第20話 森の十年

 私は、…私と妻はかつて「大地の使徒」の教団員でした。元々は大地の女神を信仰する、ありふれた教団でしたが、ある時教主が代わり、新たな神が生まれる神託を受けたと言い出したのです。

 神は七人の子供の中から現れ、神の秘薬を口にし、七日を経た者から選ばれる。

 子供を捧げることは、当初我々の喜びでした。例え選ばれなくとも、選別を受けた者は祝福されると聞いていたからです。

 ですが、神に選ばれる者は一人もおらず、選ばれなかった者は皆、祝福どころか目覚めることなく死んでいきました。


 私どもには娘が二人おりました。うちの一人を失い、嘆き暮らしていましたところに、もう一人も差し出すよう言われました。私どもは娘を失うことに耐えきれず、教団を抜けるつもりでいました。

 そこへ、お仕えしていたウィンダルのアインホルン家の次男、エーベルハルト様より、妹のアレクシエラ様をしばらくどこかで預かって欲しい、というお申し出があったのです。

 あまりのタイミングに、これは神が私どもを救ってくださるのだと思いました。

 エーベルハルト様も教団でも良いとおっしゃいましたので、深く考えもせず、アレクシエラ様を私たちの子と偽り、最後のご奉仕として教団に引き渡したのです。

 私どもは、教団を抜けることが許されました。


 エーベルハルト様はアレクシエラ様が誘拐されたとして、旦那様から身代金を手に入れようとしましたが、それが自作自演であると旦那様、お兄様に知れてしまわれました。

 エーベルハルト様にアレクシエラ様の居所を問われましたが、教団は既にアレクシエラ様をどこかに運び去り、連絡はつきませんでした。

 アレクシエラ様が本当に行方不明となったことがわかると、旦那様はエーベルハルト様をお許しになることができませんでした。

 廃嫡を告げられたエーベルハルト様は、旦那様とお兄様を殺害なさり、その罪で王家により幽閉され、毒による自害を申しつけられました。表向きには病死となっております。


 アレクシエラ様は、毒に慣れる訓練がされていたためか、誘拐された中では最も日が浅かったからか、あの教団の薬を受けても何とか生き残ることができました。ですが、すでにご家族ははなく、ご本人も薬の影響で記憶の大半を失っておられましたので、王のご判断でこの事件でお亡くなりになったことにされ、アインホルン家はお取り潰しになったのです。


 私どもを含め、エーベルハルト様の指図により動いていた者は、王より死刑を言い渡されました。ですが、アレクシエラ様に民として生きる知恵を授け、十年共に過ごすならその罪を許すと言われ、皆その道を選びました。

 私どもは首に魔法の込められた輪をつけられ、ヴァルドシュタッドの森で暮らすようになったのです。


 屋敷で侍従長を務めていた者が王家との連絡役となり、月に一度物資の供給がありました。

 しかしそれは充分ではなく、自らの力で幾分かの食料を準備する必要がありました。私達は近くの街にいた農民から話を聞き、見よう見まねで畑を作り、野菜や魔法の実を植え、余ったものは近くの街の市で売ることで収入にしました。


 教団の教義の通り、生き返ったアレクシエラ様は不思議な力を得られました。

 ある日、森から木の枝を持ち帰られ、それを杖のようにすると、畑は豊かに実り、動物は寄り、周囲の木々も大きく育ち、たわわに実をつけるようになったのです。おかげで生活に困ることはありませんでした。

 アレクシエラ様は森の女神に、森の魔女になられたのです。


 同じ頃、近くに竜が住むようになりました。やがて、竜の住む洞窟とつながったあちこちの洞窟から魔法石が採れるようになると、魔法の実を売って暮らしていた我々の生活にも影響が出るようになりましたが、それでもまだ何とか暮らしは維持できていました。


