番外編

乙女ゲームじゃない?

 私は、茅野日菜子。16才。朝、バスに乗って高校に行ってたはずが、馬車に乗って魔法学校に行くことになった。


 異世界に転移してしまったみたい。


 はじめは、何が何だか分からず、途方に暮れていたところ、密入国管理所みたいなところで、薄汚れた人達と一緒に、寒い部屋に入れられた。でも、私に強い魔力があると分かった途端、職員が手のひら返し。王立魔法学園に途中入学することになってしまった。


「すごい! テーマパークのお城みたい。」


 日本の高校の10倍ぐらいはある広い魔法学校。

 知らない人ばかりの中で、不安しかないけど、ここを卒業したら、いい仕事に就けるみたい。

 幸いなことに、言語チートがあるみたいで、異世界人との会話には全く困らなかったし、編入試験の数学は余裕だった。歴史と地理は0点だったけど。でも、魔力量が高いから、それだけで入学できたみたい。


 編入したクラスは最下層のEクラス。まあ、仕方ないよね。寮は二人部屋を1人で使ってる。

 クラスメイトは話かけても、遠巻きにして、私のこと無視してるみたい。傷つくなぁ。異世界人いじめ?

 なんか黒髪と黒目は地獄の象徴なんだって。酷くない? この世界。


 でも、そんな私にも友達ができた。なんとなんと、金髪キラキラの本物の王子様! そして、その友達の3人の男子!

 体育会系のデリック君に知的眼鏡のサティアス君、魔術マニアのアンジー君。全員イケメン。

 うわ、これ、もしかして、乙女ゲームの世界に来ちゃった?


 嫌がられる黒髪、黒目をなんとかしようと、魔法訓練ボックスで、毎日、研究していたヘアカラー魔法。残念ながら大失敗。髪がめちゃくちゃ増えて、ぐんぐん伸びて、個室がホラー映画みたいに、みっしりと髪だらけになってしまった。

 それを、通りかかったマキシム王子が助けてくれて、友達になった。

 マキシム王子は、この増毛魔法が気になるみたいで、何度も練習に付き合ってくれたんだけど、まだ1回しか成功してない。

 王子、髪の毛フサフサだけど、将来が心配なのかな?


 でも、王子のおかげで、学校でボッチ脱出。

 増毛魔法の開発を期待した学園長や理事長のおかげで、一気にAクラスに下剋上したし。イケメンたちと毎日ランチ。充実してる。なんか最近、王子のマキシム君との距離感がいい感じになってきたかも。


「え、婚約者?!」


 うわ~。マキシムくんに婚約者がいるの〜。なにそれ、私は遊びの相手だったってこと?


「ち、違うんだ。幼い頃に無理やり婚約をさせられて。何度も解消したいと父上に言ってるんだ」


 子供の時から婚約させられるなんて、王族は大変だ。

 なんでも、王家秘蔵の魔導具の維持には、大量の魔力が必要で、魔力の強さだけで婚約者が決まったそうだ。


「殿下がお気の毒です。令嬢は知識を鼻にかける高慢な人物です」


「そうだ、剣術の試合で卑怯な手段を取るようなやつだ。筋肉は、毎日の苦しい修練でこそ鍛えられるんだ。あんなやつは、王子にふさわしくない」


「それに、魔法だって自分のためにしか使わない。魔法は人々の役にたってこそ。自分本意な魔法など僕は認めない」


 婚約者は相当ひどい悪女みたい。ここまで嫌な女だなんて、マキシム王子、かわいそう。


「とにかく、彼女は王太子妃にはふさわしくない。ふさわしいのはあなたのような人だ」


 え。

 なにそれ。もしかしてプロポーズ。

 初めての告白に、ドキドキしてきた。顔が熱い。


「毎日、ヒナコのことを考えている。どうか、私とともに王国を支えてもらえないだろうか」


 ひざまずいて手を取り、上目遣いに見つめてくる王子の青い目に、きゅんっとして、「よろこんで」と、王子の手を握りかえした。



「っふふふふ」


 異世界人の私が王太子妃になるなんて、黒髪を見下してた人たちに、ざまぁできるんじゃない?

 ニマニマしてたら、明日の歴史のテストのこと思い出した。いけない。赤点だったら補習がある。しかもノートを教室に置き忘れてる。少し怖いけど、教室に取りに行くしかないかなぁ。

 こういうとき同室の子がいたら、ついてきてもらうんだけど、女子に友達いないって、不便だな。男子寮には入れないし。

 私って可哀想。って思いながら薄暗い教室に入って、ノートを探す。


 ん、あれ?ない。おかしいなあ。

 確かに、ここに入れたはずだけど。


 シャッシャッシャッ。


 物音がして、後ろを向くと、さっきまで誰もいなかった教室に、うつむいて座っている子がいた。

 

 シャッシャッシャッ。


 うつむいて、何かを一心不乱に描いている。

 白っぽい、小さな子供?

 なんで、ここに子供が。

 誰かの家族?

