第111話 予約が三年待ちでござる

「入ってくるでござるよ」

「はいっ!」


 金ちゃんに呼ばれて、威勢のいい返事と共に若い男性が部屋に入ってくる。


「彼がそのスパイだった男でござるよ」

「そうであります! 私はここ王都でも最大規模の老舗商会、ヤルマーネ商会の幹部の息子でして、父の命令を受けてスパイとしてこの商会に潜り込みました!」


 金ちゃんに紹介されると、彼はハキハキと暴露する。

 とてもスパイには見えない。


「夜中に会社に忍び込んで、地下倉庫の秘密を目撃していたのでござる。それをこうして、調きょ……ゲフンゲフン……こちらの味方に変えたでござる」


 今、調教って言いかけなかったか?

 一体何をしたのか……怖すぎる……。


「丸夫殿が想像しているようなことはしてないでござるよ。むしろスパイに対して、これ以上ないほどの好待遇で扱っているでござる」

「というと?」

「毎日毎日、うちの専属料理人たちが、丸夫殿の食材で作った料理を食べさせているだけでござる」

「え? それだけ?」


 思わず拍子抜けしてしまう俺。


「むしろそんなことで、何でスパイが寝返るんだ?」


 当然の疑問を抱いていると、金ちゃんがそのスパイ(?)の青年の方を向いて、念を押すように言った。


「拙者は【商王】でござる。人を見れば、嘘を吐いているかどうかは丸分かりでござるよ? そしてもし嘘を吐いたら、二度と料理を食べさせないでござるからな?」

「は、はいっ!」


 青年は少し緊張したように頷く。


「……さて、貴殿はどちらの味方でござるか?」

「もちろんキンノスケ様であります!」

「それはなぜでござる?」

「だって、あんなに美味しい料理を二度と食べることができないなんて、死ねと言ってるのと同じであります! ああ今っ、想像しただけでも……じゅるり……」


 金ちゃんは満足そうに頷くと、俺の方へと向き直った。


「というわけでござる」

「中毒状態にされてた!?」

「これで幹部たちを薬漬け……もとい、美食漬けにして、絶対に裏切れないようにするでござるよ。そもそも他では絶対に同じ食材が手に入らないでござるからな」


 そう言って不敵に笑う金ちゃんが一瞬、麻薬カルテルのボスか何かに見えた。

 怖すぎる。


「ってか、俺の食材ってそこまでなのか……?」


 確かにめちゃくちゃ美味しいが、毎日食べていても中毒になるほどではない……たぶん。


 ただ、うちのは子供たちが作った料理だ。

 一流の料理人たちが作ったものとなると、次元が違うのかもしれない。


 そういや、この世界には料理人系のジョブがあって、金ちゃんは彼らを雇っているのだ。

 食べ物が美味しくなるスキルなどがあれば、中毒になるほどの料理を作り出せてもおかしくはない。


「ちなみにうちの寿司店、現時点で予約が三年待ちでござる」

「三年待ち!?」


 一度食べたら三年待つ必要があるため、中毒を和らげるのにはよいかもしれない……。


 そういうわけで、俺は金ちゃんが認めた人たちには、俺のダンジョンのことを話してもいいことにした。

 後日、彼らをダンジョンに連れてきてもらって、一通り説明することになった。


 話がまとまり、俺が帰ろうとしたときだった。


「キンノスケ様、お客人です。勇者マサノリ様ですが、いかがいたしましょう?」

「正紀殿でござるか?」

「というと、長谷川のことか?」


 長谷川正紀。

 もちろんクラスメイトの一人で、確かグリフォン級の勇者だったはず。


「何でござろう? 丸夫殿はどうされるでござる?」

「そうだな……あまり仲が良いわけじゃないが、久しぶりだしちょっと会ってみるか。邪魔そうなら帰ることにするよ」


 すぐに部屋に長谷川が入ってきた。

 中肉中背の、顔も成績も普通、正直あまり特徴のない感じの男だ。


「よお、久しぶりだな」

「えっ? ちょっ、穴井じゃないか!? お前、生きてたのか!?」


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