 五年経った頃、侍従長が急死し、その息子が侍従長の代理として取り仕切るようになると、これまで定期的に届いていた物資が減り、アレクシエラ様に配給されていた衣類もサイズの合わないものが届くなど、いろいろと不具合が起きるようになりました。アレクシエラ様のお勉強も次第に回数が減り、やがてなくなりました。


 私どもの罪を知らぬ娘は、幼いアレクシエラ様にかしずく私たちを見て、アレクシエラ様が私たちを脅している、アレクシエラ様のせいで森に住まざるを得ないのだ、と思うようになっていました。

 サイズ違いから自分に回ってきたアレクシエラ様の服を身につけるようになったことで、優越感を覚えたようでした。アレクシエラ様には娘のお古が回され、それさえも間引かれ、数が少なくなりました。それでもあの方は何一つ文句を言うことはありませんでした。


 首に輪のない娘は、畑仕事が性に合わなかったこともあり、自由に森を出て街の暮らしを楽しむようになりました。森の家にあった服や本などを街で換金していたようでしたが、それは生きるためにはやむを得ないことでした。


 首に輪をつけた者の中にも森の暮らしに嫌気がさし、森から逃げた者もおりましたが、森から遠く離れると首につけられた輪がじわじわと絞まり、数日後には無残な最期を遂げたと聞きました。


 七年経ち、ウィンダルの王が王弟殿下に代替わりすると、アレクシエラ様への配慮も忘れられ、一年もしないうちに物資の供給は止まりました。

 我々は畑を耕して暮らす以外ありませんでした。

 アレクシエラ様には、これまでも畑の仕事をお手伝いいただいておりましたが、その頃には労働力として、また森の魔女として期待され、他の者以上に勤勉に働いていらっしゃいました。

 森の魔女と共に暮らすことは恐れ多いことで、アーレ様は畑に最も近い家に移られ、一人で暮らすようになりました。その頃には、アーレ様は一人でもお暮しになれるだけの力を身につけておいででした。それこそ私たちが王から託されていたものであり、あとは刑期が終わるのを待つばかりでした。


 丁度十年が経った日、首の輪は自然と解かれました。

 侍従長の代理をしていた男は、王からの物資を横領し、この日のために換金していたことがわかりました。それを見つけた者が責めると皆で山分けすることになり、それを資金にして輪が取れたその日のうちに皆自由を求めて森から立ち去り、私の娘を除き、故郷であるウィンダルへと戻りました。


 アレクシエラ様に森を出ようと言う者はいませんでした。森の魔女にそのようなお誘いをするなど、恐れ多いことでしたし、アレクシエラ様にはウィンダルには戻る家もご家族もありません。私たちは十年という期間をお仕えし終えたのです。


 自由になり、ウィンダルに戻った私たちは、もう一度やり直すため、商売を始めました。

 ようやく軌道に乗ってきた時、昔の教団の知り合いにアインホルン家でしたことを世間に広めると脅され、教団に力を貸すよう言われたのです。

 力を貸すだけ。何も知らなくていい。そう言われ、協力するしかありませんでした。ですから今回の誘拐については、本当に何も知らないのです。


 先日、偶然にもアレクシエラ様にお会いしました。あなた様がアレクシエラ様の隣にいらっしゃった、あの時です。

 アレクシエラ様は、あの後たったお一人で二年間もあの森で暮らしていたと聞き、にもかかわらず、森から去った私どもを責めることもなく、何も知らず無礼を働く娘にも怒ることのないその姿に、恐れさえ感じました。

 娘から、普段はもっとみすぼらしい恰好をしている、そう聞きました。

 あなた様とご縁のあったことに安心した時、私たちは、公爵様を裏切り、公女様を裏切り、森の魔女までも裏切ったのだと、改めて思い知らされました。

 自分の罪を認めず、慈愛の心も持たず、力を頼りながら敬いもせず、ただ逃げてばかりいた。

 信仰を口にしながら、我々は何も信じてはいなかったのです。

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