新作短編「ニトロパンクスと新未来ソクラテス」後編
スタジオに呼ばれ、メンバー全員が揃ったところで、二人の青年が奥から出てきた。
「あ、初めてまして、『ニトロパンクス』の
「あ、
旗道ニトロはシルエットが分かりやすいハットを被った青年であり、
鷹尾パンクは男性アイドルも顔負けの整った容姿をしている。
……お笑いコンビと聞いていたけど、ファッションのせいか(エルザがお笑い芸人はスーツというイメージがあるからか)、それっぽく見えない。
ほんとに、町ですれ違う同年代、という感じだ。
「……初めまして。私は新未来ソクラテスのキャプテンを務めさせてもらっています、天使族のエルザです。よろしくお願いします」
「ん、よろしくな」
旗道ニトロが軽く手を上げた。
ちなみに、ニトロパンクスの二人は『人間族』である。
メンバー全員の自己紹介を済ませた後、番組収録のためのスタッフが徐々に集まってきていた。スタッフの準備が整うまでの間を埋めるための、長い自己紹介だったらしい。旗道ニトロが一人一人に質問してきて、時間がかかっていたと思えばそういう意図があったのか。
「よし、じゃあ始めるか」
「ニトロくん」
と、ヒビキが既に名前呼びをしている……、名前? 芸名だろうけど……ともかく、アイドルが、司会者とは言え、同年代の男の子を下の名前で親しく呼ぶのは危ない気がするが……
ファンに誤解される恐れがある。
ヒビキにファンがいなくとも、同じグループに属しているだけで、エルザも風評被害を受けることもあるのだから。
「なんだ?」
「なにやるの? 台本もないし、スタジオのセットだって最低限のものしかないよ? それに公式のデビューはまだだし……、実際、予定されてた初回の収録日はまだ先の話だよ。
今日は挨拶だったり、オープニング撮影をするだけって聞いてたけど……?」
「ああ、それ、予定変更。面白いことを思いついたからそっちをやる」
旗道ニトロが、並べられたパイプ椅子へ、メンバーを先導する。
「さっきまで、みんなの楽屋の様子を隠し撮りしてたんだ。それをチェックしようと思って」
『は?』
「自覚あるだろうけど、陰口、悪口、不満……、それを最初に共有しておこうと思ってな。別に誰も怒ってないから。おれたちも、スタッフ側もな。
まあ、グループ内ではどうだか知らないが。どうしてあの子がキャプテンなの? なんて……もしも言っていたらグループにひびが入るかもなあ」
肩を震わせたのがラーラだった。
エルザが気づいて彼女を見る。
「……ラーラ……あなたは……っ!」
「ち、違う、そんなこと、は――」
「言いたいことはあるだろうけど、とりあえず全部をチェックをしてみるか。
よし、鷹尾、VTRの振り、してもらってもいいか」
「――よし、見ろ!」
鷹尾のボケに、旗道が笑う。
きゃっきゃと盛り上がる二人は仲が良さそうだ。
……これから陰口を共有されるメンバーとは大違いである。
多くはないが、それでも陰口はあった。
特定の人物を攻撃していたり、グループ自体を悪く言っていたりなど。番組への不満は一番少なかった……まあ、まだ始まってもいないのだから言うこともないのかもしれないが。
スタジオの空気が死んでいる……重苦しい。
そんな中でも明るい声で喋るのが旗道だ。
……重たい空気を楽しんでいるかのように。
陰口を言われて落ち込むメンバー、陰口を言ったことを暴露されて泣き出すメンバー……それを見て指差し、手を叩いて笑う旗道。
それを止めるでもなく、一歩引いた位置から傍観し、くすくすと笑っている鷹尾……――どちらも最低だ。クズ野郎だ。
デビューさえまだしていないアイドルグループに、ひびを入れて壊して楽しいのか……っ!
キャプテンとしての自覚がある天使族のエルザが立ち上がる。
「……こんなことして、なにが楽しいのよ……ッ!」
「共有だよ」
「だからっ、共有して、なにがしたいのよ……ッッ!!」
「全員の腹の内、分かっただろ?」
全メンバーが誰をどう思い、どう不満を抱えているのか……確かに把握できた。
だけど、それを隠してやっていきたかったメンバーもいるだろう……、
表に出すつもりがなかった本音だって。
墓まで持っていくつもりで隠し、アイドルをやり遂げようと思っているメンバーだってもちろん……――それを全て、もう元に戻せないくらいに、壊したのだ。
面白いことを思いついたから?
