悪堕ちする推しにささげる転生人生、無敵つき

楠楊つばき

幼少期

01やっと見つけた。推し、尊い……

 物心つく前から同じ夢を見た。

 泣き叫びながら、男の息の根を止める夢だ。

 決着までの道のりは夢ごとに違うとはいえ、男の『ありがとう』という最期の一言で締めくくられた物語を何度もくり返した。

 それはもう、彼の姿がまぶたに焼き付くくらいには。


 血を連想させる赤い瞳に、赤みがかった紫色の髪。

 ときには優雅に、あるときは不安げに、赤と紫の絶妙な色合いに胸がしめつけられた。


 物心つき始めてから、心と体は訴えた。

 どうしてこうなってしまったのだろう。他の方法があったのではないか。

 手は震えていた。口の中が異様に乾いた。うずくまって慟哭どうこくした。


 周りの大人に相談したところ、それは後悔ではないか、とのことだった。


 『後悔』という言葉を噛みしめて飲み込んで、二度目の人生は『後悔』とともに生きている。


「お嬢様、ぼんやりされていますね。本日のガーデンパーティー、気がすすみませんか?」


 メイドに声をかけられて、我に返った。王宮主催のガーデンパーティーに向かうために、メイドが私の髪をとかしている最中だった。


 鏡の中の私は黄土オーカー色にオリーブ・グリーンという素朴な色合いをしている。


 実の色と葉の色は深みが違うのに、瞳の色からオリーブと名付けられた私、こんにちは。


 黄土色の髪は華やかとは言い難いのに、それなりに仕上がるのだから、メイドたちの力量が半端ない。これならば魑魅魍魎ちみもうりょうが集まるガーデンパーティーでも、土に間違えられて踏まれはしないだろう。


 そうだ。私が土ならば、夢の中の赤紫のきみはさしずめ土から養分を吸い上げて咲く花だろうか。

 花が枯れても土はなくならないので、なんとも皮肉だ。


「ちょっと眠いだけ。ガーデンパーティーとても楽しみよ」


 鏡の前で目をとじる。


 大人から読み聞かされる物語の結末はいつだって同じだ。結末だけでなく、行動も、主人公さえも。


 私が私であることは変えられないので、まずは行動を変えた。

 思ったことをそのまま口にするのではなく、一度考えてから話し始めた。

 人や物の好き嫌いをしない。相手が誰であろうと物怖じしない。

 子どもだからという理由で邪見にされたときは、こちらから問題を吹っかけた。

 いつしか子供らしくないと評されるようになり、努力の成果を実感した。


 次は得意武器を増やした。


 剣士が剣しか持ってはならない、というきまりはない。物語に出てくる敵を倒すのは、武であってもいいし、魔であってもいいし、ペンだっていいのだ。決め手は多い方がいい。


 六歳で座学を始め、七歳で体力作りに励み、八歳で魔導に触れた。


 数年後、周囲に聞いてみると、幼い頃の私は常に先を見据えており、遊びや学びから決して逃げない姿がむしろ恐ろしかったらしい。とりつかれたかのように熱心に取り組んでいたとも。


 困難を切り開く力か、大切なものを守る力か。分岐点に立たされたのが九歳であった。私は迷わず後者を選んだ。


 目指す将来に向けたカリキュラムをこなし、十歳になる年に王宮のガーデンパーティーに招待された。

 テラコッタ王国の侯爵であるお父様いわく、第一王子の側近候補選考会もねているらしい。

 私も候補の一人なのかと問えば、お父様に無言でうなずかれた。

 お兄様はすでにお父様の仕事を手伝い始めている。そのため殿下と年が近い私に白羽の矢が立ったようだ。

 初めて『後悔』以外の色をられた気がした。




 いつのまにかに馬車に乗せられ、王宮に到着していた。王宮への道のりを全く覚えていなかった。


 馬車から降りると、子どもたちは庭園に、保護者はベランダ席に案内された。馬車に一緒に乗ってきたお父様も私を残して行ってしまう。


 見知らぬ子どもたちの群れに一人で飛び込めというのか。馬車の中でお父様になんて言われたか思い出せない。ポンコツな頭がうらめしい。


 駄々だだをこねても仕方ない。早く帰るためにも、少年少女が集まる庭園に足を踏み入れた。


 小道には色とりどりのバラが咲き誇り、おいでおいでと手招きしている。

 やがてバラが途切れ、視線を上げてみれば、花のような少女たちがくるくる踊るように談笑していた。

 対照的に少年たちはイスに座り、小難しそうな会話をしていた。


 特に親しい人がいるわけでもないので、あいているイスに座るか、散策しようかなと視線を泳がしていると他者の視線を感じる。

 値踏みされるだけならばまだいいが、鼻を鳴らして勝ち誇った顔をされるのはなぜだろう。

 そういうやからを逆に見つめ返していたら、蜘蛛くもの子を散らすように消えていく。

 続けていくうちに緊張も吹っ飛んだので、どすっと座り、人間観察を楽しみ始めた。


 しばらくして護衛を控えさせた、大仰な集団に目が留まった。

 第一王子を含め、将来有望な子息らの集まりである。

 名高い貴族子女でも近寄りがたいオーラを放った一角こそ、ガーデンパーティーの真の目的であるに違いない。


「オーカー様もあちらが気になりますか?」

「殿下も含めて将来性がある方々ですもの。はぁ……絵になるわ。オーカー様もそうお思いでしょう?」


 オーカー様とは私である。オリーブ・オーカー。オーカー侯爵の娘である。


 髪色が姓に用いられているので、名乗らなくてもどの貴族か外見で見当がつく。

 そのため私に話を振ってきた少女たちも私がどこの誰だか把握できている。逆もしかりで、彼女たちの髪色から当家とほぼ同格であると察せられた。


「気付かれていたなんて、お恥ずかしいところを見せてしまいました」


 熱い視線を向けていたつもりはないが、否定するのも面倒なので同意した。


 絵になるのではなく、歴史の分岐点となる重要な場面がこれから幾度も絵画にされていくのだろう。王族直系ならば肖像画が後世に遺される。

 お偉いさんは大変だ、と物思いにふけていたらくだんの集団のうちの一人と目が合った。


 帝国でまれにみられる紫の髪に真っ赤な瞳。夢の中の男と同じ色。

 装飾を控えめにした黒の正装も彼の気質きしつに合っていた。

 次元をへだてた彼は七色の魔石を身につけ、夢の中ではほの暗く笑っていた。

 全属性をあやつり、敵に回すと容赦なくパーティの弱点を突いてくる。攻略は毎回大変だった。


 ……はて、攻略とは?


 何秒見つめ合っただろう。鼓動のうるささに、呼吸を忘れてしまいそうだった。


 ――やっと見つけた。推し、尊い……。


 頭の中に響いた誰かの声と、口からもれた私の声が重なった。




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