第9話
夜、たどり着いたのは王城だった。
警備も手薄となり、簡単に忍び込む事ができた。
何処へ向かえばいいのか? それは頭に響く声が教えてくれる。
私が行かなくてはならない場所、そこへ行けと指示してくれる。
だから、迷うこと無く歩く事ができる。
「……ここは?」
着いた場所は、ある一室の前。そこは部屋と言うよりは広場の扉。
ダンスパーティーなどで使われる、そういう場所だ。
胸騒ぎが心臓を締め付ける、頭の痛みが強まる。
この先だ、この先に不安の原因がある。
私は、勢いよくの扉を開いた。
「……ッ!」
始めに目に付いたのは、鮮血。フロア全体に広がる赤い染み。
そして、人の形をした物体。それは決して人形ではなく、人間の死の証だ。
その肉の塊の中央に、わずかに息をしている男性の名前は……。
「ウイル様っ、どうして?」
駆け寄った。既にその端正なお顔の赤みが消えかかり、生気が失われていくのが分かる。
私には、何もできない。
傷口を押さえても溢れ出る血を止める事は出来ないし、もはや治療には意味も無い事など、医学に於いて浅学すら遠い私の知識にも、理解を訴えられる。
死神が虎視眈々と狙う。そういう状態なのだ。
「……っ。そこにいるのは、サラタ殿、……だろうか」
その瞳はもはや開かれることはない、頭部からの鮮血で覆われ、固く閉ざされていた。
それでも、私の事を分かってくださるのか。
「はいっ……、サラタはここにおります」
辛うじて動く右手が動き、その手が私の頬に触れる。反対の腕は剣を握りしめたまま、まるで縫い付けてあるかのように動くことはない。
氷のように冷たい指先が、私の頬に張り付いていく。
「もはや、……貴女に何も告げる時間は無い。せ、せめて、これを……」
そう言って最後の力を振り絞るように、懐から取り出したものは何かの宝石をあしらったペンダント。
「これは母上が俺に残した唯一の形見だ。君に、持っていて欲しい。そしてもし、……いや、忘れてくれ。お願、いだ……、どうか幸せになってくれ。
……あい、し…………」
もう、その口が開かれる事は無かった。
それ以上、彼の口から言葉が紡がれる事はなかった。
私は涙を流さなかった。
私はただ、彼の手を握っていた。彼はもう、私の名前を呼んではくれないだろう。
何故、私は涙を流せないのだろうか?
それでも、彼の語り掛ける言葉があるのなら………。
「わたくしも愛しておりました、恐らく……」
私はウイル様の亡骸を横たえて、形見の品を握りしめると、部屋を後にした。
血が冷える。心臓が、肺が、体の中のあらゆる臓器が冷えていく。
そんな感覚に襲われる。
もう、失うものはないのだ。
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