そんな実験感覚でされても困る……!
「こんなことを暴露されたら……もう仲良しで、なんてできないわよ!!」
「してもらわないと困る。辞めるのは自由だから好きにしたらいいが、まだ始まってもいないのに辞めるのはもったいないと思うけどな」
「誰のせいだと……!!」
「ま、こうでもしないとたぶん成功しないと思ったんだよ……番組も、お前らも。
だから壊してやったんだ。
そして宣言しておくぞ――おれたちニトロパンクスは、お前たち新未来ソクラテスを、アイドル扱いはしない。ボコボコにする。こっちだって売れるために必死なんだ――そうでなくとも、同年代の男女が仲良くしてるのは、ファンには見せられない。
だからおれたちとお前たちは、対立構造を取る。おれたちという敵を目前にして、内輪揉めなんてしている場合かよ」
つまり、ニトロパンクスは『
アイドルが同年代の男子と一緒に番組をする……、それを最も不安視するのは新未来ソクラテスのファンだろう……あらぬ疑いだってかけられることもある。
ニトロパンクスのどっちかと付き合っているのでは? なんて具合に。
そんな疑いを無くすためにも、万に一つもそういう可能性が生まれないように、徹底して嫌われにいく。演技ではなく、本気で。
だからニトロパンクスは、グループ以上に、個人を壊しにかかったのだ。
「年が離れた司会者なら問題はないんだけどな、おれたちがやるってことになると、手を打っておく必要がある……。これでお前たちは内輪揉めなんかしている暇もないだろうし、ファンも一丸となって、おれたちを攻撃するだろ。
お前らの味方になってくれるはずだ。ファンなんだから当たり前って感じだが」
「……だけどさ、それ、ニトロくんたちがしんどいと思うけど……、苦しいヒール役を引き受けるってことだから……」
「望まない立場ならな。まあ、こっちは面白いと思ってやってるし、楽しいから実行に踏み切ったんだ、余計なことは考えなくていいぞ――それに、嫌われていた方が動きやすい。
善人なんて評価は手枷足枷だ、他者からの非難は止まない。
それは善人だろうが悪人だろうが大差ないと思うぞ。だったら悪人でいた方が楽だ。だって悪人なんだし、非難されるのは当たり前だろ?」
肩をすくめた旗道ニトロ。
鷹尾は当事者でありながら、他人事のように頷いていた。
「ちなみに、俺は中立だから。ヒール役は旗道がやってくれる」
「風評被害はお前も被ると思うけど……」
「風評程度で出る被害は被害じゃないよ」
旗道も、鷹尾も、先を読んで既に行動を起こしていた……、彼らよりは年下とは言え、なにも考えていなかったエルザは恥ずかしくなる。
同年代の男の子が司会を務めることを『やりにくい』としか考えていなかった……自分のことしか考えていなかったのだ――
だけど二人はエルザたちのことと、ファンのことを考えてくれていた……。
誰よりも、新未来ソクラテスのことを考えてくれている。
「おれらにとっても数少ない冠番組なんだ、できれば終わらせたくないし、誰一人、欠けてほしくない。だからやれることはやっておく……それでも終わるなら、仕方ないしな」
辞めるのも自由だ、とも。
続けてほしいけど、辞めることを止めるつもりはない――。
「……ヒール役を、するってこと……言わない方が良かったんじゃ……」
首無し族のラーラの呟き。
聞き逃さなかった旗道が、
「まあな。言わないでも良かったんだが、マジで訴えられても困るし……、疑惑が遠慮に繋がっても本意じゃない。
それに、隠し事はなしだ、って共有しておいて、おれたちが嘘を吐いているのは信用に関わるだろ……だから明かしたんだ――お前らも遠慮しなくていい。
おれたちを殺すつもりでかかってこい」
「いいの……?」
躊躇ったエルザだったが……、
「いいぞ。こっちも殺す気でいくから、殺されないように殺す気でこい」
『いや、手加減はしてくださいよ!?』
エルザだけでなく、全メンバーが声を揃えて訴えた。
―― 完……? ――
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