 固まって見ていた私に、その女の子は、顔を上げ、大きな目で見上げてきた。人形みたい。白い顔に長い髪。温度のない瞳。3歳ぐらいの子供のお人形。


 ふらふらと引き寄せられたみたいに、その子供に近づくと、子供はすっと絵を描いたノートを差し出してきた。 


 ! うわぁ、うまい。


 何本もの線で陰影をつけて、繊密に描かれた絵。

 うらめしそうに顔を歪めて、生首を差し出す鬼女の姿。

 生首はノートから飛び出すかのように描かれていて、切り口から血が滴り落ちているように見える。


 怖っ! この子供がこれ描いたの?


 つらい経験をした子供は、残酷な絵を描くってテレビで見たけど、もしかして虐待されてる?

 子供に怪我がないかチェックしようと、受け取ったノートから顔をあげたら、もう、どこにもいなかった。



 子供のことが気になったせいで、歴史のテストで赤点を取ってしまった。誰かに相談したほうがいいかな。児童相談所とか異世界にあるのかなあ。あの怖い絵は、私のノートの描いてあった。ってことは、私に、助けてって言うメッセージだよね。先生に言おうか?でもその先生が親だったら、もっと虐待されるし。やっぱりマキシム王子に相談かな。うん、国民のことだしね。早く来ないかな。



 グラスの水を飲みながら、ランチを食べる約束をした食堂で王子達を待つ。まだかな。王子の金髪は目立つから、すぐにわかるんだよね。

 ぐるっと周りを見渡すと、あの子供がいた!

 小さい手に、水が縁まで入った大きなグラスを持って、ゆっくりゆっくりと歩いている。転んだらグラスを落としそう。危なっかしい。

 ちょっと、誰か手伝ってあげないの?

 ゆっくりとこっちの方に向かってくる子供を、誰も気にすることはない。酷い世界。私が助けてあげなきゃ。

 立ち上がって、子供の近くに行こうとした時、なぜかすぐ目の前に子供がいた。大きな目と目があった瞬間、子供のコップが傾けられて、頭の上から大量の水が降ってきた。


「なっ、なに? げほっ、げほ。なんで? ごほっ」


 びしょぬれの顔を拭った後、子供はまた消えていた。



 これはもしかして。


 寮に戻って、制服を着替えながら、いやな考えをまとめる。やっぱり、あの子はもうこの世に存在してないんじゃ? ……幽霊!?


 鬼女のような母親に、殺されて、首を切り落とされて、水に沈められたんだよ。きっと。


 うわ~、私、取り憑かれちゃった? ゾワゾワする。お祓いしなきゃ。この国だと、どこでできるの? えっと、南無阿弥陀仏? 南妙法蓮華経?? お祓いの呪文って何だっけ?

 子供の幽霊なんて無理。怖すぎる。子供の出てくる映画って、めちゃくちゃ怖いんだよね。どうしよう。怖いよ。

 

 そうだ。こういう時こそ、彼氏に相談しなきゃ。

 急いで、教室に行こうと、階段を駆け上がっていると、


 ! 出た! 出たよー。ひぇーん。


 階段の真ん中で、足がすくんで動かない。

 無表情で歩いてくるフランス人形。

 こんなとこに子供がいるのに、誰も気に留めないってことは、やっぱり私にしか見えないんだ。

 子供はまっすぐにこっちにむかってくる。

 逃げなきゃ。

 一歩下がろうとして、足を後ろにだすと、目の前に子供の幽霊。こっちに腕を伸ばしている。怖い。嫌だ怖い。怖い。

 あせって足がもつれて、階段から落ちてしまった。



 怪我がなかったのは、たまたま下にマキシム王子がいたから。呪われた私を助けてくれるヒーロー。


「フェミアに突き落とされたのか?」


 ん?

 フェミアって王子の婚約者の名前じゃなかった?


「階段の上にフェミアを見たぞ」


 性格悪いって言う婚約者なら、何かしてくるかもしれないけど、これは幽霊のせいだから。


「銀髪の小さな子供がいただろ。それがフェミアだ」


 んん? 銀髪の子供? それって幽霊? 幽霊がフェミア? どういうこと?


「あれは成長しない化け物のような姿をしている。私がヒナコを選んだのを知って、邪魔をしてくるかもと思ったが、まさか突き落とすとは」


 ちょっと待って、待って。

 新事実が多すぎ。

 どういうこと?


 ええ!? じゃぁ、マキシム君の婚約者は、あのちっちゃい子供幽霊ってこと? 悪女で、美幼女で、合法ロリ?!


 いやいやいや。

 待って、待って。

 どういうことよ。


 つまりは、簡単にまとめると、

 私は、王子の婚約者に、嫌がらせされてたんだってことだよね。

 ノートに落書きされて

 水をかけられて、

 階段から落とされた。


「これって悪役令嬢じゃん」


「悪役令嬢?」


 呟いた私に、マキシム君が反応する。


「うん。私の世界ではね、王子の恋人に嫉妬した悪役令嬢が嫌がらせするの」


「嫉妬……。」


「でね、卒業パーティで、王子が婚約破棄して、ヒロインと結ばれてハッピーエンド。まあ、小説だけどね」


「婚約破棄……。そうか、その手があったか」


「ん?」


「卒業式なら生徒の家族も大勢来る。その目の前で婚約破棄をしたなら、父上も聞き入れてくださるはず。」


 マキシム君が、きりっとした目をして、手を握ってきた。


「するぞ。婚約破棄」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る