第2話 魔法の実を買う男

 今日は到着が遅れて、日が当たる場所しか空いていなかった。天幕など持っていなので、いつもより深めにフードをかぶって日差しを避けた。

 今週、一番売れ行きがいいのはトウモロコシだった。

 相変わらず、魔法の実は売れ残りがちで、お得意さん相手のサービス品になりつつある。とはいえ、これ以外に他と違うのはなく、目新しいものもない。


 もう少しでお昼、と言うところで、普段見かけない客が現れた。

 若くてちょっと背の高い男は、どこかの制服を身につけ、帯剣していた。軍人さんかと思われ、街の警備の人よりちょっとおっかない感じがする。

 珍しく魔法の実に興味を持って見ている。これまでの経験では、こういうがたいのいい人ほど魔法石を好み、魔法の実なんて興味ないと思っていたのだが。

「これは?」

 若い男が実を指さした。

「これは体力の実」

「こっちは…」

「魔力の実。二、三日後が食べ頃かな」

「これって、おばさんが育ててるのか?」

 お、おばさん…

 そう言われたアーレはショックだった。どう見たって、男の方が年上に見えるのに。しかし、女一人の商売。そう思わせておいてもいいか、と開き直った。

「そう、私が育てたの」

 ふうん、と、商品をつつこうとしたので、その手をぺしっと叩く。

「買わないなら、お触りなし」

 大して強く叩いてもいないのに、手を撫でている。剣だこが出来るくらい鍛練積んでいるんだろうに。

 …大きな体して、軟弱者だ。

 アーレは心の中で男を蔑んだ。


 男は顎に手を添えて少し考えた後、魔法の実を置いている辺りを指差した。

「じゃ、ここにある魔法の実、全部二個づつ」

 男前な買いっぷりに、罵倒は心の中だけにしておいて良かったと思った。

「まいどあり、です」

 早速魔法の実を二つづつ紙袋に詰めた。とりあえず買ってみて、味見しようといったところか。

「こんなにたくさんの種類…」

 ぼそりとつぶやくその言葉に、それなりには魔法の実のことを知っている人なんだ、と思った。


 魔法の実を作ると、どうしても得意不得意ができて、品揃えにばらつきができてしまう。

 自分の持つ魔力が影響している、と言われているが、その点、元々魔力のないアーレは得意もない代わりに、苦手もない。栽培手としてはこの上なく有利だが、魔法も使えないような人間は今の時代にはあまり喜ばれない。

 確かに魔法があれば、重い荷物だって楽に担げ、街に着くのももっと早いだろう。でも、持っていない魔法に憧れるより荷物運びのロバでもいてくれた方がよっぽど実用的でありがたいとアーレは思っていた。ロバを買う金も、養えるほどの蓄えもないけれど。


 男は早速体力の実を一つかじって、

「ふうん」

と言いながら、去って行った。



 翌週は朝から雨で、作物の実りもそんなに多くなかったので、市には行かなかった。

 おかげで今週はパンがないが仕方がない。小麦粉はあるし、芋もあるし、食べるくらいは何とかなる。

 新しい種を蒔く準備もしなければ。先週耕した畑は、いい状態になってきた。

 アーレは雨の日も好きだった。

 水やりしなくていいし、植物たちが喜んでいる声が聞こえるような気がする。

 雨の日は出歩けない分、エッフェンベルガー子爵に頼まれている写本をするにも丁度いい。

 今は生薬の本。

 自分用に同じ文章を二回書いているので、進みは悪いけど、期限も設定されず、せかされずやっていい仕事なので、それなりに楽しい。

 エッフェンベルガー子爵とは市で知り合ったのだが、すんなりとは施しを受けないアーレを心配してか、こうした仕事を回してくれている。アーレとしても趣味と実益を兼ね、勉強にもなるのでとても助かっている。

 昼間はいいが、夜はろうそく代がかさむので、あまり熱中しないように注意している。


 アーレの他誰もいない集落は、雨の音以外聞こえない。

 他の家の畑はだんだんと畑ではなくなり、雑草だけでなく、ひょろっとした若木も生えてきている。そのうち森に飲まれたら、自分の家の周りの日当たりもさらに悪くなるだろう。

 余裕があれば草刈りくらいはした方がいいとは思うものの、今は自分の畑を管理するので精一杯だった。

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