きていること自体が伏せられていたため、この件に関する情報は得られなかった。


 事件後にスキャンダラスに書かれた文書もあった。アインホルン家の次男はよくある賭博の借金のため、妹を狂言誘拐しようとしたことがほのめかされていた。しかし、金額は公爵家という身分を考えると微々たるもので、賭博場に現れだしたのは事件の三ヶ月前。この文書だけ読めば、博打と誘拐、どちらが狂言なのかはわからない。


 元アインホルン公爵領は王家管轄となっていたが、近いうちに臣籍降下する王子が引き継ぐ予定になっている。この王子が第三王子だろう。

 王家の都合で森に隠したとは言え、アーレは公爵家の、王家の血を引く「ヴァルドマン」だ。国に帰った者達から「森の魔女」と聞かされれば、王家が「保護」に動こうとした可能性もある。

 第三王子の評判は、現ヴァルドマン子爵が言うとおりさほど悪くない。しかし、第三王子だからといって「王位継承に関わらない」とは限らないことは今の王が示している。

 ヴァルドマン子爵は子爵なりに姪であるアレクシエラを思い、出した決断なのかも知れないが、アルトゥールの選択肢にはない。

 あの時、アーレが自分以外の誰かを望んでいたなら、この話もあり得たかも知れないが…


 予定よりも一日多くウィンダルで過ごした後、アルトゥールは単騎ヴァルドシュタットに戻った。馬車に付き添った行きよりはずいぶん早く旅程を進めることができた。


 農場に行く日ではなかったので、アーレは恐らく森に行っているだろう。アルトゥールは直接森へ向かった。


 思った通り、森の家の前には荷馬車があった。

 以前にはあったことさえ気がつかなかった古びたノッカーでドアを叩いたが、返事はない。

 鍵が開いたままの家には、アーレはいなかった。

 畑にははっきりわかるくらいに魔法が残っていた。畑仕事をした後、森の中にでも行ったらしい。そろそろ帰らなければ遅くなるだろうに。

 アルトゥールは自分の荷物と鞍を馬から下ろし、家の中に置かせてもらうと、森の中へと足を進めた。


 少し、森の様子が違った。

 足下に魔法がこぼれている。まるで道程を残されたように、所々光る魔法の名残。誘われるまま、その跡を追っていった。

 ずいぶん奥まで行ったところに、いつかアーレの記憶の中にあった大木が、さらに高さを失い、朽ちようとしている姿があった。かつて、森の主だった木だ。

 その根元には、新しい木々が芽吹き、大木が枝をなくして降り注ぐ光を浴び、森の穴を埋めようとしていた。

 その朽ちた木の幹にもたれて、アーレは眠っていた。地面に触れた裸足の足は、そのまま根が生え、木に変わってしまうのではないかと錯覚させた。もたれた背中から、そして足から、魔力が少しづつ抜け、周りの木々に力をもたらしている。

 力が欲しいのは人ばかりじゃない。人ほど強欲ではないにしろ。

「魔女の力は有限だ。ほどほどに頼むよ」

 足についた土を軽く払い、感じた魔力に驚いた。手を握っても何も感じなかった魔力が、足からはあふれんばかりに湧き上がっている。自分でも何度も足に触れているだろうに。アーレは本当に自分の魔力を感じられないのだ。…いや、土の上で裸足になりたがるところを見ると、魔力とはわかっていないまでも、何かは感じているのだろう。

 近くにあったひこばえを一枝手折り、アーレを起こさないようそっと担ぎ上げた。

 本当に、ただ眠っていただけだった。

 周りで見守るようにいた動物達も、ゆっくりと自分の巣へと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る