第30話 ヴァルドマン家

 アルトゥールにとっては、今日の用件こそこの旅の真の目的だった。

 エッフェンベルガー子爵に繋ぎをつけてもらい、ヴァルドマン子爵家を訪ねた。

 アルトゥールを迎えたのは、ローランド・ヴァルドマン子爵と、先代子爵のロベルトだった。

 エッフェンベルガー子爵は、現ヴァルドマン子爵の姉の夫、先代ロベルトにとっては、娘の夫に当たる。

 先触れで今回の訪問者がロベルトの孫娘アレクシエラに関わる者であることは伝わっていた。



 十二年も前に誘拐され、命を落としたとされていた孫娘が突如生きていたと知らされたのは、一年ほど前だった。


 一年半前、エッフェンベルガー子爵は、自分の亡き妻によく似た面影を持つ娘がいると聞き、興味本位で森に近い街に立ち寄った。今時珍しい魔法の実を売る娘は、質素な身なりながら、立ち姿やしゃべり方が町娘のそれとは少し違うのに興味を持った。

 話をすればそれなりに教養もあり、文字をすらすらと読み、さらりと描いたスケッチはどこかで絵を学んでいたことを思わせた。

 何度か街に出かけ、魔法の実を買い求めながら、写本の仕事を持ちかけると目をキラキラと輝かせ、二つ返事で引き受けた。

 写本の引き渡しは直接館に来ることを条件にすると、城下町に来たことがないという。

 身なりを整えさせて面会すると、自然と手でドレスの裾を引き上げ、丁寧な礼を見せた。その仕草はうろ覚えにしろ、多少なりとも作法を学んでいたと思われる。


 森の中で一人で住んでいると聞いて驚いたが、かつて同じ森に住んでいた町娘が城下町にいるという噂を耳にした。その周辺を調べさせたところ、森に住んでいた者達は妻と同じウィンダル国の出で、数ヶ月前に皆国に帰っていた。その町娘も同じ時期に森を出たが、住み慣れたこの国で暮らすことを選び、城下町で職を得ている。

 そんな中で、あの娘だけが森に残っている。


 自分の妻の父であるロベルトにその話を伝えたのが今から一年前。

 ロベルトはかつて森に住み、国に戻った者を探した。足取りをつかむのも難しく、ようやく見つけても誰もが口を閉ざしていたが、ようやくその森にいるのはアレクシエラ・フォン・アインホルン、ロベルトの孫娘であることが確認できた。

 それは、ほんの三ヶ月ほど前のことだった。


 ロベルトはエッフェンベルガー子爵と連絡を取り、孫娘を引き取るための手続きを進めていた。

 何の記録も残らない農民の娘。今は他国の者にはなっているが、貴族が庶民を引き取ることなどさほど難しくはないと思われた。だが、その手続きの最中、アレクシエラには後見人がつき、王城に雇われることになった。

 その後見人が、ヴァルドシュタットの伯爵、ルードヴィヒ・ガルトナー。

 そして今日、エッフェンベルガー子爵を介してヴァルドマン家を訪ねて来たのが、ガルトナー家の子息、アルトゥール・ガルトナーだった。

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